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回复:精灵の守り人

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「〈狩人〉の头ばかりをしかれぬな。わしも、初手から大失败をした。……わしが、まっさきにせねばならなかったことは、ナナイ大圣导师がのこした|秘仓《ひそう》を调べることだったのだ。」
「秘仓?」
「この星ノ宫には、圣导师しかしらない秘密の仓がある。そこには、ナナイ大圣导师がのこした、极秘の文がきざまれた石板がねむっている。しかし、その石板は〈古代ヨゴ文字〉で书かれておるのでな、读みとくには、かなりの手间がいるのだ。
 シュガよ。わしには、政をうまくおさめるという大仕事があり、とても、このことにかかりきりになるわけにはいかぬのだ。そなたに、この役をまかせる。——いそぎ、石板を读みといて、二百年まえに、いったいなにがおこったのか、つきとめよ。」
 シュガは、ふかく头をさげた。——やはり、この人は尊敬にあたいする贤者だ、とシュガは思った。圣导师は、もう一言、つけくわえるのをわすれなかった。
「よいか、心せよ。われらは、ヤク—の咒术师にいわれてうごきだしたのではないぞ。われらは、みずからうごきだしたのだ。そなたが|秘文《ひぶん》を读みとき、ことが解决したあかつきには、正史には、|星读博士《ほしよみはかせ》の功绩として、これをのこさねばならぬ。わかっておるな。これが、国をおさめるすべぞ。」
 シュガはうなずいた。……そう。つまりは、こういうことが二百年まえにもおこなわれたのだ、とシュガは心のなかでつぶやいていた。
 圣导师の部屋をでても、肌をしめつけるような不安は、なかなかさらなかった。シュガの心をむしばみはじめたこの不安は、ただ第二|皇子《おうじ》にやどったモノを读みちがえ、うつ手をまちがえてしまった、ということだけではなかった。——もっとずっとおくふかい不安だった。
 これまで、〈|天道《てんどう》〉こそは、この世のすべてであり、星读みとしての知识をきわめれば、いずれは真理にたっすると思っていた。それを、つゆうたがうことはなかった。
 だが、ほんとうにそうなのだろうか。このヤク—の咒术师が、圣导师さえしらなかったことをしっていたように、この世には、もしかしたら〈天道〉とはべつの、なにかがうごいているかもしれない——そんな思いが、シュガの心の底にうごめきはじめていたのだ。


40楼2007-07-13 23:06
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    4 ヤク—の言い传え


     バルサの伤は、タンダが予想したよりはやく、ふさがった。
    「きられた伤でよかったよ。骨がおれたら、こうはやくはなおらないからね。」
     バルサがつぶやくと、布をはずして伤をみていたタンダが、あきれて首をふった。
    「おまえ、中年とは思えん伤のなおりのはやさだな。だけど、おぼえとけよ。むかしにくらべれば、やっぱりなおりはおそくなってるんだぞ。むりはできない年になってるってことなんだからな。
     お、こっちの伤は、みおぼえがあるぞ。これも、おれが缝ったんだよな。」
     わき腹をさわられて、バルサは身をよじった。
    「ばか。气やすくさわるんじゃないよ。やめな、くすぐったい。」
     布をタンダの手からひったくると、さっさと自分でまきはじめる。タンダはおもわず身をひいて、两手をこすりあわせた。バルサはさっとたちあがって、外へでていった。自分のなかに、おさえようもなくわきあがってきた思いを、タンダにさとられたくなかったからだ。
     围炉里のわきで、ぬり药の壶をかたづけながら、タンダは、ため息をついた。
    「なぜ、ため息をつくのじゃ?」
     チャグムが、バルサにおしえられたとおり、|小刀《こがたな》をつかって不器用に烧き串用の竹をけずりながら、タンダの颜をのぞきこんだ。
    「手もとをみてやらんと、手をきるぞ。」
     タンダはしずかにいって、壶をもってたちあがった。おくの棚に壶をのせながら、タンダはチャグムが、じっと自分をみているのを感じていた。
    「……タンダ。」
    「ん?」
    「なぜ、バルサをめとらぬのじゃ? これほどなかがよいのに。」
     タンダは、ゆっくりとチャグムをふりかえった。
    「そういうことを、きくな。……きくもんじゃないんだ。」
    「だが。」
    「きかないでくれ。とくに、バルサがいるまえでは、ぜったいきくなよ。たのむから。」
     チャグムは不服そうに颜をくもらせたが、それ以上いいつのりはしなかった。タンダは、チャグムのわきにすわると、おだやかな声でいった。
    「バルサには、心にきめたことがあるんだよ。バルサが用心棒になったのも、命がけできみをたすけようとしてるのも、その心にきめたことのためなんだ。それがおわるまで、彼女はけっして、人の妻にはならないだろう。」
    「……きめたことって?」
    「かんたんにいえば、バルサは、八人の、人の命をすくう誓いをたてているのさ。」
    「なぜ、そんな誓いを……。」
    「いつか、バルサにきいてごらん。おれが话す话じゃない。きみは、かしこいから、きいていいときがきたら、わかるだろう。バルサが思い出话をしてもいい气分になっているときに、たずねてごらん。」
     タンダは、ほほえむと、外へでていった。木のしたにバルサがたっていた。ゆっくりとした动作で手足をうごかしている。その、ゆっくりと圆をえがくような动作から、ふいに、ひらめくような、つきとけりがくりだされた。
    「つつ。」
     バルサは颜をしかめた。腕ぐみをしてみているタンダに目をやり、苦笑した。
    「まだ、かなり痛むね。」
    「あたりまえだろ。……なあ、おれ、いまからヤシロ村へいってくるが、おまえ、どうする?」
    「ニュンガ·ロ·イム〈水の守り手〉のことを、ききにいくんだね?」
    「ああ。あちこち调べてみて、ヤシロ村にいる人が、いちばんあのことにくわしそうだっていうんでね。おまえもチャグムをつれて、いっしょにいくかい?」
     バルサは首をふった。
    「わたしはここにのこるよ。チャグムを人前にだすのは、まだちょっと不安だしね。ひとりにしとくのは、もっと不安だし。……あの子に、すこしずつ武术の手ほどきをしてやろうと思っているんだ。万が一ひとりになっても身をまもれるようにさ。」
     タンダはうなずいた。
    「じゃあ、てきとうに仓から食べ物をだして、食っていてくれ。もしかしたら、今夜かえらないかもしれないけど。心配しないでくれよ。」
    「ああ。」
     バルサはタンダの目をみずに、うなずいた。


    41楼2007-07-13 23:07
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      2025-11-09 04:55:27
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      タンダがでかけていったヤシロ村は、|青弓川《あおゆみがわ》の上流にある小さな村である。川原にひらいたわずかな田では稻を、倾斜地をこそげるようにしてひらいた段だん_では、杂谷と野菜をつくり、三十人ほどの人びとが住んでいる。ここに住む人は、だいたいがヤク—とヨゴ人の混血で、お碗をふせたような形の|泥壁《どろかべ》の家にくらしている。
       泥壁の家にくらすのは、ヤク—のむかしながらのくらし方だが、胸もとであわせて带でむすぶ|一重《ひとえ》の衣をまとい、ひざまでの筒ばかまをはくのは、ヨゴ人の农民らしい姿だ。肌の色も、ヤク—らしいこい茶色の者から、まったくヨゴ人とみわけのつかない、色白の者までさまざまである。言叶はもう、ほとんどヨゴ语しか话さなくなっているようで、ヤク—语は、老人たちが、おどろいたときなどにつぶやくていどだ。
       タンダは、|村境《むらざかい》の「|道切《みちき》り绳」をくぐった。道の两わきに丸太の柱がたち、その柱に绳をわたして、そこから骨をさげてあるのだ。タンダは、しきたりどおり、头でカラカラと骨をならしてとおりすぎた。これはナ—ジという鸟の骨で、ヤク—は、これが魔除けになるとしんじていた。つまり、この「道切り绳」は、村の外から魔物がはいってくるのをふせいでいるのだ。
      (しかし、なんでナ—ジなんだろうな。)
       ふと、タンダは思った。ナ—ジは渡り鸟だ。夏至のちかくになると、北から|青雾《あおぎり》山脉をこえて海のほうへわたっていってしまう。べつに、この地になにか恩惠をあたえてくれる鸟ではない。
       それでも、海边の村に住むヤク—たちは、まれに、海で力つきたナ—ジの死骸が浜に流れつくと、ていちょうに吊い、その骨をきれいにさらしてから、市场へ卖りにいく。ほかの村のヤク—たちが、魔除けにと、けっこういい值で、その骨を买っていくのである。
       タンダの头のなかに、古い思い出がひとつ、うかんできた。おぼえているとは思ってもいなかったような、ささいな思い出だ。あれはいくつのころだったろうか。祖父に手をひかれてナ—ジの骨のしたをくぐりながら、头で骨がならせる祖父がうらやましくて、自分もならしたいとぐずったことがある。祖父は苦笑して、タンダをだきあげ、骨をならさせてくれた。
      「ナ—ジの翼は魔よりも速い。灾いよりも速いそうな。」
       祖父にいわれて、タンダはうたいだした。
      「ナ—ジ、飞べ飞べ、海まで飞べば、雨ふり稻穗はすくすくそだつ!」
      「おお、そうだぞ。夏至祭りの歌だな。そうだ。夏至祭りまでにそだった稻が、祭りのあとにゃ、いい雨がふって、すくすくそだつって歌だ。今年も丰作だといいがな。」
       おもいがけずよみがえってきた、そんな思い出にひたりながら山道を步いていると、がさがさっと目のまえのやぶがゆれて、小さな人影があらわれた。十一かそこらの娘だ。|小芋《こいも》をいっぱいいれた笼をせおっている。笼からは、ポタポタと水がたれていた。色白のほおが赤くそまり、手の指もまっ赤だ。
      「あ、药草师のおじさん!」
       娘が气づいて、にこにことわらった。
      「やあ、ニナ。川で小芋をあらってきたのかい?」
      「うん。」
       ニナはタンダについて步きはじめた。この子の颜はもうヨゴ人そのもので、この子が街にでても、ヤク—の血がまじっているとは、だれも气づかないだろう。
      (こうして、あと百年もすれば、ヤク—はこの世からいなくなるのか、な。)
       タンダは心のなかでつぶやいた。
      「药草师のおじさん、どこへいくの?」
      「ああ、ちょっときみのじいさんの知惠をかりたくてね。——その|笼《かご》、もってやろうか。」
      「だいじょうぶ。」
       大气のなかに、烟のにおいがただよってきた。森がきれると、小さな村が姿をあらわした。タンダは、季节ごとに药草を村々にとどけ、病人がでたときけば、たすけにいく。だから、村人がタンダをみる颜はやさしかった。
       _から昼のひと休みにかえってくるところをねらってきたので、村にはけっこう人影があり、家々からは、うすく煮炊きの烟がのぼっている。タンダは、あいさつをかわしながら、山よりにたっている一轩の家へとむかった。ニナがまえになり、あとになりして、小走りについてくる。家につくと、彼女はトン、と笼を入り口のわきにおろして、
      「おじいちゃん、お客さんだよ!」
      といいながら、家にとびこんでいった。タンダは、ちょっと土をもりあげてある入り口の敷居のまえで二度足踏みをする「|厄落《やくお》とし」のしぐさをしてから、暗い家のなかにはいっていった。
       家のなかには、さすような烟のにおいがたちこめている。土间の编みワラをしいた床の中央に、围炉里がきってある。老人と老人の末の息子夫妇、それに子どもらが、围炉里をかこんでいた。


      42楼2007-07-13 23:07
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        「おじゃまします。ノウヤさん。」
         やせた老人が目をほそめた。
        「おお、おお。タンダじゃないか。ひさしぶりだのぅ。さ、あがれ、あがれ。いいところにきたよ。ちょうど芋を煮ようとしていたとこだ。あんたも、食いな。」
         タンダは、土间で|草鞋《わらじ》をぬいで炉ばたにすわりこんだ。ふところから、干した药草の束をだす。
        「これ、すこしだけど、トド|草《そう》。嫁さんが、おめでただってきいたんでね。こいつは、|つわり《___》によくきくんですよ。」
         末の息子の嫁は、はにかんだような|えみ《__》をうかべた。口のなかで、もごもごと礼をいい、ニナにはやく芋をもってくるように、手をふった。
        「きょうは、ノウヤさんにおしえてもらいたいことがあって、きたんですよ。ノウヤさんのおじいさんは、おれのひいひいじいさんの亲友でしたよね。」
        「そうだよう。えらくなかがよかったんさ。わしも、よく、おもしれえ话をしてもらったもんさ。あんたのじいさんが、嫁さんのじいさんの_をゆずられて、トウミ村へうつってしまったからな。それいらい。うちの一家とは、あんまり行き来がなくなってしまったがのう。」
         タンダはしずかにきりだした。
        「ノウヤさん。きょうはね、ノウヤさんのお父さんの、早死したにいさんのことをききにきたんですよ。——ニュンガ·ロ·チャガ〈精灵の|守《も》り|人《びと》〉のことをね。」
         ノウヤの颜がくもった。老人はふしくれだった手で、こまったようにあごをなでていた。
        「うん。たしかに、おやじの兄はニュンガ·ロ·チャガだったらしいな。そんな话をきいたことはある。でも、ニュンガ·ロ·イム〈水の守り手〉をまもりきれずに、ひどい死にかたをしたってことで……。わしのばあさんが、その话を思いだすたびに、ひどくかなしむもんで、うちでは、あんまり话す者もいなくてよ。それに、なにしろ、ちょうど百年がたまえの话だし、わしは、そういう话はあんまりすきじゃなかったし。なにもしらねえんだがね。しってたらおしえてやるんだが。」
         タンダは、がっかりした。まあ、そうだろう。当事者にしてみれば、ひどい悲剧だったはずだ。わすれようとするのが、しぜんだったろう。
         タンダの颜をみて、气の毒そうに、ノウヤはいった。
        「去年だったらなぁ。去年のいまごろなら、まだ、わしのおふくろが生きとったんだが。わしのおふくろは、村の语り部の娘での。おやじの兄のことも、そのニュンガ·ロ·チャガやら、精灵やらのことも、わしよりずっとよくしってたんだが。……けど、なんで、いまごろ、そんなことをきくんだね?」
         タンダは内心、いよいよがっかりした。今年が、ちょうど百年目であることの意味を、ニュンガ·ロ·チャガの血筋の者さえも、もうしらなくなっているわけだ。予想はしていたが、やはりヤク—たちは、ときの流れとともに、むかしの知识をどんどんうしなっている。
        (くそっ。やっぱり、トロガイ师をなんとかして、さがすよりほか、手はないか……。だが、まにあうだろうか。)
         そのとき、ゴロゴロッと芋がおちてころがる音がした。ニナが、ぽかんと口をあげている。
        「おじいちゃん! 今年は、ニュンガ·ロ·チャガが杀されてから百年目なの? たいへんだ! また、ニュンガ·ロ·イムの卵がうまれる年じゃない!」
         みんなは、おどろいてニナをみたが、いちばんおどろいたのは、タンダだった。
        「よくしっているな、ニナ。どうして、そんなことをしってるんだ?」
        「ひいおばあちゃんにきいたもん。その、こわい话。」
         あっ、とノウヤが手をうった。
        「この子は、その去年死んだ、わしのおふくろに、よくなついていたからな。なんだかんだと、お话をしてもらっていたっけ。——おまえ、ニナ、どんな话をしてもらったんだ? タンダに话してやりな。」
         こんなに注目されたのは、はじめてなので、ニナはまっ赤になってしまった。
        「ニナ、いい子だ。まあ、おれのよこにおいで。ゆっくりでいいから、おぼえていることを、话しておくれ。」
         タンダがやさしくいうと、ニナはタンダのわきにすわって、ちょっと、もじもじしてから、话しはじめた。
        「あのね、うんとね……。おじいちゃんのね、お父さんのね、おにいさんが小さいころね、水をまもる精灵の、ニュンガ·ロ·イムが卵をうんだの。」
         ニナの话は、たどたどしかったが、きっと何度もきいたお话なのだろう。おちついてくるにつれて、どんどん、なめらかになっていった。
         タンダは、少女が物语ることをきくうちに、おもわぬ幸运にゆきあたったことをさとった。——少女は、タンダさえしらなかったことを、物语りはじめたのである。
        「ニュンガ·ロ·イムは、サグの海で卵からかえり、若者になると、ナユグの川をさかのぼってふかい水の底まできて、そこに住みつくんだって。でもね、おとなになるとうごくことができなくなるの。ひいおばあちゃんは、きっと大きな贝みたいな精灵なんだねっていってた。この精灵がはきだす精气は云になって、雨をふらせるの。
         でもね、百年に一度、ニュンガ·ロ·イムは卵をうんで、死んでしまうの。だから、ニュンガ·ロ·イムが卵をうむと、だんだん云がきえていって、日照りがつづくようになるんだって。


        43楼2007-07-13 23:07
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          だからね、ヤク—はね、卵をたすけることにしたんだって。ちゃんと、ニュンガ·ロ·イムがうまれて、また、云をはいてくれるように。むかし、むかし、まだサグとナユグの生き物たちのなかがよかったころから、そうしてきたんだって。母鸟のようにニュンガ·ロ·イムの卵をだいたニュンガ·ロ·チャガが、卵がちゃんとそだつまでまもるんだって。
           だけどね、鸟の卵をヘビがねらうみたいに、ニュンガ·ロ·イムの卵が大好物の、おそろしいラルンガ〈卵食い〉が、ニュンガ·ロ·イムが卵をうむと、やってくるんだって!」
           少女は、ぶるっとふるえた。
          「おじいちゃんの、お父さんの、おにいさんも、そのラルンガの爪にひきさかれちゃったんだって! まっぷたつに! ……ねえ、今年が百年目なら、ラルンガは、むかし食べたニュンガ·ロ·チャガの味をおぼえてて、わたしたちを食べにくる?」
           タンダは、少女の肩に手をおいてやった。
          「だいじょうぶだよ。ラルンガは、ニュンガ·ロ·イムの卵しか食べない。ぜったい、きみを食べたりしないから、だいじょうぶ。安心しな。」
           いまや、みんながニナとタンダのやりとりに注目していた。ニナの母亲でさえ、芋をむく手をとめてしまっている。
          「ニナ。そのラルンガなんだけどね、いったいどういう魔物か、ひいおばあちゃんは话してくれたかい?」
          「うん。あのね、ひいおばあちゃんのお父ちゃんがみたんだって。ず—っと姿はみえなかったのにね、ニュンガ·ロ·チャガをひきさいたときには、みえたんだって。大きな爪が光ったのを、おぼえてるっていってたって。」
          (やはり、ナユグの生き物なのだ、ラルンガは。——帝の追手のことじゃない。)
           タンダは心のなかでつぶやいた。
          「ひいおばあちゃんは、なにか、ラルンガの弱点を话してくれなかったかい?」
           ニナは、残念そうに首をふった。
          「ううん。わたしも、しりたかったの。だって、どんな魔物だって弱点をしってれば杀せるでしょう? でもね、ひいおばあちゃんに、おまえねぇ、そんなことがわかってたら、だれもだまって、あの子を杀させはしなかっただろうよ。って、いわれた。」
          「……だろうなあ。」
           タンダはうなずいた。そして、ぽんぽんとニナの肩をたたいた。
          「いや、ありがとう。おかげで、ずいぶんたすかったよ。ニナは、语り部の素质をもっているな。いつか、ひいおばあちゃんみたいな、いい语り部になるね。」
           ニナは、うれしそうにわらった。だが、むかい侧にすわっているノウヤの颜は、不安にくもっていた。
          「しかし、タンダ。もう一度きくがよ。どうしてまた、そんな话をしりたいんだね。」
           タンダはみんなの颜をみまわして、いった。
          「そう。おさっしのとおりです。——じつは、またニュンガ·ロ·イムの卵がうまれたらしいんです。それで、その卵をまもりたくてね。でも、くれぐれもおねがいしますが、ぜったいこのことを人に话さないでください。」
          「なんでだね。」
          「帝の圣祖はニュンガ·ロ·イムを退治したことになっているでしょう? だから、もし、ヤク—がまたニュンガ·ロ·イムの卵がうまれたなんてうわさしてるとばれたら、うわさをたてた人たちは、帝への反逆罪で打ち首にされちまう。」
           みんな、ぞっとした表情で、たがいをみた。
          「ね、だから、このことは口にしないほうがいい。」
           ノウヤたちは、だまってうなずき、くちびるに左手の小指をあてる「沈默の誓い」のしぐさを、してくれた。タンダは、ニナに、むきなおった。
          「ニナも约束してくれ。ぜったい口にしないと。」
           ニナは、ちょっと残念そうな颜をした。友だち连中に、おおいそぎで话してまわろうと思っていたのだ。だが、おじいちゃんたちのこわい颜をみ、タンダの颜をみると、ニナは、くちびるに左手の小指をあてる誓いを、せざるをえなかった。タンダは、ほほえんだ。
          「タンダ、あんたもちかってくれ。役人にはぜったい、わしらがこの话をしたとはいわないと。」
           ノウヤが、きつい声でいった。タンダはうなずき、「沈默の誓い」をたてた。
           すっかりしずみこんでしまった人びとに、もうしわけない思いであいさつをしてから、タンダはたちあがった。户口をでようとしたとき、ふいにうしろからニナの声がかかった。
          「タンダさん! もうひとつ思いだした! ひいおばあちゃんがいってたこと。」
           タンダがふりかえると、ニナが目をかがやかしている。
          「あのね、ラルンガは冬にはこないっていう言い传えがあるんだって。きっと冬眠するんだね。山の|けもの《___》みたいに。」
           孙の话をきくうちに、ノウヤもなにかを思いだしたのだろう。ふかく、うなずいた。
          「そうだ。おやじの兄が杀されたのは、もう夏至ってころだったそうだ。だから、ばあさんがなげいてたっけ。あの年だけは、冬がず—っとつづけばいいってねがったよってな。」
           タンダは、おもいがけぬひろい物をしたような、うれしさをおぼえた。これは、とても贵重な话だ。心からお礼をいい、ふかぶかと头をさげてから、タンダはノウヤの家をでた。
           かえりは、骨をならさぬように气をつけながら、そっと「道切り绳」をくぐった。ナ—ジの骨が风にゆれている。その风に、かすかに雪のにおいがまじっていた。もう、|青雾《あおぎり》山脉のむこう、バルサの故乡のカンバル王国あたりでは、雪がふりはじめているのだろう。
           枝をすかして空をみあげると、さむざむとした灰色の空をふちどる木々の红叶も色あせて、枝ばかりがめだつようになっている。いつもは、气持ちをしずませる冬の气配が、いまは、ありがたいものに思えた。タンダは物思いにふけりながら、山道を步いていった。


          44楼2007-07-13 23:07
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            5 トロガイとの再会


             チャグムは、びっしょり汗をかいていた。バルサは腰に手をあてて、チャグムをみた。
            「くるしいかい? 」
             チャグムは、ものもいえないようすで、うなずく。タンダがでかけてから、バルサは家のまえの草地で、チャグムに武术の基本の型をおしえていたのである。これは、バルサが六つのときに养父のジグロからおそわった、「チキ」という武术のいちばん基本の型だった。しずかに呼吸しながら、すったりはいたりする息と动作をあわせて、ゆっくりとつきや、打ち、けりをおこなう。右手でつくときには、左手は急所をかばっているなど、攻击と防御が一体になった型で、ひとりで练习できるようにくふうされたものだ。
             だが、いちれんの动作を二十回くりかえしただけで、チャグムの息はあがってしまった。
            「ふむ。こりゃ、まずからだをつくらなくちゃねえ。あんたはまだ子どもで、骨がやわらかいから、むりな动きはさせられないけど、すこしうごいたくらいじゃ、息があがらないからだにはしなくちゃね。」
             目におちる汗をぬぐって、チャグムは颜をしかめた。汗が目にはいると、こんなにしみるとはしらなかった。
            「どのくらい修练すれば、バルサのようになれる?」
            「二十年。」
             おちつきはらって、バルサはこたえた。
            「二十年! それでは、まにあわぬではないか。」
            「それじゃあ、まにあわないよ、といいなさい。口をひらいただけで、人にうたがわれたかないだろう。——それにね、どのみち、十やそこらの子が、|一月二月《ひとつきふたつき》つけ烧き刃で修行したって、あの追手にかなうはずはないんだよ。」
            「では、なぜ、このようなことをやるのだ——やるんだい?」
             舌をかみそうな颜で、チャグムはいった。
            「かんたんなことさ。やってないよりは、やってたほうが、にげられる可能性がますってことだよ。いいかい。ほんのわずかなことが、生死をわけることがあるんだよ。たとえば、ほんの一瞬、あいてをひるませられれば、にげられるかもしれない。あんたが、そうやって敌にすきをつくってくれれば、わたしがたすけられる可能性も高まる。とにかく、やらないよりは、やったほうがいいってことさ。」
             いいおわったとたん、バルサは、くるりと反转して、短枪をかまえた。
            「だれだ!」
             バルサの枪の穗先がぴたりとむいているやぶがゆれて、猿のような人影があらわれた。
             バルサの目が、まるくなった。
            「トロガイ……师!」
             老咒术师が、鼻をならした。
            「ふん。なんだ、おまえかね。あいかわらず、ぶっそうな物をもって、ぶっそうなくらしをしておるようだのぅ。なんだ、そこの坊主は。」
             チャグムは、ぽかんとして、ぼろぼろの衣をまとった、きみょうな老婆をみていた。
             トロガイの目が、ふいっとほそくなった。无言でバルサのわきをぬけると、老咒术师は、チャグムの正面にたって、しげしげとチャグムをみつめた。こうしてむかいあうと、トロガイはチャグムとほとんどおなじ背たけしかなかった。トロガイが、ふしくれだった指をチャグムのひたいにのばすと、チャグムは气味わるげに、一步あとずさった。
            「うごくな!」


            45楼2007-07-13 23:07
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              トロガイが、いった。とたん、チャグムは言叶にからだをしばられたように、身动きできなくなってしまった。トロガイはチャグムのひたいに、指先でかすかにふれながら、胸まで、たどっていった。
               チャグムは、ふいに、きみょうな错觉にとらわれた。トロガイの指先が、自分の胸のなかに、すうっとはいってくる。衣も、肌も、肉さえもつらぬいて……。チャグムの全身から|冷汗《ひやあせ》がふきだした。痛みは、まったくない。けれど、吐き气がするほど、气味がわるかった。
               もうがまんできない、と思ったとき、とつぜん、トロガイの指がからだからはなれた。とたん、すっとからだが自由になり、チャグムは糸が切れたあやつり人形のように、すとんと地面にすわりこんでしまった。トロガイのひたいにも、うっすらと汗がういていた。
              「なんと、なんと。」
               ゆっくり头をふって老咒术师は、バルサをふりかえった。
              「こういうのが、运命ってやつなんだろうねえ。この世の糸ってのは、きみょうなもんさね。——あんた、二ノ宫にたのまれたのかい?」
               バルサはうなずいた。この老婆の头の回转は、とんでもなくはやいのだ。いちいちおどろいてはいられない。
              「トロガイ师。あなたをさがしていたんです。これが运命なら、めずらしく、わたしは运命ってやつに礼をいいたい。」
               老咒术师は、にやっとわらった。
              「わしもさ。これで、ずいぶんてまがはぶけた。——しかし、まあ。」
               彼女は、ちょっと言叶をきって、ようやくたちあがったチャグムをみた。
              「长生きするもんだね。この目で、ニュンガ·ロ·イム〈水の守り手〉の卵をみる日がくるとはねぇ。」
               チャグムの目が大きくなった。
              「み、みたのか? この、わが胸のなかにみえたのか? どんなモノがあるのだ? おしえてたもれ!」
               トロガイは、まじまじとチャグムをみ、それから、のけぞってわらいだした。
              「なるほど、この子は第二|皇子《おうじ》かい! どうりで、猎犬どもが血相かえておってくるわけだ。」
               ひとしきりわらってから、老咒术师は、チャグムにむきなおった。
              「あんたのからだはサグ——こっちの世界の物だからね。べつに、あんたの肉のあいだに卵があるってわけじゃない。わしも、はじめてみたよ。こんなふうに、サグの生き物のからだにナユグの生き物がかさなっているなんて、ね。わしにみえたのは、青白く光る小さな卵だよ。固い壳はない。鱼の卵みたいに、やわらかそうだった。」
               チャグムの颜がゆがんだ。肉のあいだにあるわけではない、といわれても、やはり气持ちのよいものではない。吐き气がこみあげてくるのをひっしでこらえて、チャグムは头をふった。
               老咒术师は、そんなチャグムのようすを气にするふうもなく、
              「あんた、いったいなにをやったんだい? どうして、ニュンガ·ロ·イムの卵をだくはめになったんだね。」
              と、きいた。チャグムは、トロガイをにらんだ。
              「しらぬ。まったくおぼえがない。——わたしこそ、そなたにあったら、おしえてもらおうと思っていたのだ。なぜわたしが、そんな精灵の卵などを、うみつけられねばならなかったのか。」
              「わしがしるもんかね。いくらわしだって、しらないことはある。……ふ—ん。こりゃ、残念だ。ニュンガ·ロ·イムの卵がどうやってうみつけられるのかを、どうしてもしりたかったんだがねぇ。まあ、おいおい思いだすかもしれん。それをまつことにしようかい。
               おい、バルサ。わしのボケ弟子はどうしたね。おまえが食っちまったのかい?」
               バルサは、苦笑した。
              「あんなやつを食うほど、うえちゃいませんよ。タンダは……。」
               いいかけて、バルサは、うしろをみやった。ほどなく、やぶがゆれて、头に木の叶をくっつけたタンダがあらわれた。三人にみつめられて、タンダはおもわずたちすくんだ。
              「なんだ、なんだ……。あ、お师匠样! さがしてたんですよ!」
               あまりのまのよさに、バルサとチャグムとトロガイは、おもわず颜をみあわせた。トロガイが、にやっとわらってチャグムにいった。
              「うわさしてると、その人がくるってのは、なかなか真理のようだな。」
               それから、タンダをどなりつけた。
              「なんだ、发に木の叶なんぞくっつけて。そういうふうに、みなりをかまわんからおまえはいつまでたっても、嫁がもらえんのだ。」
               タンダが、ため息をついた。
              「お师匠だって、からだじゅうに木の叶をくっつけてるじゃないですか。おれの嫁の心配より、いまは、やることがたくさんあるでしょう。——まあ、とにかくお茶でもいれて、なんか食いながら、话しましょう。」


              46楼2007-07-13 23:08
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                タンダは、发にくっついていた木の叶をおとすと、家にはいっていった。てぎわよくタンダがいれた、よいかおりのお茶をすすりながら、みんなは、これまでのことを语りあった。
                 ひととおりの话がおわると、バルサがいった。
                「……つまり、ニュンガ·ロ·イムというのは、ふかい水の底にすむ云をはきだす精灵、というか、生き物というか、で、おとなになると自分ではうごけなくなるから、百年に一度、死ぬ直前に、卵をサグの生き物にうみつけ、その生き物に卵を海まではこんでもらう、と。じゃあ、これから、いそいで海まで旅して、卵をおとしてくれば……。」
                 トロガイが首をふった。
                「だめだろうな。まだ、そのときではないのだ。チャグムが海にむかってうごいておらんから。
                 梦をみて、水にはいろうとするのは、ただ水のなかにいた卵の记忆をおっているだけだろ。もしかすると、サグの水に卵がなれるための『とけあい』をしてたのかもしれんがね。
                 水がねばったっていってたね? 卵はじゅうぶんにそだったら、そういうふうにサグの水をあやつれるのかもしれんな。
                 まあ、ともかく卵がじゅうぶんにそだつと、チャグムはしぜんにうごきだすのだろうよ。」
                「夏至まで卵をまもって无事にうみだせば、わたしはたすかる、というのはほんとうか?」
                 チャグムが口をはさんだ。トロガイは、うなずいた。
                「たぶんな。ずいぶんまえになるが、ナユグの水の民に话をきいたときには、ニュンガ·ロ·イムの卵が宿主を伤つけることはないといっておった。」
                 チャグムの颜が、ほっと、ゆるんだ。タンダはチャグムの肩に手をおいて、ほほえんだが、ふっと、真颜にもどって、トロガイをみた。
                「しかし、まもれなかったときには、卵はラルンガに食われるわけですよね。百年まえのように。——みょうだな。たしかに、あのときはひどい日照りにはなったらしいけど、だからといってこの百年间、ずっと日照りがつづいたわけじゃない。师匠、ニュンガ·ロ·イムはほんとうに云をうむ精灵なんでしょうか?」
                 トロガイは、肩をすくめた。
                「わしにだって、わからぬことはあるわい。だがまあ、考えてみれば、この世はナヨロ半岛だけじゃない。世界じゅうに云はわいとる。ニュンガ·ロ·イムだって、一体しかおらんわけじゃなかろう。鱼、鸟、|けもの《___》。おなじ种类でも、卵のうみ方そだて方がちがうことがあるように、云をうむ精灵にもいろいろいるんだろ。
                 とはいえ、ここナヨロ半岛じゃ、この百年に一度サグの子に卵をうみつけおるニュンガ·ロ·イムが、うまくかえらなんだら、ひどい日照りがおそうことだけはたしかなんじゃ。まもらんでほっときゃいいってわけじゃあるまい。」
                「そりゃ、もちろんそうです。」
                 タンダがいった。
                「卵をまもるのは日照りのためだけじゃないし。チャグムの命がかかってるわけだから。」
                 会话がとぎれ、タンダがみんなの茶碗にお茶をつぎたした。チャグムは、うまそうにお茶をすすっているトロガイをみながら、ずっとふしぎに思っていたことを、きいてみよう、と思いたった。
                「……トロガイ。タンダは、わたしのことをニュンガ·ロ·チャガ〈精灵の守り人〉だといった。ニュンガ·ロ·イムは云の精灵だから、と。
                 だが、精灵とは、ふしぎな、强い力をもつ、目にみえぬ魂のようなものではないのか?
                 星ノ宫の博士は、精灵とは森罗万象の精气があつまり、しょうじた灵魂だとおしえてくれたが……。卵からうまれ、卵をうむようなものが、ほんとうに精灵なのだろうか?」
                 トロガイは颜をあげた。
                「ふん。ヨゴ人はそんなふうに考えとるのか。あのな、坊主。国やしゃべる言叶がちがう人は、べつの考え方をもっとることはしってるか? たとえば、バルサはカンバル人だが、カンバル人は雷を神だと思ってる。そうだな? バルサ。」
                 バルサは、うなずいた。
                「ああ。この世の最初の暗が涡をまき、そこから光がはじけた。それが雷神ヨ—ラムだ。」
                 トロガイはチャグムに目をもどした。
                「……というわけだ。で、チャグム、おまえはヨゴ人だが、ヨゴ人は神を、この世のはじまりのときに〈天〉のもっとも强い精气があつまってうまれでた巨人だと考えているな? この巨人が暗をかきまぜるうちに、轻い天と重い大地がわかれた。大地は女神をうみだし、その女神と巨人がまじわって、最初の人がうまれた。この人が、おまえの祖先だ。そうだな?」
                 チャグムは、うなずいた。チャグムにとって、この神话は祖先の诞生を语る、とても神圣なものだった。それを、この老咒术师が否定するつもりなのではないかと、チャグムはおもわず身がまえた。
                 トロガイは、チャグムの表情をみて、ふっとほほえんだ。
                「心配するな。わしは、よその国の神话だからといって、それを头からバカにするほど、バカじゃない。どこの国の人でも、みな、气が远くなるほど长い年月をかけて、この世のほんとうの姿となりたちをしろうとしてきた。
                 そして、ヨゴ人は巨人の神をしんじ、ヤク—はこの世のはじめには〈|涡《うず》なる|蛇《へび》〉がいたとしんじている。どちらがほんとうかをしるすべは、わしはもたぬ。
                 精灵もまた、ヨゴ人が考える精灵と、わしらヤク—が考える精灵は、完全におなじものじゃない。ヤク—はな、水、土、火、气、木にかかわる〈大いなる力〉をもつものを、『精灵』とよぶのだ。
                 たとえ、山にはえている木であろうとも、数千年のときをへて〈大いなる力〉をもつようになった木は、精灵だとヤク—は考えるんだ。たとえ、数千年まえには、ちっぽけな芽から生じたのだとしても、わしらは、その木を精灵とよぶんだよ。」
                「……大いなる、力って、どういうものなのだ?」
                 チャグムの问いに、トロガイはため息をついた。
                「これこれ、こういうものが〈大いなる力〉だと说明できるようなもんじゃない。木の精灵の场合は、命の力のようなもの——强い精气をもっている。それをわしらは〈大いなる力〉とよぶんだよ。


                47楼2007-07-13 23:08
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                  2025-11-09 04:49:27
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                   ニュンガ·ロ·イムの场合は、水をあやつり、云をはき、雨をうむ〈大いなる力〉をもっている。だから、精灵なのだ。……そういうことさ。」
                   しんけんに考えこんでいるチャグムの颜をみて、ふいに、バルサがわらいだした。
                  「チャグム、あんた、二十年まえのタンダによくにてるよ。わたしなんか、そういう、こむずかしい话はだいのにがてだけど、あんた、こんなむずかしい话がすきなのかい?」
                   チャグムは、首をかしげた。
                  「すき、というのではない。けれど、わからないことがあると、はっきりわかるまで考えないと、なんだか、おちつかないのだ。」
                   その答えをきいて、タンダがほほえんだ。
                  「チャグムは、|皇子《おうじ》というより、学者にむいているな。まあ、ものを考えないバルサのようなやつが|皇子《おうじ》だったら、国のゆくすえがおそろしいが。」
                   バルサが、ふんっと鼻をならした。
                  「なんとでも、いってな。——さて、话をもどさせてもらうよ。ニュンガ·ロ·イムがどんなもんでも、とにかく、ラルンガ〈卵食い〉と帝の追手、このふたつからチャグムをまもらなきゃならないわけだね。」
                   トロガイが、ぼりぼりと胸もとをかいた。
                  「わしの文で星读みどもが改心してくれりや、らくなんだが。
                   しかし、そのヤシロ村の娘が、ニュンガ·ロ·イムのことをつたえきき、おぼえておったというのは、うれしいことだな。——そういうふうに、ほそい糸でものこれば、な。」
                  「しかし、なぜでしょうね。ニュンガ·ロ·イムのことは、国じゅうの凶作にかかわるだいじだ。それが、どうしてこうもたやすく、人びとの记忆からきえてしまったんだろう?」
                   タンダの言叶に、トロガイはちらっとチャグムをみ、それからいった。
                  「第二|皇子《おうじ》どののまえでもうしわけないが、そりゃ、|政《まつりごと》のためだろうな。ニュンガ·ロ·イムのことは圣祖の国づくり神话とかかわっとる。天と地のすべてを手の内にしたがっとる星读みどもにすれば、民に、ヤク—の言い传えなどしんじさせるわけにはいかんのさ。
                   だが、ヤシロ村の娘のように、わしにだってニュンガ·ロ·イムのことはつたわった。わしはわしの师匠だったガシンからニュンガ·ロ·イムの存在をしった。タンダも、わしからその存在についてきいてしっていたはずだ。
                   残念なことにつたえられてきた知识は完全じゃあない。いちばんだいじなラルンガの退治のしかたさえ、つたえられていない。それでも、政をつかさどる者たちの目をかすめ、こうしてたいせつな知识は、ほそい糸のようにつたえられていくのさ。」
                   チャグムが、眉根をぎゅっとよせて、トロガイをみた。
                  「ほんとうに、星ノ宫の贤者たちは、民をそんなふうにあやつっているのだろうか? どうやったら、そんなことができるのだ?」
                  「たとえば、夏至の祭りさ。」
                   トロガイの答えに、チャグムは、はっと目をほそめた。
                  「夏至の祭り——あれはたしかに、圣祖が水妖を退治し、この地を清めたことを祝う祭りだ。だが、だからといって……。」
                   トロガイは首をふった。
                  「夏至の祭りは、もともと、ヤク—にとっては丰作祈愿の祭りだった。わしは、その古代の夏至の祭りこそ、ニュンガ·ロ·イムの卵を无事にかえす方法をつたえるものだったのだと思う。ナユグの水の民がいっていた卵がかえる日は、夏至だからな。
                   だが、いまの夏至の祭りは、圣祖トルガル帝の伟业をたたえる祭りにかわってしまっている。もう、わしら咒术师でさえ、かつての夏至の祭りがどんなものだったのか、しるすべもない。……そういうことさ。」
                   ふたりの会话をききながら、タンダは、きょうの午後おもいがけずよみがえってきた、あの思い出のことを、ふたたび思いだしていた。祖父にナ—ジの骨をならさせてもらいながらうたった夏至祭りの歌……。
                  (ナ—ジ、飞べ飞べ、海まで飞べば、雨ふり、稻穗はすくすくそだつ……。)
                   川の两岸にたてた四本の油をしみこませた柱。それが黑烟をあげて燃えあがるさま。踊りくるう|张子《はりこ》の化け物を|松明《たいまつ》でおいたてる人びと、おいつめられた化け物をきり杀す英雄の剧。よき雨をねがう人びとの歌声。
                   タンダの心のなかに、つかのま、なにかがうかんだ。が、それをしっかりつかまえるまえに、タンダは、ふたたび话しはじめたトロガイの声に、气をとられてしまった。
                   タンダが、つかまえそこねた思いつき。それは、じつは、とてつもなく、たいせつな思いつきだった。
                   タンダはこのとき、たいせつな事实のすぐそばまでせまっていたのだ。だが、そのかすかな思いつきは、はるかあとになるまで、ふたたびタンダの头によみがえることはなかった。
                  「星读みだって、これほどたいせつなことを、完全にわすれさってはおらぬだろう。文字は、こういうときは强い。ラルンガ退治の方法がつたえられているとすれば、あの星读みどもの书物のなかだろうよ。


                  48楼2007-07-13 23:08
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                    まあ、二百年のうちに、星读みどもは本业よりも政にせいをだしてきおったから、だいじな书物も虫に食われてしまっとるかもしれんがな。それでも、星读みがまぬけでなければ、ことのだいじさに气づいたころだろう。むげに|皇子《おうじ》を杀しにきはすまい。」
                     バルサが、口をはさんだ。
                    「わたしたちをおそったときも、やつらはチャグムを杀そうとはしていませんでしたよ。」
                     チャグムは、えっ、と颜をあげた。バルサはチャグムをみた。
                    「だから、たすかったのさ。あんたは气づかなかったろうが、やつらが、あんたを杀せるぜっこうの一瞬があったんだよ。あんたを杀すのが目的なら、あのとき、杀しちまえばよかったはずさ。
                     ところが、やつらは、あんたが伤つかないよう、わざわざ位置をかえて攻击してきた。だからわたしはいったんにげて、やつらを分断してひとりになったところで、あんたをたすけたのさ。」
                     チャグムは、身をのりだした。
                    「では、やはり父君は帝は、わたしを杀そうとは思っておられないのだな。」
                     バルサがすばやくタンダをみた。トロガイが口をひらくよりはやく、タンダがいった。
                    「もちろん、父君も、できることならきみを杀したくないはずだよ。きみを杀すのは、最後の手だろう。だけどね、安心はできない。帝は、ひとりの人间ではない。亲としての情より、国がゆるがぬことを、いちばんに考えねばならない。だから——安心しては、いけない。」
                     タンダの言叶にはおもいやりがあり、チャグムは、すなおにその言叶をうけいれられた。
                    「まあ、最恶のことを考えておけば、まちがいはない。もうすこし山奥の〈|狩穴《かりあな》〉へ、はやいうちにうつったほうがいいだろう。」
                     トロガイとタンダは、|青雾《あおぎり》山脉のおくの|洞穴《ほらあな》に、いつも|薪《まき》やらくさりにくい食粮やらを用意している。真冬の雪にうもれる季节でも、その〈狩穴〉にいれば冻死することはない。
                     けっきょく、彼らはなるべくはやくここをひきはらい、その〈狩穴〉にうつることにきめた。雪がふりはじめるまえに、〈狩穴〉を住みやすい家にかえなければならないからだ。
                     翌朝、タンダが街に买いだしにいっているあいだに、バルサはチャグムをつれて、タンダが日ごろしかけてある_をみてまわり、かかっていた鹿と野ウサギを熏制にする仕事にかかりっきりになった。
                     たったいままで、生きていた野ウサギの皮をはぐのは、チャグムにはおそろしい作业だった。なにしろ、まだあたたかいのだ。そのぬくもりが命を感じさせて、チャグムは、べそをかきながら、いわれたとおりに皮をはいでいった。
                    「想像しないことだよ。心をかけると、つらくなっちまう。考えずに手をうごかしなさい。」
                     バルサは、获物の手足の关节の外侧に、|狩刀《りょうとう》で切れ目をいれてから、パキン、パキンとおっている。内脏のうち、食べられる物と食べられない物をわけていくのも、じつにてばやかった。
                     日のあるあいだに、バルサは获物の处理をおえ、たくさんの肉を熏制小屋につるした。
                    「こうして烟でいぶすと、长持ちするんだよ。味もよくなるしね。」
                     夜になっても、彼らははたらきつづけた。バルサは获物からはいだ皮をなめしたり、もっていく物を袋につめたりしている。タンダも、药草を束にしたり、粉にしたり、いそがしくはたらいていた。チャグムでさえ、ちょっと手传えといわれるたびにふたりを手传っていたが、トロガイだけは例外だった。
                     |夕饷《ゆうげ》がおわると、トロガイは、しばらく、タンダが买ってきてくれた酒をたのしんでいたが、やがていちばんあたたかい围炉里ばたで、ごろりとよこになると、いびきをかいてねむってしまった。ねむっている彼女の颜は、じつにしあわせそうだった。
                     ほぼ二日で、荷づくりはおわった。家の户じまりをおえると、彼らは山奥の〈狩穴〉にむけて旅だっていった。


                    49楼2007-07-13 23:09
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                      (……なぜ、おれなのだろう。)
                       この世にはおおぜいの人がいる。なぜ、ほかの人ではなく、自分が卵をうみつけられてしまったのだろう。まっさきに头にうかんだ答えは、「|皇子《おうじ》だから」だった。だが、それなら、圣祖の神话にでてくるヤク—の子はどうなのだ? 百年まえの子だって、ヤク—だったではないか。|皇子《おうじ》かどうかなど、きっと关系ないのだろう。——それに、自分はもう|皇子《おうじ》ではない。
                       そう思うたびに、チャグムは胸の痛みとともに、ふしぎな气持ちにおそわれる。父君と母君の子であることが、けっしてかわることがないように、|皇子《おうじ》であるということも、けっしてかわるはずのないものだ、とむかしは思っていた。だがまあ、なんとたやすく、|皇子《おうじ》でなくなってしまったものか! 人の身分など、いくらでもかわりうるものなのだ。
                       そして、きみょうなことに、こうして|薪《まき》ひろいをしているいまの自分が、チャグムはきらいではなかった。むしろ、着物を自分でまとうこともなく、自分のからださえ人にあらってもらっていたあのころの自分は、なにを考えて生きていたのだろう、とふしぎに思うことさえあった。
                       |そだ《__》木をひもでくくりながら、チャグムは、自分がいつのまにかじつにうまく薪集めができるようになっていることに气づいた。はじめは、ひもをむすべなかったのに。くるくるっとひもをまわし、むすぶこの手つき。うまいものだ。チャグムはほほえんだ。
                      (|おれ《__》は、こうやって、自分でなにかをできるようになるほうがいい。立居ふるまい、すべてを人がいうようにうごくなんて、つまらない。——|皇子《おうじ》なんていう役割にしばられてるのは、いやだ。)
                       薪をせおってたちあがり、ふっと空をみあげると、云があかね色にそまっていた。
                       胸のあたりがうずき、チャグムの颜に暗い影がさした。
                      (……だけど、いまだって、おれは、〈精灵の守り人〉っていう役割に、しばられてるんだ。)
                       どれも、自分でえらんだ役割ではない。と、チャグムは思った。べつに|皇子《おうじ》にうまれたいと思ってうまれたわけではない。ニュンガ·ロ·チャガ〈精灵の守り人〉なんぞ、なおさらだ。
                       そして、おもくるしい、やりばのない怒りとともに、チャグムは、また、はじめの思いにもどっていった。——なんで、自分なのだろう、と。


                      51楼2007-07-13 23:09
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                        だが、カルナは、毒杀に成功したら、すぐに、秘密をしる自分と娘も杀されるだろうとわかっていた。だから、毒を王にもるやいなや、亲友のジグロに娘をつれて、にげてくれるようたのんだんだ。
                         カルナの娘をつれてにげることは、ジグロには身の破灭を意味した。だってそうだろう? 王家の武术指南という地位も、これまでの生活もすべてすててにげなければならないのだもの。そのうえ、王杀しの秘密をにぎられているログサムが、だまってにがすはずがない。
                         だけど、ジグロは亲友のたのみに、うなずいたんだよ。」
                         バルサの目に、かすかにかなしみの色がうかんでいた。
                        「それから、おそろしい逃亡の旅がはじまった。つぎつぎにおってくる、ログサムのはなつ追手と战いながら、ジグロはおさない娘をつれて、にげつづけた。旅のあいだに、人びとのうわさから、カルナが盗贼におそわれて死んだことを、ふたりはしった。
                         娘は、心をきりさかれたようなかなしみをあじわったよ。ログサムをにくんだ。いつか、かならず、この手でそのからだをひきさいてやる、とちかった。
                         娘は、ジグロに、武术をおしえてくれるようにたのみこんだ。はじめは、ジグロは首をたてにふらなかった。武术は男のものだ。どんなにがんばっても、女の筋肉では、たいしたことはできまい、といってね。——でも、じつは、ジグロが武术をおしえたがらなかったほんとうの理由は、娘に、血まみれの人生をあゆませたくなかったからだった。
                         武术をしる者は、どうしても人と战うことになる。これは、ふしぎなもんでね、まるですいよせられるように、なにか、かにか、人と战う结果になってしまうのさ。
                         けれど、けっきょく、ジグロはおれた。彼が娘に武术をおしえる气になった理由はふたつ。ひとつは、自分が追手に杀されても、娘がひとりでにげて、生きていかれるように。もうひとつは、娘に武术の才能があることに气づいたからさ。」
                        「……武术の才能とは、どんなものなのだ?」
                        「いろいろだろうね。娘の场合、いちどみた动きをそっくりまねできるという才能があった。それに。」
                         バルサはひとさし指をたてて、きいた。
                        「チャグム、あんた、ひとさし指で、すばやく何度も、おなじ一点をつけるかい? 」
                         チャグムは、いわれるままに、ひとさし指で、围炉里の缘の黑い烧けこげあとを、ト、ト、ト、とついてみせた。だが、これが意外にむずかしかった。はやくやろうとすればするほど、指先はゆれ、なかなか一点をつくことができない。
                         バルサが、ふいに、チャグムのついている黑い点のわきの、ごく小さな一点をひとさし指でつきはじめた。ものすごい速さだった。指がかすんでみえるほどの。しかも、かなり远くからついているのに、まるですいこまれるように指先は一点をえぐっている。
                         指をとめて、バルサはいった。
                        「その娘は、うまれつき、こういうことがとくいだったのさ。身が轻く、ふつうの男の子以上に气性もあらかった。ジグロは、こいつは天性の武人だ、といって、この子が武术をやるのは、きっと运命だったのだと、なっとくしたのさ。
                         こうして、娘に武术をおしえながらの旅がつづいていった。一年、二年とときはすぎていく。食べるためにはきたない仕事もした。ジグロは、ゴロツキにやとわれて|赌场《とば》の用心棒をしていたこともある。娘は、使い走りや、ひどいときには|物乞《ものごい》もしたよ。
                         そうしてくらしながらも、ひとところに长くはいられなかった。追手にさがしだされてしまうからね。だけど、用心しても、用心しても、追手はやってきた。」
                         バルサの目のなかのかなしみの色がふかくなった。
                        「ジグロは、强かったよ。どの追手も、ジグロにはかなわなかった。だけどね、追手を杀すたびに、ジグロが心がちぎれるようなかなしみをあじわっているのを娘はしっていた。
                         だって、追手は、みんな、ジグロのむかしの友だちだったんだよ。おなじ武术をまなんだ仲间だったんだ。追手たちも、ジグロと战いたくはなかっただろう。でも、王の命令にさからったら、家族ともども杀される。だから、血をはくような思いでジグロを杀しにきていたんだ。
                         ジグロは、八人の|追手《おって》——友を杀した。娘と自分をまもるために。ログサムがきゅうな|病《やまい》で死んで、第三王子が王になり、きたない秘密をかくす必要がなくなるまでの十五年间。地狱の十五年だったよ。六つだった娘は、そのころには二十一の女になっていた。——もう、ジグロでさえ、二本胜负で一本はとられるほどの、武术使いになっていた。」
                         长い话がおわったとき、薪はあらかた燃えつきて、|炽《おき》にかわっていた。うす暗くなった家のなかに、しずけさがもどってきた。チャグムが、つぶやいた。
                        「その娘が、あなたなんだね、バルサ。」
                        「……そう。その娘がわたしさ。」
                        「だから。」


                        53楼2007-07-13 23:09
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                           ためらいながら、チャグムはいった。
                          「ジグロがあなたのために杀した八人と、おなじだけ、人をすくう誓いをたてたんだね。」
                           バルサは、目をみひらいた。
                          「……タンダだね? そんなことをしゃべったのは。じゃあ、この话はしってたのかい?」
                           チャグムはあわてて首をふった。
                          「ううん。タンダにどうしてバルサをめとらないんだ? ってきいたら、タンダがいったんだ。バルサは八人の命をすくう誓いをたててる。それがおわるまで、だれの妻にもならないだろうよって。それだけ。」
                           バルサは、ため息をついて、苦笑したが、なにもいわなかった。その横颜には、どきりとするほどにふかいさびしさがにじんでいた。チャグムは、ふいに、心の底からバルサをあわれに思った。そして、自分がそんな气持ちをいだいたことに、おどろいた。こんなにも强いバルサ——どんな武人もかなわぬ、鬼神のように强いバルサをあわれに思うなんて……。
                           だが、いまのバルサの横颜には、望みもしないひどい运命になぶられ、伤ついた、幼い娘の影がみえた。运命にほんろうされる苦しみをしるまえのチャグムだったら、けっしてみえなかっただろうものが、いまのチャグムには、たまらなくせつなく、みとおせたのだった。
                           ふいに、チャグムの胸に、バルサへのいとしさがわきだした。なにかいわなくては、と思ったが、なにも思いつかなかった。チャグムは、ただ口をついてでた言叶をつぶやいた。
                          「バルサ。」
                          「ん?」
                          「おれは、何人目?」
                           バルサは、わらって、こたえなかった。ただ、ぎゅっとチャグムをだきしめて、いった。
                          「ジグロが死ぬとき、耳もとでいったんだよ。父さん、父さんが犯した罪は、わたしがつぐなうから安心してねむって、ってね。八人の人の命をたすけるからって。そうしたらね、ジグロは苦笑して、いったのさ。人だすけは、杀すよりむずかしい。そんなに气ばるなってね。
                           ジグロは正しかったよ。争いのさなかにある人をたすけるには、べつの人を伤つけなければならない。ひとりたすけるあいだに、ふたり、三人のうらみをかってね。もう、足し算も引き算もできなくなっちまった。……いまは、ただ、生きてるだけさ。」

                           吹雪は二日间ふきつづけ、三日目の夜明けにやんだ。その日、空は晴れあがり、雪は目が痛いほどにかがやいた。昼がすぎるころ、その新雪をふんで、タンダがもどってきた。
                          「トロガイはどうしたんだい?」
                           バルサにきかれて、タンダはにやっとわらった。
                          「山のなかで冬をすごすなんて、まっぴらだとさ。都じゃ、なにかと目があるから、西の|温泉街《おんせんがい》のタンガルで冬をすごすそうだ。雪がとけるまえには、ここにもどるとさ。」
                          「なんと、まあ。——でも、あの师匠と、この|洞穴《ほらあな》で冬ごもりをするよりは、ましか。で、かんじんのヂュチ·ロ·ガイ〈土の民〉とやらには、あえたのかい?」
                          「いや。ざんねんながら、むだあしだったよ。だれも、うんともすんともこたえなかった。冬がきたんでねむってしまったのか、おなじ土に住むラルンガ〈卵食い〉のことを话したくなかったのかは、わからないけどね。まあ、春になったら、もう一度ためしてみるしかないだろうな。」
                           タンダは、围炉里ばたにすわって热いお茶をすすりながら、ふっとほほえんだ。
                          「なに、わらってるんだい。」
                           バルサが眉をひそめたが、タンダはだまって首をふった。ほほえんだ理由をいったら、バルサはまた、外へでていってしまうだろう。——これから长い冬のあいだ、バルサとここですごせることがうれしかったのだ、などといったら。


                          54楼2007-07-13 23:09
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                            2 秘仓にねむっていた手记


                             シュガにとって、この冬はわすれがたい冬になった。圣导师から|秘仓《ひそう》の键をわたされて、日常のすべての仕事と修行を中断して、秘仓のなかに二百年ものあいだねむっていた大圣导师ナナイの手记を读みとく作业に没头したのである。
                             秘仓へつうじる上げ|户《ど》は、圣导师の部屋の〈石床ノ间〉にあったので、ほかの|星读博士《ほしよみはかせ》たちは、シュガは、一日じゅう圣导师の部屋で、圣导师が课した仕事をしているのだと思いこんでいた。日に二度、朝食と夕食をとりに〈|食ノ间《しょくのま》〉にいくたびに、シュガは、先辈や同僚たちから冷たい目でみられ、わざとらしい无视という、いやがらせをされた。
                             人というのは、つくづくくだらないものだ、とシュガは思った。天の|理《ことわり》をしることを一生の仕事にえらんだはずの人びとが、出世の阶段をかけあがっているシュガへのねたみで身をこがしている。ぎゃくの立场だったら、自分もああいう颜をするのだろうか、とシュガは自分にとうてみた。——そんなことはしないだろう、と思う反面、いや、やはり、ひどくねたむだろう、とも思われた。ともあれ、シュガは、このていどのことを气に病むような男ではなかった。
                             秘仓でみいだした大圣导师ナナイの手记を、苦劳しながら读むうちに、シュガはしだいに、その手记にのめりこみ、夕食さえわすれてしまうほどになった。秘仓からでて、ほかの星读みたちの冷たい目にであって、ふいに现实にひきもどされる、ということさえ、たびたびあった。——それほど、ナナイの手记はおもしろかったのである。
                             日の光のまったくささない地下の秘仓は、数本の|风穴《かざあな》しかあいていない、せまい穴藏だった。シュガはそこにふといロウソクを十本ももちこみ、镜をうまくつかって、部屋をかなり明るくすることに成功した。できれば火钵ももちこみたかったが、とじた穴藏で炭をつかうと、炭からでる毒で死ぬといわれている。秘仓は、しんしんと冷えこんだが、|绵《わた》いれを着て、ロウソクの火のわずかなぬくもりにたよるしかなかった。
                             大圣导师ナナイの手记は、うすい石板にびっしりときざまれていた。ナナイ自身は、きっと布か皮に墨で书いたのだろう。それを後世のだれかが、长い时间をかけて、文字がきえることのない石板にきざんでいったのだ。それは、气が远くなるような作业だったにちがいない。——ナナイの手记は、石板数百枚にもおよんでいたのである。
                             手记はナナイの思い出からはじまっていた。星を读むことで未来におこることをしるすべをおしえられた少年时代。〈天道〉をまなぶ日々……。手记の记述は、おそろしくめんみつだった。读みすすむうちに、シュガは、ふと、ナナイがなぜ、これほどまでにくわしい手记をのこしたのか、そのわけに气がついた。——ときはかならず事实をねじまげる。かざるために、あるいは神话にするために。ナナイは、生きているうちから、自分がやがて、この国の创世神话の主人公となることをしっていた。だから、国の|础《いしずえ》をまもるためにつかわれる、ゆがんだ神话となってしまうもののほかに、自分がほんとうに体验してきた事实をひそかに後世にのこそうとしたのだ。
                             やがて、シュガは、なぜこの手记が、ここまで秘密にされねばならなかったのかも、さとることになった。手记にでてくる帝の先祖——圣祖トルガル帝は、じつに臆病で、自分の考えをもたぬ、弱い男だったのである。彼は、王权争いのおろかさにいやけがさして、身をひいたのではなかった。ただ、いつ杀されるかもしれぬというおそろしさから、にげだしただけだったのだ。だが、ナナイは、このトルガルの弱さ——从顺さに目をつけた。つまり、あやつりやすい、王の衣をまとった人形として、トルガルをえらんだのである。
                             ナナイが、このナヨロ半岛に移住したわけは、かつて海をわたり、この半岛を探检してまわった|星读博士《ほしよみはかせ》から、この半岛がじつにゆたかで温暖で——しかも、敌の攻击からまもるにたやすい土地だときいたからだった。もうひとつ、ナナイは、その|星读博士《ほしよみはかせ》がつたえたヤク—の宇宙观に、とても心をひかれたらしい。目にみえる世〈さぐ〉とみえない世〈なゆぐ〉が、たがいにささえあいながら、いきいきと世界をかたちづくっている、ヤク—の宇宙观にである。
                             だから、ナナイは、この地にわたったとき、ヤク—たちがみな山ににげこんでしまったことを残念がっていた。しかし、彼は无能な帝をひっぱって国づくりをしなくてはならない。とても、のんびりとヤク—たちをさがしにいくわけにはいかなかった。手记のなかには、あちらこちらに、ナナイのぐちが书いてあった。たまには自分の头をつかえ、とトルガル帝をののしっている部分もある。シュガは、ひとつの国をつくるという壮大な仕事に热中しながらも、ついぐちをこぼさずにはいられないナナイの人がらに、したしみをおぼえた。
                             手记は〈古代ヨゴ文字〉で书かれているので、读むのに、とても手间がかかった。ナナイらが都づくりをはじめたあたりまで读みとくまでに、年が明け、冬はほとんどすぎてしまっていた。
                             シュガはしらなかったが、今年はいつもの年より雪がずっとすくなく、|星读博士《ほしよみはかせ》たちは、予想していたとおり、この地にしだいに〈|乾ノ相《かわきのそう》〉があらわれはじめていることを确认していた。


                            55楼2007-07-13 23:10
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                              2025-11-09 04:43:27
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                              シュガが秘仓のなかですごしているあいだに、外では、もうひとつ大きな变化がおきていた。十四岁の第一|皇子《おうじ》サグムが、冬のはじめにひいた风邪をこじらせて、重体におちいっていたのである。圣导师は、医术师とともに一ノ宫にこもりきりになり、第一|皇子《おうじ》をすくうために全力をつくしていた。帝には、息子はまだ、第一|皇子《おうじ》サグムと第二|皇子《おうじ》チャグムしかいない。三ノ宫は姬しかうんでいないのである。
                              「圣导师よ。万が一、ということもある。チャグムのこと、どうしたらよいと思うか。」
                               帝は、颜をゆがめて、圣导师にひそかにたずねた。帝にとっても、チャグムは自分の息子。下じもの亲子のように、ぴったりとよりそって生きてきたわけではないが、それでも、かわいいわが子にはちがいなかった。
                               この帝は、帝としての役目をみごとはたそうと、きおっているところがあった。だから、チャグムが水妖にやどられたとしったとき、「帝ならば、こうすべきだ」と、そくざにチャグムをきってすてる决意をしたのである。だが、そのきおいがさめてみると、チャグムの面影が彼をくるしめはじめた。
                              「……あせりは禁物です。帝。事态がどううごくかで、どのようにもやりようはあります。ご心配めさるな。とにかく、いまはサグム|皇子《おうじ》をおたすけすることに、力をつくします。だが、〈狩人〉たちにはチャグム|皇子《おうじ》をさがさせ、ともかくいっこくもはやく、こちらへおつれするように、指示しましょう。」
                               そういって、圣导师は帝をなだめた。
                               帝のもとからしりぞき、星ノ宫へもどるとちゅう、圣导师は、ふと夜空をみあげた。|银砂《ぎんさ》をまいたような、息をのむほどにみごとな星空が天空一面にひろがっている。圣导师は、胸のおくに痛みににたなにかが、わきあがってくるのを感じた。
                              (……ずいぶんひさしく、星を读んでいなかったな。星读みが、星を读むまもないとは。)
                               自分は、もうほんとうの意味では星读みではないのだ、と圣导师は思った。圣导师は、明りをささげてさきをてらしていく从者のあとを、また、ゆっくりと步きはじめた。
                              (わたしは星读みではなく、この国のいく道をてらす者となってしまったのだ。)
                               日々のいそがしさにまぎれて、ひさしく感じたことのなかった、自分がせおっている责任の重さが、つかれとともに、よみがえってくるのを、彼は感じた。
                               星ノ宫にもどると、よんでおいたガカイが部屋でまっていた。
                              「大干ばつの予言をだす准备はととのったか。」
                               圣导师がたずねると、ガカイは、うなずいた。天界にあらわれた〈乾ノ相〉があきらかになり、今年、大干ばつがやってくるという予想が、ほぼまちがいないと判断したとき、圣导师は、ガカイに、国じゅうに『大干ばつ』の予言をだすよう指示しておいたのである。
                              「ここに、各|村ノ长《むらのおさ》につげる内容をまとめてございます。」
                               うなずいて、圣导师はガカイから纸をうけとった。读みはじめて、すぐに、圣导师の目に、きつい光がやどった。纸から目をあげ、圣导师はひたっとガカイをみつめた。ガカイは汗をひたいにうかべている。
                              「これは、わしが指示したものとはちがうな。わしは、|稻田《いなだ》を五分の一以下にせばめ、日照りに强いシガ芋とヤッシャ(杂谷)をうえつけるようつたえよ、とめいじたはずだ。なぜ、かってに稻田をのこす率を三分の一にかえたのだ?」
                               ガカイは汗をかいてはいたが、目をそらさずに圣导师の目をみつめかえした。
                              「かってなことをいたして、もうしわけございません。が、|藏役ノ长《くらやくのおさ》から强い反对があったのです。稻田を五分の一になどしてしまったら、国の财政がたちいかなくなる、と……。」
                               稻は、この国の税のもとになる、もっともたいせつな作物であった。各村から税としてあつめられた米は、一度国の藏へあつめられ、そこから一定の量が商人たちへながれて金にかわる。米は、每年の国の财をまかなうものだった。
                               だから、国の财政をまかされている藏役ノ长から、强い反对の声がでることは、はじめから、じゅうじゅう承知のうえのことだったのである。
                               圣导师は、圣导师は心のなかでため息をついた。——このガカイは、やはり、圣导师の器ではない。
                              「藏役ノ长は、そういうだろう。国の财をへらさぬことが、藏役ノ长の役目なのだからな。だが、ガカイよ。なぜ、星读みであるおまえが、|うのみ《___》にしてしたがおうとするのだ?」
                               ガカイの颜に、けげんそうな表情がうかんだ。
                              「それは……われら星读みも、この国をまもることをだいいちと考えるから、です。」
                               圣导师は、ゆっくりと首をふった。


                              56楼2007-07-13 23:10
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