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【文字录入版】凛雪鸦 骨董问答(终章剧场版到场特典外传小说)

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IP属地:四川1楼2025-02-25 14:55回复
    P2-P3
    雑然とした工房は漆の甘さと渋みの混じった香りに満ちている。
    廉耆の目は真剣そのものだった。その視線の先にあるのは占ぼけた鉄の塊だ。元はのみの市の露天商が広げる筵の上に転がっていた代物である。
    廉耆はこれを焼餅三人前ほどの値段で購った。二東三文の叩き売りである。他の売り物も似たようなものであった。欠けた簪、鏡の割れた化粧台、ひび割れだらけの茶碗等々、よほどの好事家でも見向きもしない雑多な屑の中に交じっていた。
    そういう、廃物か骨董かと問われたら十人のうち十人が廃物と答えるような錆びついた茶釜が廉耆の手によって錆を落とされ、生まれ変わろうとしていた。
    「翰林劃竹こと廉耆先生とお見受けします」
    工房に秋風のように涼やかな声が響いた。
    廉耆の鋭い眼がじろりと戸口に向く。左眼を縦に走る刀傷が一瞥に歴戦の凄みを加えている。だが、手は出さない。かつての五年に及ぶ逃亡生活は癇癖持ちの男に忍の字を学ばせていた。
    「無礼な客人もあったものだ」
    眼光が刺したのは、場違いなほどに白尽くめの貴公子であった。
    だが、場違いではあっても不似合いなわけではない。眩しいほどの白に映える怜悧な顔貌、そこに浮かぶ人好きのする笑み、そしてごく気さくな隣人のような佇まいが侵入の違和感を打ち消している。
    廉耆は一言の文句だけで、すぐに視線を手元へ落とし、熱した茶釜に黒漆を下塗りしていく。錆取り後の仕上げ作業である。漆の被覆によって茶釜の錆を防ぎ、艷のある見映えを蘇らせる。匠の技であった。
    「いや、失礼。門前で声をかけてもお返事がなかったもので、ついずかずかと人り込んでしまいました。どうしても先生にお会いしたい、そんな私の熱意の表れだとご寛恕頂きたい」
    主の黙殺にもかかわらず、白い貴公子はまるで招かれたかのように工房の中~足を踏み入れる。
    「使用人はおいとらん。無礼、と言ったのが聞こえなんだか」
    廉耆は視線を上げずに言った。
    その手は刷毛を剣のように颯々と振るって黒々とした漆を茶釜のざらついた表面に塗りつけてゆく。
    「ええ、聞こえましたとも。ですがその後に客人、とそうおっしゃった。私のよう


    IP属地:四川2楼2025-02-25 14:56
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      2026-03-02 03:11:40
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      P4-P5 图源缺失


      IP属地:四川3楼2025-02-25 14:56
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        P6-P7
        廉耆の冷たい眼力が刃のようにきらめく。
        しかし、凜雪鴉の笑みからは嘘も誠も読み取れない。
        「盗つ人?これは異なことを。私は物の価値が分からぬ連中の下から貴重な宝物を助け出しているに過ぎませんよ。廉耆先生にもご経験がおありでしょう」
        廉耆の眼に殺意がよぎった。
        「貴様と一緒にするでないわ」
        廉耆が此処に工房を構えて三年になる。だが、かって骨董の品を巡り刃傷沙汰を起こし、流浪の身となった苦難の日々はいまだ記憶に新しい。
        役人に追われるのは怖くない。これでも武技には些か以上の自負がある。
        だが、蒐集家にとって一所に落ち着けない苦しみは筆舌に尽くしがたいものであった。ようやく縁を得て、土地の有力者に渡りをつけた。工房と蔵を構え、落ち着いて蒐集品を貯蔵できるようになったのだ。
        それでも人を新ったことに後悔はない。世の中を少し綺麗にしてやったとすら思っている 。言わば義挙である。それを陰に潜み、騙り、奪う盗賊ごときと一緒にされるのは業腹であった。
        工房の主はついに刷毛を置いた。
        斬る気はない。面倒ごとは御免である。だが、少々痛い目を見せずには帰せない。
        廉耆が作業卓の抽斗を引くと、中には工房の精巧な模型が収められていた。その模型に軽く触れると同時に工房の扉がひとりでに閉まった。
        「それも魔装具の一種ですか?」
        閉じ込められたことに気づかないわけでもなかろうに、凜雪鴉は近くにあった椅子を勝手に引き寄せ、腰を下ろした。
        魔装具とは端的に言えば、魔力を込めて造られた不可思議な力を発揮する道具でき物うはのせんある。その最高峰は神仙の技術を用いて鍛造され、かつて窮暮之戦において人類を滅亡の瀬戸際から救った神誨魔械と呼ばれる兵器の数々である。
        「驚かぬようだな」
        廉耆は確かめるように言った。工房の模型は、それ自体を操作することで現実の工房に影響を及ぼす魔装具であった。
        「ええ、魔装具師を目指すのであれば当然でしょう。そして師に選ぶなら、江湖の裏街道でも第一の評判を取る廉耆先生に及くはなし、とそう考えたわけです」
        事もなげに言うが、廉耆が世間に大っぴらに見せているのは書画骨董に明るい風流人、そして江湖に名高い剣客としての顔だけである。


        IP属地:四川4楼2025-02-25 14:56
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          P8-P9
          「装飾も過ぎたれば華美、儂の弟子を望むなら余計な弁舌はひかえろ」
          「これは重畳。師弟の礼をとることをお許し頂けると?」
          「見込みのない奴を弟子にしても仕方あるまい。貴様の才を証明してみせろ。話はその後だ」
          廉耆の腹積もりはすでに決まっていた。
          「試験ですか?なんなりと」
          招かれざる客は余裕を滲ませて言う。
          「魔装具は鑑賞のための美術品ではない。使うための道具だ。しかし、魔力を込めるにも適した型というものがある。世に名高い神誨魔械の数々も、尋常の兵器とその意匠は懸絶しておる。当然、魔装具師にもおのれが造形すべき魔力の型を見定める識見と才覚が必要なのだ」
          魔装具にも種類が多々あるが、もつとも手軽なのは〈相似〉を利用したものだ。例えば廉耆がさきほど使った工房の模型が良い例である。形が〈相似〉する物同士は〈縁〉が生じ、互いに影響を及ぼすというのが呪術的な法則だ。
          世に名高い神誨魔械を筆頭に異能を宿した兵器も例に漏れない。たとえば雷を操る慮剣の剣身は本来の刃としての機能よりも、雷あるいはその縁に連なる何かしらの〈相似〉に造形されることが優先される。何故なら剣身と雷に〈縁〉を生じせしめ、その異能を引き出すものこそ〈相似〉であるからだ。
          「なるほど。魔装具師にも風流を解す才が必要、と」
          凜雪鴉は魔装具造りの要訣を知るや知らずや鷹揚に頷いた。
          「準備が出来ておらぬとは言わせぬぞ。なに、儂の伝え聞く掠風竊塵の威名の半分でも実力があれば赤子の手をひねるよりも易かろうよ」
          工匠は盗賊を自ら工房の奥——宝物庫へと招き入れた。
          翌日の午過ぎである。
          宝物庫中央の卓上には六つの骨董が並んでいた。背の高い陶磁の花器、鈍く青光りする鼎型の香炉、曼珠沙華の紋様が描かれた琵琶の三種がそれぞれ二つずつ。その意匠はもちろん経年の具合まで双子のようにそっくりな品々である。
          「……江湖の風聞では掠風竊塵は贋作造りの名手として当代一流という。少なくと手の速さにおいては噂通りの腕前のようだな」


          IP属地:四川5楼2025-02-25 14:57
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            P10-P11
            「お褒めにあずかり光栄です」
            贋作造り——それこそが廉耆の出した弟子入りの課題であった。むろん、ただ作みればよいというものではない。翰林劃竹の眼を欺くほどの出来の品、というのが条件である。
            魔装具を使い逃げ出せぬよう閉じ込めた上でのことだが、廉耆は盗賊が工房を自由に使うことを許した。与えた時間は三日である。しかし、掠風竊塵が贋作造りに要したのは三作合わせて一昼夜であった。
            公平を期して廉耆自身は工房から席を外していたため、この異常という他ない複製速度には内心舌を巻いていた。
            「ぬか喜びしておるがいし」
            廉耆はまず花器に近づくと順番に掌の上に載せた。その動きは陶器の大きさも重さも感じさせない。
            両掌の上に一瓶ずつを直立させると無言で眼を閉じ、何かを確かめるように軽く手を揺らした。しばらくしてさっと両手を振って音も立てずに花器を卓上に戻した。
            「いかがですか?私も目利きにはいささか自信がございます。こちら一時は宮廷の所蔵であった時代もあるほど由緒正しき品。窯元、原料、工程までよく知られているゆえ、偽造もまた容易でした」
            工匠は口角をつり上げた。
            「たわけ」
            廉耆は花器の片方をさっと掴んで持ち上げると、床に投げつけ叩き割った。
            「ふうむ、おみごと。見破られるにしても、いましばらく時間が掛かるかと思いましたが」
            凜雪鴉は見破られたことを素直に認め、不思議そうに首を傾げた。
            「おのれの腕をひけらかしたいがために、与えた時間を十分に活かさなんだはお主の不手際。いくら作られた当時の製法を再現し、同じ原料を使おうと、道具が使われてきた歴史までは容易く再現できまい。使い込まれ、経年の垢が染み込んだ器はわずかながら重さが変わるもの。それが分からぬ儂ではないわ」
            そう言うと、香炉の縁に顔を近づけ、軽く手で扇ぎながら鼻で息を吸う。「染みついた香りが違うな」琵琶に近づくと弦を彈き、聞き耳を立てた。
            「少しは考えおったか」
            抜く手も見せずに刃が閃いた。ほとんど同時に走った三条の刀光が、一つの香炉、


            IP属地:四川6楼2025-02-25 14:57
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              P12-P13
              二つの琵琶を両断した。納刀の鳴りだけが翰林劃竹の抜刀の痕跡だ。
              「これは……廉耆先生ともあろう御方が癇癪ですか?」
              二つの琵琶は真作贋作の区別なく綺麗に両断されている。
              「痴れ者め!」
              廉耆が工房の片隅に無造作に置かれた桐箱の一つを開けると、中からたった今斬り捨てられたのと寸分違わぬ琵琶が姿を現した。おそらく凜雪鴉が隠したものであろう。
              「見比べなければ真贋も見抜けぬと思うたか。この儂も見くびられたものだ」
              凜雪鴉が並べた二面の琵琶は両方とも贋作であった。どちらを選んでも贋作というのが盗賊の仕掛けた罠だ。
              しかし、廉耆もただ者ではない。弦の音を聴いて両方が贋作と見破ったのである。
              「失せろ。貴様が儂の弟子など百年早いわ」
              破壊された贋作の破片を踏みつけ、廉耆は薄汚い盗賊に工房へ踏み込まれ、作業を中断させられた鬱憤を晴らした。掠風竊塵の神業も、この翰林劃竹の眼力の前には屑の山を作るのが関の山と思うと気分がよかった。
              初めから廉耆に盗賊を弟子に取る気などなかった。せいぜい生意気な小童の鼻をへし折ってやろうという魂胆であったのだ。
              「もったいない。贋作とはいえ、市場に出せば一稼ぎにはなったはずですよ」
              掠風竊塵は悔しがるでもなく、心底残念そうにがらくたと化した屑を集めた。
              破片を拾い集める盗賊に廉耆は侮蔑の表情を向けた。一体どういう精神構造をしていればここまでの侮辱を受けて軽口を叩いていられるのか。それとも、居合の冴えを見せつけられて恐れをなしたか?
              「とはいえ、廉耆先生、ますます拝師すべき御方と感服いたしました。次こそはお認め頂けるよう腕を磨いて参りましょう?」
              工匠の侮蔑を正面から受け止めて、盗賊はにこやかに笑い、抱拳して去った。
              人騒がせな男が予想された未練たらしさもなく颯爽と消えて、廉耆の背にふと悪寒が走った。論理的とは言えない生理的な嫌悪だ。
              掠風竊塵の事もなげな態度は痩せ我慢に過ぎない、廉耆はそうおのれに言い聞かせる。


              IP属地:四川7楼2025-02-25 14:57
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                P14-P15
                それは予期せぬ訪問だった。
                門前に停まった馬車から降りてきたのは宮廷から任じられ、一帯の統治に責任を負う県令である。彼こそ廉耆が屋敷を構えるにあたり、お尋ね者である前歴を不間に付した後援者であった。
                後援の条件が目利きの指南や骨董の鑑定、購入の手配などであったから、訪問そのものは珍しくない。だが、此度のように事前の連絡がないことは初めてのことであった。
                互いに抱拳礼をする。
                「おお、廉耆どの。在宅で助かった」
                県令はあからさまにほっとした顔をする。
                「はて、どうなされた?次の訪問はまだ先と聞いておりましたが?」
                県令は背後をちらと振り向く。どうやら馬車には御者台に待機する御者以外にも乗客がいるとみえる。
                声をひそめて、
                「いやなに、こちらも予想外なのだ。例の客の到着が早まったせいで、宴の準備が間に合わん。しばし、おぬしの宝物庫で時間を稼げぬかと思ってな。ほれ、頼んだ品はもう届いておると連絡をよこしただろう。ついでに秘蔵の品を披露してやってくれんか」
                その言葉を聞いて廉耆は気を引き締めた。例の客とは、新任の監察御史である。監察御史といえば地方を巡察し、官吏の不正を取り締まる役職だ。
                物の分かった世慣れ人であれば、たとえ御史といえども大人しく歓待を受けて波風を立てない。しかし、中には手のつけられない堅物もいる。得体の知れない新任の御史を上手くやり過ごせるかどうかは廉耆にとっても他人事ではなかった。
                しかも、こちらの準備が整わぬうちから押しかけるなど、曲者の予感がする。
                廉耆は武人としての厳めしい面つきを瞬時に緩め、馬鹿正直の好人物然とした面を被り直した。一度は野に下った無頼の剣客が再び官の庇護を受けるにあたって身につけた処世術、それがこの真意を隠す痴呆めいた笑みであった。
                「おまかせあれ」
                廉耆は県令に耳打ちすると、馬車に向き直った。
                「御史どの、其が廉耆と申す。我が屋敷までご足労頂き恐悦至極。どうぞ参られい」
                馬車の中に留まっている御史に声をかけた。不気味なことに返事もなく、まったく無言のまま御史は馬車を降りた。さらにその


                IP属地:四川8楼2025-02-25 14:58
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                  2026-03-02 03:05:40
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                  P16-P17
                  顔は冠から垂れた布で隠されている。廉耆はそれでも痴呆めいた笑みを手放さない。
                  御史は揉み手をした県令に近づくと耳元で何か囁きかけた。県令は熱心に頷くと胸を撫で下ろした様子で顔を緩める。
                  「御史どのもおぬしの名望はご存じだそうだ。実に風流の分かる御方だ。かの翰林劃竹の収蔵品なら是非にゆるりと眺めたいとおおせだぞ」
                  完全に警戒を解いた様子の県令と違い、廉耆は顔を隠したままの御史に対してまだ気を緩めてはいない。
                  「おお、それはもったいないお言葉。ささ、奥へ」
                  工匠の顔に浮かぶ卑屈とさえみえる緩んだ笑みは内心の緊張の裏返しだ。しかし、垂れ布の奥の顔が気になっても、県令が不聞としている以上、廉耆の立場としては咎めることもできない。歯噛みしながら得体の知れない御史を屋敷へ招き入れた。
                  使用人を置かないのは身の回りの世話をする者がいる便利さに、身近に人を置くことへの警成が勝るからだ。江湖の古強者の後ろ暗い事情は一つや二つでは利かない。
                  それでも、無頼とはいえ几帳面な職人気質で質素な暮らしを好む廉耆の屋敷には麌一つなく、庭は掃き清められていた。
                  突然の訪問にもかかわらず、幸い工房は作業を始める前で整然としたままだ。
                  主である廉耆が先導し、県令と御史を工房へ招き入れる。宝物庫に入るには一度工房を経由する必要がある。
                  御史は興味深げに工房の中を見回している。案内しながら廉耆は顔色以外から御史の内心を探ろうとした。
                  だが、本来は監察御史を警戒する味方であるはずの県令が邪魔だった。役人は緊張のせいか口が軽くなり喋り続けている。
                  「見ての通り、廉耆どのは使用人を置かない主義でしてな。この工房に入れるのも我々くらいのものです。そして奥にある宝物庫に収められているのは江湖に名高い翰林劃竹がその目利きと伝手を通じて蒐集した秘蔵の品々ですぞ」
                  自分が集めたわけでもなかろうにと廉耆は思ったが、お尋ね者が一所に落ち着いていられるのはこの骨董趣味の官吏のおかげである。文句を言うわけにもいかない。御史の方は黙って頷くだけだ。しかし、その素振りからは興味がある様子が伝わってくる。
                  「いやなに、県令どのの後援あってのことです。それに何より、目利きのある同好の士は得がたいものですからな」


                  IP属地:四川9楼2025-02-25 14:58
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                    P18-P19
                    背筋がかゆくなりながら廉耆はここぞとばかりに世辞を並べる。県令の安泰は自分の安泰でもある以上、一定の機嫌伺いは仕方がないと割り切っている。
                    廉耆が偶然を装って工房の卓から手に取ったのは県令から預かっていた掛け軸だ。
                    「先日修繕を頼まれた掛け軸も、この通り、そうそう手に入らぬ品。繕いながら我が手のうちに留めたくなってしまうほどでしてな」
                    掛け軸を開いて雄渾な毛筆の迸りをつまびらかにしてみせる。
                    「おお、見違えるようだ。流石の手腕だな。もう持ち帰れるかの?」
                    皮肉にもそれは当然のことで、受け取った元の掛け軸はとうに処分済みである。
                    「あいや、まだ目につかぬ細かい修繕が残っておるのだ。もうしばらく待って頂きたい」
                    廉耆は県令の目の節穴ぶりに内心で苦々しい自嘲の笑みを浮かべた。
                    そもそも、持ち込まれた掛け軸は真っ赤な偽物、尻拭き紙も同然。それを県令が恥を掻かぬよう苦心して本物を手に入れ、取り替えたのは廉耆である。まるで目のないがごとき後援者の厄介になっていては翰林劃竹の名が廃る、ということもある。
                    御史はといえば相変わらず言葉は発さないが、垂れ布を揺らしてなにやら頷いている辺り、興味は示しているらしい。
                    うすぎぬの下の顔が気にならないといえば嘘になる。しかし、監察の対象から響応を受けるのは御史という立場でははばかるものであろうことは自明だ。
                    それにしても顔をちらりとすら見せぬのはあまりに臆病だが、賄賂を取ることに怯えているような小心者の方が賄を送る側としても御しやすい。廉耆は追及しないでよいと判断した。どうしても気になれば直接問い質さなくとも、後から手段はいくらでもある。
                    しかつめらしく咳払いをし、廉耆は宝物庫の戸を開く。
                    「おお、いつ見ても壮観だな。これだけの収蔵物を揃えた蔵は都の富家でもそうはありますまい」感嘆の声を漏らした県令は、廉耆の用意した燭台を受け取ると、まるで我が蔵のように堂々と足を踏み入れた。
                    後に続いた御史はおっかなびつくりなのか、そろそろと足音も立てない。
                    相手の強い反応が引き出せないことに苛立っているようで、県令は不安げに口かまびすしく喋り続けている。保身に汲々とする男を見て、廉耆は笑うに笑えない。
                    刀剣架の手前で立ち止まると、県令は無造作に置かれた石を示して言った。
                    「これなどは一見なんの変哲もない石だが、よくよく見れば深山幽谷の清涼の気を


                    IP属地:四川10楼2025-02-25 14:59
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                      P20-P21
                      まとい、実に品格がある。なに、女子供はきらびやかな宝珠を好むものだが、こういう重厚な風格というものは我らのような大人の男だけに分かるものですなあ」
                      おのれの言葉におのれで頷き、県令は訳知り顏で御史に微笑みかける。
                      廉耆は内心で頭を抱えながら、取り繕いのために高速で脳髄を回転させていた。県令は短冊形で灰色の石を鑑賞石と思い込んで高説を垂れているが、この石は単なる砥石である。手入れに使うために刀剣架の近くに備えてあるに過ぎない。廉耆は宝物庫に砥石を置きつばなしにしたおのれの骨惜しみを恨んだ。
                      なんとか御史が県令の言うことを鵜呑みにしてくれぬかと思い、ちらと視線を向けると垂れ布の面が小首をかしげるようにして廉耆の方へ向いている。見えなくとも視線と視線がかち合ったのが分かった。
                      これは無言では誤魔化し切れぬと廉耆は悟った。
                      県令の体面を保ちつつ、おのれの見識を疑われぬように言い抜けるというのはなかなかの難事である。
                      一息吸って廉耆は口を挟んだ。
                      「いやはや、このような砥石にすら目を留められるとは流石ですな。県令どのの天地自然のすべてに美を見出す見識には、この廉耆もたびたび蒙を啓かれまする」
                      砥石、という言葉を聞いた県令の動きが油を差し忘れた歯車のようにぎこちなくなった。
                      「あっ、やっ」
                      言い訳を口にしようとした県令を硬い笑みで強引に制すると、廉耆は砥石を手に取った。
                      「さよう、県令どののおっしやるとおり、この石はさる霊山の渓流より採って参ったもの。ここに揃えたる名刀宝剣を研ぐに足る砥石は容易く手に入るものではない」
                      嘘は吐いていない。
                      廉耆が砥石を固めた拳頭で軽く叩くと石琴のように澄んだ音がした。これ自体にれいろう格別の意味はないが、甲高く玲瓏な音色はそこはかとなく高尚な雰囲気を演出するのに役立つ。
                      「いや、まったくそのとおり!」
                      焦燥を浮かべていた県令が声高に同意した。声音には安堵の色が濃い廉耆は刀剣架から刀を一本手に取った。
                      「失礼いたす」
                      県令と御史から数歩離れると取蔵品を陽光から守るために窓に掛けていた覆いを


                      IP属地:四川11楼2025-02-25 14:59
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                        P22-23
                        外し、火を吹き消してから燭台を床に置いた。
                        廉耆はすうと息を吸いながら抜刀した。白刃がきらめき、暗さに慣れていた目に強い印象を与える。
                        残像を残し、しゅ、しゅと刃が宙を走る。
                        廉耆の腕前もあって空を斬る刃がただならぬ威を放つ。
                        「試し斬りに供す具がなくとも、各々方であればこの刀の切れ味はご理解頂けよう」
                        ばちんという音を耳にした時にはすでに刃は鞘に収まっている。
                        目にも留まらぬ早業だ。
                        「いかな名刀といえど、適切な手入れがなくばなまくらも同然。逆に言えば、刃を見れば砥石の価値も知れようというもの。しかし、ただ砥石を見て、その価値を感得する県令どのの見識は誠にあつばれなものと存ずる」
                        厳めしい面つきのまま、廉耆が沈み込むような重々しい声音で述べると、屁理屈も古の哲人の箴言がごとく響いた。
                        しかし、どう理屈をこねようと砥石は砥石である。
                        刀を刀剣架に戻しつつ、客人二人の視線がそちらへ集中したのを確認すると、廉耆は砥石を後ろ手に棚の奥へとこっそりとねじ込んだ。
                        刀剣架にある刀は過去にあらかた県令に由来を講義してあるから問題ないと廉耆は判断した。
                        案の定、さきほどの失態を忘れて、県令は御史に刀剣を手に取っては教え込まれた故事来歴を得意げに語っている。
                        ふと進む通路を確認すると未整理の書画が少々雑然と置かれている。この辺りの収蔵品についても前に県令が訪ねてきた時に廉耆は軽く講義してある。
                        とはいえ、だ。客人二人が刀剣について熱心に論じあう、というより県令が一方的に語りかける隙に、廉耆は急いで通路沿いに無造作に残してあった修繕に使う筆を目に付かぬ場所へと押しやった。使い古しの筆を見て、またしても素晴らしい逸品がどうのこうのなどとやられたらたまったものではない。
                        本来、刀剣の手入れやこの辺りの整理はとうに終わっているはずだったのだ。それが先日の掠風竊塵の来訪のせいでのびのびになり、危うく無様を晒しかけた。廉耆は此処にいない盗賊にむらむらと怒りが湧いた。
                        ひとしきり御史を相手に高説を垂れて満足したのか県令たちが廉耆に追いついてくる。
                        「例の品はこちらに」
                        「さようか」


                        IP属地:四川12楼2025-02-25 15:00
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                          P24-P25
                          廉耆が掌で示すと県令はほくほく顔で上機嫌に頷いた。
                          今度、立ち止まったのは御史であった。わずかにかがみ込んだ先には立てかけられた絵画がある。
                          「お気に召しましたかな?」
                          廉耆が絵画について解説を加えようと一歩戻ると、今度は県令がすっと割って入った。その目配せは自分に任せろと言っている。少々の逡巡の後、廉耆は黙って引き下がった。
                          くだんの絵画は珍奇なもので、他のものよりも少し詳しく解説したことがあった。県令も機転の利かないところはあるが、記憶力は優れている。右から左に解説を流すだけなら問題なかろうと廉耆は判断した。後援者の傷ついた自尊心を修復するために手を貸さぬわけにいくまいとも思う。
                          県令は絵画を手に取ると表を御史に向けて解説し始めた。
                          この絵画は一見すると顔料をただぶちまけただけのようにもみえる。実際、作者は存命のうちに評価されず、貧苦の中でその生涯を閉じた。しかし、死後になってようやく、そのごく単純化された色彩と形態の中に抽象化された哲理を見出し、再評価する流れが訪れていた。
                          「——でして、この絵画の題を、題を……」
                          流暢に話していた県令の言葉が喉につつかえた。
                          気づいたのだ。いや、明確には気づいていなかった。ただ、察しの悪い県令も、自分の掲げている絵をのぞき込み、違和感を覚えていた。しかし、その違和感の原因が分からないのだ。
                          気づかれぬよう立ち位置を移動した廉耆は悪態を吐くのをかろうじてこらえた。
                          県令は絵画の縦と横を転倒させて掲げているのだ。むろん、抽象的な絵画はそのままでは上下すら定かではない。
                          しかし、この絵画の題は実は『滝』という。もし、『滝』という題を知った上で絵画を見れば、その上下はともかくとして、叩きつけるような顔料の流れからして縦と横の違いは明らかである。
                          県令は絵画の縦横を間違えたとも言い出せず、ましてや画題を述べることもままならず、渋柿を食ったような顔をしている。
                          嘆息を噛み殺しながら廉耆は割って入った。
                          「県令どのは蔵の埃に喉を痛められた様子。清掃が行き届かず失礼した」
                          廉耆はそう言うと、ひったくるように絵画を県令から取り上げた。振る舞いに少々


                          IP属地:四川13楼2025-02-25 15:00
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                            P26-P27
                            感情が漏れてしまったのはやむを得まい。
                            「この絵画の題は『河』という。河というのに何故、黄や橙のような色が多用されているのかと疑問がおありでしょうな。これは初めて大きな河を見た人物が、そこから受けた鮮烈な印象を抽象的に表現しておるのです。小川しか見たことのない人間が雄渾な大河のほとりに立ち、たゆたう波と彈ける飛沫から受けた印象の奔流を想像されたし」
                            一息に言い終えると、御史は少々面食らった様子を見せたが、絵画をじっと見つめてから納得したように頷いた。
                            ほっとした廉耆は絵画に覆いを被せて、棚の奥へと押し込んだ。少々惜しいが、厄介払いに近いうち売り払うことを心のうちで決めている。
                            「さて、約定の品はもうすぐそこに。なにぶんいきなりの訪間でしたからな、埃っぼくて敵わぬ。御史どのまで喉を痛められては申し開きのしようもない。ささ、お二方とも早く参られい」
                            有無を言わさぬ雰囲気で客人二人を先へと促した。
                            約定の品とは、県令が御史の来訪を見越して廉耆に用意させていた萬輿時代の骨董の壷のことである。窮暮之戦の戦災によって、萬輿時代の美術品は多くが失われた。かくて萬輿時代の骨董はどれも貴重なものと相成った。
                            東離は本を正せば萬興の一部である。よって皇帝や貴族たちも萬興の血筋を引いていることもあり、官僚たちもまた賄賂もとい贈り物には萬輿時代の由緒正しい美術品を至上のものとする認識があった。
                            これを廉耆は表社会と裏社会とを問わず、八方手を尽くして手に入れたのである。県令が貴重な骨董の壷を用意させたのは御史に賄賂として献上するためであった。廉耆としてもこの萬輿の壺は御史に非常な感銘を与えるであろうことを期待していた。いや、そうでなくては困るのである。
                            約束の期日こそまだ先であったが、そこは手回しのよい廉耆のことだ。いつでも引き渡せるよう準備は整えてあった。銘板まで揃えた台座に翡翠色のつややかな壺が陽光を見事に照り返しながら鎮座している。
                            「おお!これは見事!」
                            決まりが悪い思いをしていたであろう県令がさきほどまでの落ち込みも忘れて、感嘆の声をあげた。その様子に惹れた御史もふらふらと翡翠色の壺の前に乗り出す。二人は熱心に


                            IP属地:四川14楼2025-02-25 15:01
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                              2026-03-02 02:59:40
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                              P28-P29
                              後ろから緊張の面持ちで見守っていた廉耆の前で「ほう」と御史がついに感嘆の溜息を漏らした。
                              不可能を可能にしたというほどではないにせよ、この壺を買い求めるまで、廉耆はそれ相応の苦労をしている。それだけに自らの人脈と目利きが証明されたようで、好事家として鼻高々であった。
                              「いやはや、これを手に人れるには苦労しましたぞ。なあ、廉耆どの」
                              水を向けられた廉耆は頷き返す。
                              「まったく。伝手を辿って探すのも難儀なら、これほどの名品、持ち主も売りたがらず、買い手が県令どのであれば、と特別に購うことができたものです」
                              正直なところ、苦労したのは廉耆ばかりだが、県令に花を持たせてやるのがおのれの安泰に繋がるのだから、これくらいは何でもない。
                              「これは陶匠無盡の作ですが、彼の一派の窯元があったのは現在の西幽に当たる土地。西幽と言えば萬輿時代に我らが東離と別たれた双子の国ですが、鬼歿之地によってその行き来はもはや不能。いわば西幽の陶器である無盡の作がいかに東離で珍重されるものか、いやはや筆舌に尽くしがたいほどです」
                              翡翠色の釉薬が光を跳ね返し、実に美しい。
                              妙な予感がして廉耆は眼を凝らした。
                              「これは窮暮之戦以前に買い求めておった旧家が家宝として伝えていたもの。普段は人に見せもしないでおったそうで。そのような宝物を見つけてきてくれるのは廉耆先生くらいのものでしよう。武林の剣客というと無頼の輩が思い浮かぶでしようが、先生は我ら文人にも劣らず、礼法と学を修めた方。むしろ私の方が師として慕っておるくらいです。きっと御史どののお役にも立つかと存じます」
                              県令がおのれを褒めちぎる言葉を聞きながら、廉耆はぐらりとよろめきそうになった。いや、意識のうちではすでに転倒し、転げ落ちるように回転していた。目の前の萬輿時代の壺、その翡翠色の釉薬、硝子質の表面が照り返す光の屈折がわずかに違う。もし、薄暗い場所で見れば廉耆であっても気づかなかったであろう。刀術を披露するために窓の覆いを外したことで射した陽光が、名品の嘘を暴いていた。
                              これは贋作だ!
                              廉耆はそう叫び出しそうになるのを必死に堪えた。
                              「そんな貴重なものがそう簡単に手に入るものか、むろん疑義はございましょう。しかし、ご安心を。廉耆先生は風流人であると同時に武林の侠客としても名の通っ


                              IP属地:四川15楼2025-02-25 15:01
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