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5 にげる者、おう者


 バルサは、とぎおわった|短枪《たんそう》の|穗先《ほさき》に、木制の|鞘《さや》をはめこんだ。この鞘の寸法はぜつみょうで、枪の柄をにぎるバルサの手の动きひとつで、すっとぬけおちるのに、ぶっそうな穗先が必要のないときには、まるで穗先にすいついているかのように、ぴったりとはまったまま、おちることがない。
「そう、それが、あんたのぶんだよ、チャグム。しっかりかついでおくれ。」
 チャグムは、干し肉と|油纸《あぶらがみ》と|药袋《くすりぶくろ》がはいった袋をせおった。轻い荷だったが、チャグムにとっては、はじめて自分でせおう荷物だった。バルサは、てぎわよく荷をつくり、いざというときに两手がつかえるようにせおった。
「……おなかのあたりが、もぞもぞする。」
 チャグムが口をとがらしていった。バルサもチャグムも、腹から胸にかけて、なめし|皮《がわ》をいれてから|上衣《うわごろも》をきたのである。バルサは、チャグムの肩に手をおいた。
「よくおきき。人のからだの中心に|带《おび》があると思ってごらん。ちょうど首とおなじくらいのはばのある带が、头のてっぺんから股のところまで、まっすぐおりてるってね。——そこには、人のからだでいちばんおおく、急所があつまってるんだ。」
「急所とは、なんじゃ?」
「急所ってのは、そこをやられると、人が气绝したり、あっさり死んでしまうところさ。いいかい、まず、脑天、|眉间《みけん》……。」
 バルサは、チャグムの急所を指でしめしていった。
「鼻、鼻とくちびるのあいだ。あご、のどぼとけ、心脏、胸の中心、みぞおち……。」
 ゆっくり指をおろしていく。
「最後が、あんたのだいじなところさ。男の急所だよ。まあ、このほかにも、山ほど急所はある。それは、ひまがあったら、すこしずつおしえてあげるよ。でも、とりあえず、そこを皮でまもっているといないとじゃ、大ちがいなんだよ。背から刺されると、肋骨がないから、あっさり心脏をさされてしまう。だから、背後からとんできた矢をふせぐためには、この首まである荷は役にたつんだよ。ちょっとばかり气分がわるくても、死ぬよりはましだろ。」
 チャグムは、しぶしぶうなずいた。
「さあ、じゃあいこう。ト—ヤ、サヤ、ほんとうに世话になったね。运があったら、またあおう。」
 ト—ヤたちは、泣きそうな颜でバルサをみていた。
「山ぎわのあたりまで、おれもいきましょうか? みはってるやつがいねぇか、たしかめてやりますよ。」
 バルサは、きっぱりと首をふった。
「气持ちだけでじゅうぶんだよ。ありがとう。もし、みはりがいたら、あんたが气づくまえに、あんたは一击で杀されてしまうよ。そういうものなのさ。やむをえず世话になっちまったけどね。これでじゅうぶん。これ以後は、もういっさいわたしらに义理だてするんじゃないよ。もし追手がきたら、なにもかもしゃべってしまうんだ。わかったね? わたしは长年こういう仕事をつづけてきたんだ。たとえ、あんたたちが、しゃべってしまったって、だいじょうぶ。にげきれる自信があるんだよ。……いいね。」
 ト—ヤは、うなずいた。
「さあ、じゃあ、おわかれだ。さようならをおいい、チャグム。」
 チャグムは、ト—ヤたちをみあげて、
「さようなら。」
と、つぶやいた。
 外へでると、|半月《はんげつ》の光がうむわずかな|空明《そらあか》りで、ぼんやりと川面がみえるていどに明るかった。バルサは、しばし、じっと、あたりの气配をさぐった。とくに人の气配は感じられなかったが、だからといって、みはられていないとはいえない。帝がはなった追手が、かんたんに气配をさっせられるような、まぬけであるはずがないからだ。


24楼2007-07-13 22:59
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    しかし、たとえ、ここにいることが气づかれていたとしても、おそってくるのは街中ではないだろう。|人家《じんか》がおおいこんなところでは、あらそえば、かならず人にみられてしまうし、せますぎて、多数でおそう有利さをいかせない。おそってくるとしたら、田がひろがるあたりにでたときだろう、とバルサは见当をつけていた。チャグムの手をひいて、バルサは步きはじめた。

     ふたつの|人影《ひとかげ》が桥のしたからあがってくるのを、用水桶のわきにかくれていたユンがみつけた。ユンは身动きせず、气配をたったまま、ふたりが东のほうへむかうのをみつめていた。
     モンは、街中と水のちかくではおそわないと、手下たちにいいわたしていた。
     ふたつの人影がじゅうぶん远ざかったのをみとどけて、ユンは、さっと合图をむこう岸のジンにおくった。——狩りのはじまりだ。四人の〈狩人〉は、获物を中心に大きな圆をえがくように、前後左右について、ゆっくりとあとをつけはじめた。それぞれが、步く速さをゆるめたり、はやめたりしながら、つかず、はなれずあとをつけていく。ひとりにつけられているのとはちがい、こうすると气配が分散して、なかなか尾行をさとられないのである。
     やがて、バルサたちは街をぬけ、刈り入れのおわった田がひろがるあたりにでた。モンは、バルサたちが田の|畦道《あぜみち》にでるすこしまえに、バルサから、かなりはなれた路地のすみでたちどまり、手下たちがくるのをまった。音もなくあつまってきた手下たちに、モンはささやいた。
    「获物は、身をかくすところのない场所へでた。……やるぞ。」

     バルサは、田のあいだの|亩道《うねみち》に足をふみいれたときから、紧张感をあじわっていた。もはや、自分たちの姿をさえぎるものはない。かくれる场所もない。人目もない。追手がいるとしたら、彼らにとっても、身をかくすすべのないところへでたことになる。——おそってくるなら、ここだろう。
     うしろから飞び道具でねらわれる危险を考えてチャグムはまえを步かせた。バルサは右手に短枪をもち、穗の鞘をはらってふところにしまった。そして、|棒手里剑《ぼうしゅりけん》を五本、左のてのひらにそなえた。
     半月の光が、田のおもてを、しらじらとてらしている。土の亩道を步く足音だけが、ぴたぴたときこえている。
     田のむこうの森の木々が黑ぐろとみえはじめたとき、ふいに、バルサはうなじがぴりっとするのを感じた。チャグムをつきとばしてふせた。头のうえを吹き矢がとおりすぎた。
     バルサはすばやい动きのじゃまになる背の荷を、さっと投げすてた。
     吹き矢は、つぎの矢をつがえるのに、わずかのまがいる。二本目の吹き矢がとぶまえに、バルサはふりかえり、吹き矢がとんできた方向へ、ひと息に五本の手里剑をうっていた。手里剑を、ふき|矢筒《やづつ》ではらう音が、うつろにひびいてきた。
     三つの人影が、とぶようにまあいをつめてくる。クモのように手足の长い人影から、白い光がはしった。バルサの短枪がうなり、その光をはねあげた。キィンと高い音がひびいたときには、バルサの短枪はもう、はねあげた力をそのままに回转し、右わきからきりこんできたモンの剑をはじきあげていた。
     バルサの枪は、つくだけではない。八の字をえがき、あるいはうなりをあげて回转して、一度に三方からの攻击をうけ、はじきあげるのだ。そのうえ、剑をはじくとき、びみょうな角度をつけているために、はじかれるたびに剑の刃が刃こぼれしていくのが、〈狩人〉たちにはわかった。
     だが、バルサにも、攻击をするよゆうがなかった。てのひらのなかをすべらすようにしてつく攻击は、一方向にだけかたよってしまう。ひとりをつくあいだに、ふたりからきり杀されてしまうだろう。神速のバルサの枪をもってしても、どうしても攻击のすきをつくれない。ひとりでもじゅうぶんにおそろしい〈狩人〉が、三人でかかってくるのだ。つかれたときが、バルサの最期だった。
     バルサは、足をふみだそうとしてチャグムにつまずいた。チャグムをふむまいと、あわててチャグムをまたぎこえる。大きなすきができた。バルサは、かろうじてユンのつきだした剑をよけたが、自分と〈狩人〉とのあいだにチャグムをおくことになってしまった。
    (チャグムがやられる!)
     バルサはほぞをかんだ。チャグムは、どうしてよいかわからずに、バルサにおさえられたかっこうのまま亩道にふせている。ひとつきされれば、それでおしまいだ。
     だが、こおりつくような一瞬のうちに、〈狩人〉はびみょうに位置をかえ、攻击はバルサに集中した。
    (…………!)


    25楼2007-07-13 22:59
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      2025-08-16 21:01:05
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       バルサは、はっとした。いまの、攻击者たちの动きが意味することは、たったひとつしかない。——バルサは、その、ただひとつの可能性にかけた。
       バルサはチャグムをかばうのをやめ、ゼンにむかって突进した。ゼンは、バルサの意外な动きに、かろうじて首をひねって、短枪の穗先に首をつらぬかれるのをはずすことしかできなかった。穗先がゼンの左肩をきりさいた。バルサは、突进する力をそのままにゼンの伤ついた左肩にぶつかった。さすがのゼンもその激痛に一瞬ひるみ、自分のわきをかけぬけたバルサをつかみそこなった。
       バルサは一直线に走りつづけた。背後にユンとモンの足音がせまってくる。——とつぜん、ドンッと左肩になぐられたような冲击がきて、バルサはつんのめった。手里剑がささったのだとわかったが、バルサはかまわず走りつづけた。背後の足音が大きくなる。目のまえに、森の木々がせまってくる。
       バルサが森のなかにとびこんだ、と〈狩人〉たちが思った瞬间、立ち木を支点に半回转したバルサが彼らの目のまえにとびだした。不意をつかれたユンは、剑をふるうのが一瞬おくれた。バルサの枪がユンの颜をきりさきざま、となりにいたモンにおそいかかった。
       しかし、モンはさすがに〈狩人〉の|头《かしら》だった。最小の动きで枪の穗先をくぐり、バルサが枪を回转させるあいだに、バルサのふところにとびこんだ。ふところにはいられると枪はつかいにくくなる。モンの剑が、ヒュウッ、とバルサの胴をないだ。バルサは烧けるような热さが腹にはしるのを感じた。が、腹にあてていた皮のおかげで、伤はモンがねらったほどにはふかくなかった。
       バルサは、きられたために动きをとめるようなことはしなかった。モンにふところにはいられた瞬间に、つぎの动作にうつっていたのである。
       バルサは枪の柄を手のなかですべらした。|石突《いしづき》のわずかうえをにぎったバルサは、その石突をよこにふりぬいた。モンは、视界の外から枪の石突がせまるのを感じて、首をひねった。が、よけきれなかった。こめかみのした——急所のわずかしたを石突に强打されて、あっというまになにもわからなくなった。バルサはモンがたおれるのをみもせずに、身をひるがえして森にかけこんでいた。ユンは、颜をきりさかれた激痛にたえて、あとをおおうとしたが、その肩を、おいついてきたジンがつかんでひきとめた。
      「おれがおう。おまえはお|头《かしら》をおこして、|皇子《おうじ》样をつれていけ。」
      〈狩人〉たちはだれも、バルサが三人の〈狩人〉をあいてにできるとは思っていなかった。いくら评判が高いとはいえ、たかが女である。ここまで强いとは思ってもみなかったのだ。ジンが不安になったのは、ゼンがきられて围みをやぶられるのをみたときだった。
       しかし、みはりの位置からかけよっていくあいだに、バルサは森を利用して、モンとユンの追击をのがれてしまったのである。——これは、しんじられぬ失态だった。
       うっそうとしげる叶が天をおおっている森は、暗かった。ジンはたちどまって、じっと息をととのえ、あたりの物音をさぐった。この暗のなかでは耳のほうが役にたつ。バルサがにげていく音が、バルサの居所をおしえてくれるはずだった。だが、森はしずまりかえっていた。杀气をおびた者たちがかけこんだために、|けもの《___》も鸟も息をひそめてしまっているのだろう。叶ずれの音しかきこえない。
      (……どこだ。どこにかくれている……。)
       气配をたち、うごかぬほうがにげきれると判断したバルサの手ごわさに、ジンは内心舌をまいていた。たとえ头ではわかっても、こんなふうにおわれているときは、にげずにはいられないものだ。たとえかくれていても、おそろしさに气配をたつどころではない。それができるということは、バルサがいかに、命のやりとりになれているかをしめしていた。
       しかも、バルサは伤をおっている。背に手里剑がささるのがみえたし、お|头《かしら》にきられてもいるはずだ。——それなのに、うごく气配がなかった。
      (このまま、バルサがうごくのをまつか? それとも、伤をおった三人をたすけて、|皇子《おうじ》をつれていくべきか……。)
       ジンのなかにはまよいがあり、それが、心の集中をさまたげた。背後で、ずるずると人をひきずっていく音がきこえた。お|头《かしら》は、まだ气をうしなったままらしい。とうぜんだ。こめかみを石突で强打されたのだ。へたをすると、このまま目をさまさぬこともありうる。
       ジンの心のなかに弱气がうまれた。|皇子《おうじ》はつかまえたのだ。とにかく、いちばん重要な役目ははたしたのだ。たとえバルサがにげたとしても、ただの平民になにができる? ——いま、自分がすべきなのは、めだちすぎる手伤をおった三人にかわって、|皇子《おうじ》をひそかに圣导师样のもとへつれていくことだ、とジンは心をきめた。ジンは、背後を警戒しながら森をでると、お|头《かしら》をせおって、くるしみながら步いているユンに声をかけた。
      「おれが、|皇子《おうじ》样をつれていく。街中はとおらずこのまま|鸟鸣川《とりなきがわ》にでて、川ぞいに星ノ宫へはいるからな。おまえとゼンはお|头《かしら》をかかえて、ゆっくりあとからこい。街中はとおるなよ。その姿は目だちすぎる。」
       ユンは、はげしい痛みをこらえながら、うなずいた。头にちかい伤ほど、ひどく痛むものだ。伤じたいはあさかったが、ユンは、目のしたを耳から耳までスッパリきられてしまっていた。
       ゼンが|皇子《おうじ》をかかえて步いてくる。药をかがせたのだろう。|皇子《おうじ》はぐったりと手足をなげだして气をうしなっていた。ジンは、ゼンから|皇子《おうじ》をうけとり、ユンにいったのとおなじことをつたえた。ゼンは、のどのおくでうなり、ユンの背からお|头《かしら》をおろして、自分がかついだ。
      「……くそったれ。」


      26楼2007-07-13 22:59
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         ゼンは、一言はきだすようにいった。それは、三人ともが、はきたい言叶だった。一对一でむきあったのなら、バルサを杀せたかもしれない。だが、三对一だという过信が、彼らの技をあまくした。けっして、してはならぬ油断を、彼らはしてしまったのである。
         ジンたちの气配が远ざかっていくのを、バルサはじっとまっていた。
         バルサは、ジンが森からでたのを感じとってから、背から手里剑をぬいた。ぬくと出血がひどくなるが、手里剑がささったままでは、いざというときに动作ににぶりがでる。おりたたんだ布を伤にあて、そのうえからきつくしばって血止めをした。腹の伤はほうっておいた。やけつくような痛みが、ずきずきとおそい、伤から流れでる血が足をつたっていたが、手当てをしているひまほない。バルサには、これからしなくてはならない大仕事がのこっていた。
         |皇子《おうじ》をつれた人影が、ゆっくりうごいていくほかの三つの人影をおいて、ひとりさきに川にむかって步きだすのをみたとき、バルサは、まだ运が自分のほうをむいている、と思った。バルサは、たくみに下草をよけながら、森のなかを川にむかってゆっくりと走りはじめた。
         そんなことをしるよしもないジンは、气をうしなっている|皇子《おうじ》をせおったまま小走りに走っていた。せせらぎの音が大きくなり、やがて彼らは、しらじらと水面を光らせている|鸟鸣川《とりなきがわ》へでた。ジンは川にそって川原を北にのぼっていく。このままずっと北东へいってから、西にまがると、星ノ宫へとでる秘密の道があるのだ。みつけづらい目印をみおとさぬよう、ジンは、走るのをやめて步きはじめた。川のにおいが、まとわりついてくるように、みょうにきつく感じられた。水音も、ふだんより耳について、うるさくてたまらなかった。
        (くそっ。おれは、紧张しているのか? 未熟な……。)
         ジンは心のなかで舌うちをした。——そのとき、水音ではない物音を耳がとらえ、ジンは、ぱっとはねあがっていた。足もとの岩にバチッと火花がちり、金属がぶつかった高い音がした。
         手里剑の二打目とともに、人影が森のなかから走りでて、とびかかってきた。ジンは、手里剑をよけざま、さっと|皇子《おうじ》を川原におとし、剑をぬいてむかえうった。めまぐるしくつきだされる枪の穗先が、|残光《ざんこう》をひいておそってくる。
         だが、ジンは、よゆうで、その突きをかわしつづけた。枪とまっこうからきりむすぶと剑がおれる。わずかに角度をつけながら枪をはねあげて、ふところにとびこむすきをねらった。
         バルサは伤をおっている。いつもならひと息に五突きするはずのバルサが、いまは、剑でよけられるほどの速さでしか、枪をふるえていなかった。ふいをついた、あの一瞬にしとめきれなかったのが、つらかった。
        (——ばかめ。わざわざ、やられにでてきてくれたようなもんだ。)
         ひきつっているバルサの颜をみて、ジンは内心ほくそえんだ。バルサが枪をひくのにあわせて、ジンはふところにとびこみ、剑をバルサの首につきだした。バルサはからだをひねって突きをかわした。ふだんなら、そのまま前蹴りをジンのみぞおちにはなてるのだが、腹に激痛がはしり、よろけてしりぞくことしかできなかった。
         ジンの剑が白い残光の弧をえがいて、ふりおろされてくる。バルサは、かろうじて枪で剑をそらし、激痛をこらえて、ジンの左手にまわった。枪をつきだすと、ジンは、よけようと一步うしろにさがり、たおれている|皇子《おうじ》につまずいた。
         そのすきを、バルサはみのがさなかった。バルサの枪がつきだされる。ジンがよける。枪がジンの左のわきのしたにはいり、そのまま圆をえがいてまきあげられた。
         ジンは、うめいた。わきのしたにはいった枪の柄が、まるで、ねばりつくように左腕をぐるりとまきこみ、腕の关节をきめられたジンはからだごとねじられ、うつぶせに、地面にたたきつけられた。ぼきり、といやな音がして、左腕がおれた。
         つぎの瞬间、バルサは目をうたがった。ジンはおれた左腕がよけいに伤つくのもかまわず、ダンッと两足をからだのしたにひきつけて、バネをきかせて、はねあがったのだ。したからはなたれた片手斩りを、かわしきれず、バルサの左腕から血がふきあがった。
         たがいに片手のまま、はげしく息をつき、身をかがめて、ふたりはあいてのすきをうかがった。どちらも、あきらめる气は、なかった。
         ふたりは、自分たちが音のない暗のなかにいるような气がした。そのうちに、その暗のなかに、むせかえるようなにおいがみちはじめた。
         ジンもバルサも、その光景に气づいた瞬间、あっけにとられて、动きをとめた。气をうしなっているはずの|皇子《おうじ》が、たちあがって川にはいっていく。川の水も、|皇子《おうじ》も、青白い光につつまれて、脉うっている。川の水がねばりつくように、|皇子《おうじ》のからだをのぼろうとしている……。
         さきにうごいたのは、バルサだった。バルサは、短枪を川原におとし、伤ついたからだがゆるすかぎりの速さで川に走りこんだ。走りこんで、おどろいた。
        (……なんだ、これは!)


        27楼2007-07-13 22:59
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           まるで川の水が、どろりと重い糊にでもかわってしまったかのように、足にまとわりつき、なかなかまえへすすめないのだ。あとをおってきたジンが、のろのろとしかうごけずにいるバルサの头に、剑をふりおろした。
           ざっくり头がわれるはずだった。が、バルサがきえた。足を水にすくわれて、バルサは川のなかにたおれこんでいたのだ。——つぎの瞬间、ジンの足にも水がまとわりつき、ジンはあっというまに川にひきずりこまれてしまった。
           音のない、耳がいたくなるような青い光のなかで、バルサは、チャグムがうずくまるのをみた。その姿はまるで、母のふところでねむる赤ん坊のようだった。バルサは、まといつく水のなかを、すこしずつチャグムにはいより、その腕をぎゅっとつかんだ。
           とたん、目にみえぬ膜がやぶれたかのように、音がもどってきた。バルサは冷たい水がバシャバシャと全身をおし流すのを感じて、头をふり、チャグムの腕をつかんだまま、たちあがった。チャグムも头をふっている。气がついたらしい。バルサは、よろよろしているチャグムをささえながら岸にのぼり、ジンをふりかえった。ジンもたちあがっていたが、剑をみつけられずに、ひっしに川のなかをてさぐりしている。
           バルサは、短枪をひろいあげ、右手一本でブンッとなげた。ジンの右肩に枪がつきささり、ジンはつきとばされたように、あおむけに浅濑にたおれた。バルサは川にはいって、ジンの胸をふみながら肩から枪をぬいた。……さすがのジンも、これ以上うごく气力はなかった。わずかに岸まではいずってきたが、そこで白目をむいて、气をうしなった。
           バルサは、チャグムの目のまえでこの男にとどめをさすより、いっこくもはやくここをはなれることをえらんだ。ぐずぐずしていて、ほかの三人がやってきたら、いまのバルサに战えるはずがない。とにかく、すこしでもはやく、ここをはなれるべきだった。
          「……バル、サ。だい、じょう、ぶ?」
           チャグムが不安そうにたずねた。バルサの发はぬれて颜にはりつき、全身血まみれだった。
          「ああ。あんたは、どうだい。」
           チャグムは药のせいで、まだ头がふらふらし、头痛もしていたが、うごけないほどではなかったので、だいじょうぶだとこたえた。
          「步けるかい?」
           チャグムはうなずいた。
          「じゃあ、むこう岸にわたるよ。でも、くれぐれも、气をひきしめて、|川によばれないで《________》おくれ。もう一度、あんなふうになったら、たすけられるかどうか、わからないからね。」
           チャグムは、バルサがなにをいっているのか、よくわからなかったが、とにかくうなずいてみせた。たがいにささえあいながら、ふたりは浅濑をえらんで川をわたった。バルサは、さきにチャグムを岸にあがらせておいてから、すこし水のなかを步いて、血のあとをたどりにくくして岸にのぼった。
           森のなかにはいり、足をとる下草と战いながら、ふたりは步きつづけたが、この暗のなかでは、よろけるバルサをささえようとがんばっても、步きなれていないチャグムはしょっちゅうつまずいて、なかなかすすめなかった。
          (これじゃあ、だめだ。)
           バルサはたちどまった。ときおり气が远くなる。からだが、自分のからだではないようだった。たおれてしまうまえに、なんとかしなくてはならない。バルサはチャグムの耳にささやいた。
          「チャグム、おきき。……あんた、まだ步けるかい?」
           チャグムはうなずいた。暗のなかはおそろしかったが、药がきれてきたのか、からだはまえよりはしゃんとしている。
          「じゃあ、あんたに、たすけてもらおう。——この森を、川にそってずっとのぼっていくと、大きな、熊によくにた岩がある。その岩のうしろに、けもの道がある。そのけもの道をたどっていくと、小さな草地があって、小屋がある。そこに、タンダという男が住んでいる。タンダに、事情を话して、たすけてくれるよう、たのみなさい。」
           目のまえが、暗くなってきた。からだが、ガクガクと、たよりなくふるえる。
          「いいかい、森からでずに、川がみえるあたりを步くんだよ。けもの道にでたら、空をみあげながら、ゆっくりと道をたどりなさい。足もとは暗すぎてなにもみえなくても、道があるところは、木がないから、空がすけてみえているはず、だ、か、ら……。」
           そこまでが、限界だった。バルサは、くずれおち、气をうしなった。チャグムは、泣きそうな颜で、しばらくバルサをゆすっていたが、やがて、しゃくりあげながら步きはじめた。
           バルサに死なれたくない。チャグムは、いわれたことを口のなかでくりかえしながら、たよりない足どりでタンダの家をめざした。


          28楼2007-07-13 22:59
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            第二章 卵を食らう魔物


               1 药草师のタンダ


             バルサは、ずいぶん长いこと暗暗のなかにいた。そのあいだも、にぶい痛みはつねに感じていた。こおるように寒くて、がたがたふるえているかと思えば、こんどは燃えるようにからだが热くなり、はあはあ、せわしない息をはいていることを、ぼんやりと感じていた。そのきれぎれの记忆のなかで、バルサは、だれかにかかえられているような气がしたり、暗のなかで、ゆらゆらゆれるロウソクの炎をみたような气がしたりした。腹と腕にさすような激痛がはしって、わめいた记忆もある。
             ようやく、まともにめざめたとき、バルサは、いまがいつで、自分がどこにいるのかもわからず、なぜこんな怪我をしたのかさえおぼえていなかった。寝床のわきで、腕ぐみをして、うつらうつらしている男の颜が、あわい午後の光にうかびあがっている。
            「……タンダ?」
             バルサが、かすれ声でつぶやくと、男が、はっと目をさました。黑にちかい褐色の肌に、ぼさぼさの茶色い发。目尻のしわと、やわらかい光をたたえた目。いかにも、人がよさそうな、二十七、八の男だった。
            「おう。目がさめたか。」
            「……わたし、また、ジグロに负けたの?」
             タンダの目が、ちょっと大きくなった。
            「おまえ、大怪我をしたんだよ。そのせいで、记忆が混乱してるんだ。——思いだしてみろ。ジグロは、ずっとむかしにいってしまっただろう? おれたちでみとったんじゃないか。」
             バルサは目をほそめた。からだの痛みが、バルサを少女のころへひきもどしていたのだ。|养父《ようふ》のジグロにしごかれ、さんざんたたきのめされては、气をうしなったあのころへ。
             おそろしいほどに强く、きびしかったが、反面、杀される运命にあったバルサをたすけて、かわいがってそだててくれるようなやさしさをもっていた养父の面影が、目のうらにうかび、つぎに、その死を思いだした。バルサの目に泪がうかんだ。
            「ああ、そうだったね。——ジグロは死んだんだっけ。」
             バルサは、タンダがわたしてくれたお碗から、のどをならして水を饮んだ。
             そのとき、少年がタンダのわきににじりよって、心配そうにバルサをのぞきこんだ。
            「……チャ、グム?」
             チャグムをみたとたん、すべての记忆が、どっとおしよせてきた。
            「たいへんだ。——わたしは、どのくらい气をうしなってたんだい? タンダ、あんたはしらないだろうけど、この子はおわれてて……。」
             タンダが手をあげて、バルサをおさえた。
            「だいじょうぶだ。しってる。この子はなかなか气丈で头がいいぞ。あの夜の山のなかを、すり伤だらけになって、おれのところにころげこんできたときには、びっくりしたがね。おわれていることは、まっさきに话してくれた。だから、おまえをたすけにいくあいだも、ちゃんと气をくばったよ。だいじょうぶ。人の气配はなかったし、血のあとをたどられないようにしまつもした。」
             バルサは、ため息をつきながらも、くちびるをゆがめた。
            「ほんとうに、だいじょうぶかねぇ。あんたはむかしっから、武术のほうはからっきしだったから。气配を读めなかったんじゃ、ないだろうね。」
            「ばか。气配を读むことにかんしては、おまえら武人よりうえだよ。だいたい、おれは、おまえの腹を十七针も缝って、左腕も八针缝ってやったんだぞ。左肩の伤もちゃんときれいにしてやったしな。ののしるまえに、感谢しろ。


            29楼2007-07-13 23:00
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              ところで、おまえに一度ききたかったんだが、いったい何度おれに伤を缝わせる气だ?」
               バルサは、力なくわらった。
              「……しらないね。」
               それから目をとじると、ふかい安心感につつまれて、ねむりにおちていった。
               バルサがつぎに目をさましたのは、日がくれてからだった。なんともいえぬ、よいにおいがただよい、なにかが煮える音が气持ちよくひびいている。すこし头をかたむけてみると、板の间の中央にきられた|围炉里《いろり》に、锅がかかっていた。ふたをもちあげてなかをみたタンダが、うなずいて、わきのザルからキノコをとりあげている。
              「それは、なんじゃ?」
               チャグムが、身をのりだして、タンダの手もとをのぞきこんでいる。
              「カンクイっていうキノコだ。こいつはいい味がでるんだが、あんまり煮えすぎると、苦味がでるからな。火からおろす直前にいれるのがコツだ。」
               バルサはほほえんだ。どうやら|皇子《おうじ》样は、タンダとくいの山菜锅のつくり方をおそわっているらしい。
              「よいにおいじゃ。」
              と、わらったチャグムの颜は、まったくふつうの少年そのもので、これまでこの子がいかに气をはっていたか、バルサは思いしった。——追手につれさられずに、ほんとうによかった。
              「ほら、みてみろ。おてんばバアさんが目をあけてるぞ。いっただろう? 食い物のにおいをかげば目をさますって。こいつはむかしから、そうだったんだ。」
               チャグムがバルサをみた。バルサは、チャグムの目に、ほっとした光がやどるのをみて、心があたたまるのを感じた。
              「バルサ、だいじょうぶか? 伤は、痛まぬか?」
              「伤は痛いよ。でも、だいじょうぶ。もうすぐよくなるよ。」
               タンダは、くるりとシャモジで汁をかきまぜると、火から锅をおろした。そして、よっこらしょとたちあがり、バルサのわきへきて、手ぎわよくバルサをおこしてくれた。|岩壁《いわかべ》と背のあいだに、熊の毛皮をまるめたものをあててくれたので、バルサはよりかかってすわることができた。バルサはタンダをみあげた。
              「どのくらい气をうしなってた?」
              「たいしたことはない。今夜で、あれからちょうど二晚目だ。夜明けまでには、手当てをおわっていたからな。あと五日ぐらいたてば、糸をぬける。おまえのことだから、もうちょっとはやいかもしれないな。」
               タンダは、たきたての麦饭と汤气のたつ山菜汁をチャグムによそってやり、バルサにも手わたした。
              「食わせてやろうか?」
              「いいよ。なんとかなる。」
               さすがに左手が痛んだが、バルサにとっては、このくらいの伤は、さほどの伤ではなかった。それに、いやというほど怪我をしてきたバルサには、伤の痛みぐあいで、あとどれくらいで回复するかも、よくわかっていた。
               キノコのよい味がでている汁は、热くておいしかった。タンダの人がらには、だれもが心をゆるすらしく、チャグムは、まえとはくらべものにならないくらい、よくしゃべっていた。
              「ふしぎじゃ。宫で食べていた物より、下じもの食べ物のほうが、ずっとおいしい气がする。なぜであろう?」
              「さてなあ。きっと、つくりたてだからじゃないか? おれは宫のくらしはしらんが、きっと毒见やらなにやらてまがかかって、料理がさめてしまうんじゃないかね。」
              「そうじゃ! たしかに、こんな、つくりたての物は食したことがなかった。」
               バルサはふたりの会话をききながら、つくづく、チャグムの言叶をなおさなければ、と思っていた。タンダのように、あまりものに动じない人ならともかく、ふつうの人なら、あんな话し方をしたら、この少年はどこの贵族の子か、と、目をむくだろう。
               食事がおわり、ラモンの叶を煮だしたお茶をすすりながら、バルサはこれまでのことをすべて、くわしくタンダに语った。タンダは口をはさまず、ときおりうなずきながら、最後まできいていた。はじめはおもしろそうだったタンダの颜が、话をきくうちに、しだいにこわばっていった。バルサが话しおえると、タンダが、ぽつりといった。
              「……バルサ。そりゃあ、ニュンガ·ロ·イムだ。」
              「え? なんだって?」
              「その、この子にやどっているモノだよ。ニュンガ·ロ·イム——〈水の|守《まも》り|手《て》〉だ。そう、ヤク—たちはよんでた。この子がねむっているあいだ、この子が水のほうへいこうとするっていっただろう? 青い光をはっして、川の水がかわってしまったって。」
              「ああ、あんた、ここ|二晚《ふたばん》はどうだったんだい? チャグムがねむったり、气をうしなったりすると、あれがでてくるみたいだったんだが。ここでは、なにもおきなかったのかい?」


              30楼2007-07-13 23:00
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                「おきなかった。まったく。川が远いせいかもしれない。」
                 チャグムは、眉をひそめてふたりの会话をきいている。
                「で、そのニュンガ、なんとかってのは、なんなんだい? 川の精灵かなんかなのかい?」
                「おれも、よくはしらないんだ。だが、おまえ、きいたことがないか? この国の圣祖トルガル帝が水の妖怪を退治したっていう传说を。」
                「ああ、それはきいたことがある。でも、退治したんだろう? それがなんで、いまごろ。」
                 タンダは口をひらきかけて、ためらい、それからいった。
                「あのな、これは、ちょっとこみいった话なんだ。」
                「いいさ。话しておくれよ。夜は长いんだから。」
                 タンダは、じっとチャグムをみていたが、やがて心をきめたらしく、うなずいた。
                「まあ、とにかくしらなくてはならん话だ。——チャグム、これから话す话は、きみにとっては、とてもはらだたしい话かもしれない。だが、最後まで、きちんと话をきいてくれるか?」
                 チャグムは、不安そうに颜をくもらせたが、うなずいた。
                「じゃあ、话そう。
                 むかし、むかし、この地にはヤク—たちだけが住んでいた。ヤク—たちは、目にみえるふつうの世〈サグ〉のほかに、この世には、ふだんは目にはみえない、もうひとつの别の世〈ナユグ〉があるとしっていたんだ。まちがえないでほしいのは、このナユグは、きみたち〈新ヨゴ|皇国《おうこく》〉のヨゴ人がしんじている『あの世』ではないってことだ。死者の魂がいく天国や地狱じゃない。サグとナユグは、どうじに、おなじところにあるんだよ。いま、ここに、ね。
                 いちばんだいじなのは、サグとナユグが、たがいにささえあっているってことだ。ヤク—たちでさえ、どんなふうにサグとナユグがささえあっているのか、よくはしらなかったらしい。ただ、ひとつだけ、わかっていることがあった。——いいかい、ここをよくおぼえておいてくれよ。——ナユグの、ある生き物が、サグとナユグ两方の天候をかえることがあるというんだ。
                 その生き物は百年に一度卵をうむと、ヤク—たちは考えていた。卵がうまれたつぎの年は、なぜか大干ばつがおそってくる。もし、夏至の满月の夜に、卵がぶじにかえらなかったら、そのまま大干ばつはつづいて、大きな被害がでるといわれていたのさ。
                 もうひとつだいじなことは、その生き物は、なぜか卵をサグの物にうみつけるのだ、ということだ。——この生き物こそ、ニュンガ·ロ·イム〈水の|守《まも》り|手《て》〉なのさ。」
                 バルサも、チャグムも、ぽかんと口をあげていた。
                「じゃあ、なにかい? チャグムは、そのニュンガ·ロ·イムの卵をうみつけられてるっていうのかい?」
                 チャグムが、胸をおさえてはきそうな颜をした。ぱっとたちあがると、外にとびだしていく。タンダがあとをおい、すこしして、青い颜をしたチャグムをつれてもどってきた。タンダが大きな手で、その背をさすってやっている。
                「わるかったね。こいつは、たしかに、あまり气持ちのいい话じゃないよな。
                 けどね、ヤク—たちは、ニュンガ·ロ·イムをとってもたいせつに思っていた。ニュンガ·ロ·イムに卵をうみつけられた子は、ニュンガ·ロ·チャガ〈精灵の|守《も》り|人《びと》〉といわれてだいじにまもられたらしい。」
                「ちょっと、タンダ。それ、圣祖トルガル帝の|水妖《すいよう》退治の传说とは、ずいぶんちがわないかい? あの话だと、水妖にやどられた子は死んでしまうっていって、ヤク—の亲たちが泣いて圣祖に退治をたのんだ、っていうんじゃなかったっけ?」
                 タンダがこまった颜をした。
                「そこが、チャグムにはらをたてられるっていってたところさ。」
                「ははぁ。——なるほど、ね。」


                31楼2007-07-13 23:00
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                  2025-08-16 20:55:05
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                  タンダはうなずいたが、颜がくもっていた。
                  「さっきから、それを考えていたんだが……。师匠は气まぐれだから、连络のとりようがないし、それに、しってのとおり、ヤク—といっても、いまはもう、おれみたいにヨゴ人やらカンバル人やらと混血して、ふつうの平民としてくらしてる者ばかりだ。はたして、ニュンガ·ロ·イムのことをしっている者がいるかどうか……。」
                  「それでも、やるしかないね。その、ひいひいじいさんの友だちの子孙は、どうなんだい? 自分の祖先の话なら、もうすこしくわしくしっているかもしれないじゃないか。」
                  「そう、だな。うん。さっそく明日から调べはじめよう。」
                   タンダは、まだ青い颜をしているチャグムの肩に手をおいた。
                  「……こわいだろう。だけど、おれは、ぜったいたすかる道があると思うんだよ。これは气やすめじゃない。だって、もしニュンガ·ロ·イムがナユグの生き物で、卵をうんで子孙をのこすなら、卵がかえらなかったら、とうにほろびているはずじゃないか。きっと、おれたちがしらないだけで、ちゃんとたすかった卵もあるはずなんだ。
                   それにね、もし、ニュンガ·ロ·イムが、子どもに卵をうみつけて杀すだけの生き物なら、ヤク—がだいじにするはずがない。」
                   バルサは、内心、その子たちは、大干ばつからのがれるためのいけにえと考えられていたのかもしれないと思ったが、口にだしてはいわなかった。いまでも、たえられないほど、おそろしいはずだ。これ以上、チャグムにつらい思いをさせたくなかった。
                   しかし、チャグムは、タンダをみあげて、いがいにしっかりした声でいった。
                  「母君が、トロガイからえた答えにも、そう书いてあった。やどられた者が死ぬのは、やどった者をまもりきれなかったときだけだと。」
                   バルサは、はっと颜をあげた。それをわすれていた。胸に、かすかな希望がめばえた。
                  「そうだ。たしかにそういっていたね。——タンダ。」
                  「ああ。やっぱりどうしても、トロガイにあわなくては。」
                  「わたしね、トロガイはきっと、にげたんだと思う。头のいい人だから、きっと帝の追手がかかることを、いちはやくさっしたんだよ。」
                  「そうだろうな。そうなると、もうとっくに|青雾《あおぎり》山脉をこえてしまったか……。」
                   バルサとタンダは、たがいの颜をみつめあった。バルサは、おもわずつぶやいた。
                  「……あんたをまきこみたくなかったんだけどね。」
                   タンダが、わらった。
                  「かまわないさ。むしろ、まきこんでくれて礼をいうよ。これが、おれがしりたくてたまらなかった、いろいろなことに、答えをくれるかもしれん。」
                  「タンダがしりたいこととは、どのようなことじゃ?」
                   チャグムにきかれて、タンダはつまった。
                  「いろいろさ。おれはこれでも咒术师をめざしているんだ。咒术师にとっては、世界をしることがだいじでね。それも、目にみえるサグだけでなく、目にみえないナユグをしることがね。」
                   バルサが、にやにやしながらいった。
                  「こいつは、むかしっからしりたがり屋でねぇ。武术の腕は、どうやってものびなかったくせに、药草だの精灵だののことになると、ものすごい集中力なんだよ。いまはまだ、咒术师としては生きていないが、药草を卖って生活してるのさ。いずれ、名のある咒术师になったら、大金持ちから、たんと|施术《せじゅつ》料をふんだくって、わたしにうまい物を食わせておくれ。」
                  「ばかぬかせ。名もない药草师だから、おまえの伤をただで缝ってやってるんだ。名のある咒术师になったら、一针で金二枚ぐらいもらうよ。」
                   チャグムは、バルサをみ、タンダをみた。
                  「そちたちは、おさないころからのしりあいなのか?」
                  「こ—んな、ガキのころからね。」
                   声も、手で背たけをしめすしぐさも、そろってしまった。ふたりは苦笑した。タンダがうちあけ话をする口调でいった。
                  「バルサは、ジグロっていう流れ者の武者の|养《やしな》い子でね。十くらいのときに、このあたりにきて、数年住みついたんだ。武术の修行をするためにね。それが、もう、めちゃくちゃな修行でね。しょっちゅうバルサのやつは、大怪我をするんだよ。
                   そのたびに、そのころここに住んでいたトロガイが、バルサをたすけてやってた。ジグロが、ちゃんと金をはらってたから、あまり|里人《さとびと》とつきあいたがらなかったトロガイには、その金がけっこう役にたったんだろうね。」
                  「ジグロは、トロガイがいるのをあてにして、めちゃくちゃしやがったのさ。……まったく。あれが花笑く年ごろの娘の生活かね。」


                  33楼2007-07-13 23:05
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                     バルサが、ぶつぶついっているのを无视して、タンダがつづけた。
                    「おれは、バルサよりふたつ年下だ。でも、小さいころから、亲たちの目をぬすんじゃ、野良仕事をぬけだして、トロガイのもとへいりびたってた。それで、バルサとしりあったのさ。トロガイっていう人は、ぬけめのないバアさんでね……。」
                    「バアさん? トロガイは女なのか!」
                     チャグムが、おどろいて话の腰をおった。バルサがこたえた。
                    「そうだよ。まあ、がんじょうで、ぬけめがなくて、ぽんぽんきついことをいうバアさんで。あのころ五十五、六だったんだから、いまはもう、七十ちかいんじゃないかい?」
                    「そうだな。ちょうど七十ぐらいだろ。」
                    「では、走ることもできまいに。——あんなおそろしい追手から、のがれられるのか?」
                    「にげられる、にげられる。」
                     また、バルサとタンダの声がそろった。
                    「あのバアさんなら、にげられる。ありゃ、人というより妖怪にちかいな。」
                    「バルサ、おまえ、トロガイにしれたら、たすけてもらえんぞ。」
                     タンダが苦笑した。
                    「それに、おまえがバアさんになったら、きっとあんなふうになると、おれは思うぞ。」
                     轻口をたたきあいながら、ふたりはむかしのことをチャグムに话し、チャグムはしだいに、母とわかれてきたさびしさが、すこしずつうすれていくのを感じた。
                     ここは、土间とたったひとつの板の间に围炉里をきってあるだけの、そまつな家だったが、チャグムは、とても气にいった。パチパチもえる围炉里の火が、家全体をあたためているように、ここちよかった。
                     チャグムは宫をでてはじめて、心がやすらぐのを感じていた。


                    34楼2007-07-13 23:05
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                      2 咒术师トロガイ


                       |青雾《あおぎり》山脉の山奥に、小さな老婆がたたずんでいた。麻の|贯头衣《かんとうい》を绳でむすんだだけの粗末な衣をまとい、こい茶色のしわだらけの颜に、ぼうぼうと白发がかぶさっている。ぐいっとひろがった鼻、ぎゅっととじられた口。ほそく切れ目をいれたような目。——その目が、黑くぬれぬれと光っている。
                       シダにおおわれた泉のわきの、じめじめとした岩のあいだに、ほそくしわだらけの足をなげだし、いますわりこんだこのきみょうな老婆こそ、バルサたちがさがしているトロガイだった。彼女は、とてもみにくい——しかし、一度みたらけっしてわすれられないような力をひめた颜をしていた。
                       彼女は、なかば目をとじていた。两手の指だけが、ぴくぴくとうごいて、岩肌をなでたり、たたいたりしている。ト、トン、トン、トト、ン。まるで乐器をかなでるように、老婆は岩に指をうちつけていた。口にはださず、心のなかでつぶやきながら。
                      「……ナユグの水の民、水に住まう光るモノの一族、长いモノの一族、うねるモノの一族よ。あらわれて、われと语れ。われサグの地上の民。サグの地を步くモノ。地のうえに住まうモノなり。
                       ニュンガ·ロ·イムの年がやってくる。サグとナユグがまじわるときが。われと语り、われにつたえよ……。」
                       と……シダのあいだにわきだしている泉から、音がきこえはじめた。ト、トン、トン、トト、ン。さっきからトロガイが岩をうっているのと、そっくりの音が、まるで洞窟のなかをこだまするようなうつろなひびきとなって、水のなかからきこえはじめたのだ。
                       あたりは、うす暗くなっていた。べつに日がかげったわけではない。ただ、大气の色がかわってしまったかのように、日の光がトロガイのまわりにとどかなくなってしまったのだ。
                       水のなかからひびく音は、やがて、トロガイの心には声としてきこえはじめた。
                      「……サグの地上の|民《たみ》、地のうえに住まうかわいたモノの一族、地をかけ火をつかうモノの一族よ。われ、よびかけにこたえてあらわれん。われ、ナユグの水の民。ナユグの水に住まうモノなり。」
                       トロガイの姿が大气にとけたようにうすくなっていく。水面のうえに青い光がただよい、大气と水のあいだが、あいまいになっていく。トロガイはその大气と水とのあいだに、颜をつけた。
                       うす青い|もや《__》のしたに、そこにあるはずのないモノがみえはじめた。さっきまでは、砂と小石の底がみえていたあさい泉にすぎなかったのに、いつのまにか、その底がきえて、绿がかった、胸が痛くなるほどにうつくしい琉璃色の水が、はてしなく、ふかくふかくひろがっていたのだ。
                       その水の底から、人によくにたからだをもつモノの姿が、ぼんやりとにじみでてきた。水草のような发がはえ、肌はぬるぬるとした青白いぬめりにおおわれている。目にはまぶたがなく、口にはくちびるがない。鼻は小さなふたつの穴があるだけだった。
                      「よく、きてくれた、ヨナ·ロ·ガイ〈水の|民《たみ》〉よ。」
                       ちかぢかと颜をよせあって、トロガイが语りかけると、ヨナ·ロ·ガイがこたえた。
                      「ト·ロ·ガイ〈地上の民〉よ。われと语らん。」
                       トロガイはうなずいた。ひたいに汗がういている。こうして、サグとナユグのあいだに颜をつけて话すのは、息がくるしく、とてもつらいことなのだ。
                      「ヨナ·ロ·ガイよ。ニュンガ·ロ·イム〈水の守り手〉の产卵がすんだようだね。」
                      「すんだ。五つの卵がナユグに、ひとつの卵がサグにうまれた。」
                      「ラルンガ〈卵食い〉は、もううごきだしたのかい?」
                       ヨナ·ロ·ガイがぶるっとふるえた。
                      「……ああ。ナユグにうまれた卵のうち、すでにふたつがきえた。——ラルンガが食ったのだ。ナユグにうまれた卵は、ラルンガのエサだから。」
                      「ラルンガは、どうやって卵をみつけるのだい?」
                      「しらぬ。」


                      35楼2007-07-13 23:05
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                        「ラルンガについて、よくしっているのは、だれだね?」
                         息ぐるしさが、たえられぬほどになってきた。トロガイは苦痛に颜をゆがめてきいた。
                        「ラルンガは土の精灵。ヂュチ·ロ·ガイ〈土の民〉にでもきくしかない。」
                         ヨナ·ロ·ガイもくるしいのだろう。鱼のように口をパクパクさせはじめている。
                        「ヂュチ·ロ·ガイと语るには、どこへいけばよい?」
                        「大地のわれ目——サグとナユグがであうとこ、ろ……。」
                         パシャリ、とヨナ·ロ·ガイの姿がきえた。どうじに青い光もきえ、しめった大气のにおいがもどってきた。トロガイは、ヒュ—ッと息をすいこみ、大の字になって、ぐったりと背後の岩によりかかった。
                        「ああ—、くそっ! 死ぬかと思った。これをもう一度やらなきゃなんないとはね! 土のなかも水のなかも、くるしさにゃかわりがなさそうだし。因果な咒术だよ、まったく。」
                         ぶつぶついいながら、トロガイは木々のあいだからみえている空を、みあげた。
                        「そのうえ、うっとうしい猎犬が、くっついてくるし。」
                         トロガイの大きな鼻の穴が、ぴくぴくうごいている。
                        「ああ、くさいくさい。あいつらのにおいをかぐのは、もうまっぴらだよ。ここらで、杀しちまうかねぇ!」
                         はきだすようにいってから、彼女は首をふった。
                        「そうもいかんか。一生空ばっかりみているあの星读みどもと、ちょっくら话さなけりゃならないし。めんどくさいねぇ。ったく、ニュンガ·ロ·イムもとんでもないときに卵をうんでくれるよ。なんで、わしがもうちょっと若いころに、うんでくれなかったのかねぇ。」
                         いってもしょうがないことを、ぶつぶついいながら、トロガイは泥をつかんで、两手でこね、颜をしかめながら自分の发を一本ぷつっとぬくと、その泥にうめこんだ。口のなかでなにかをぶつぶついいながら、その泥を大型にこねあげていく。そして、ときおり、なにかをふところからだしては、その泥にうめこんでいく。だいたいの形ができたところで、トロガイは手をとめて、じっとむこうのクスノキの根元をみやった。
                        「おいっ! でてきな!」
                         とつぜん、トロガイは、その根元に声をぶつけた。下草がゆれ、手に手里剑をもった〈狩人〉があらわれた。〈狩人〉は、にやっと老婆にわらいかけた。
                         とたん、トロガイの背後から、ヒュウッと|分铜绳《ふんどうなわ》がとんできた。べつの〈狩人〉が、いつのまにか、トロガイの背後にまわりこんでいたのである。トロガイのからだが猿のようにはねあがり、分铜绳をよけた。しかし、その动きは〈狩人〉にはおみとおしだった。トロガイが枝につかまるよりはやく、〈狩人〉の手里剑がトロガイの手首と、太股につきささった。
                        「ぎゃっ!」
                         悲鸣をあげて、トロガイが地面におちた。ふたりの〈狩人〉が、あおむけにひっくりかえった老婆に、おそいかかった。ふところから短剑をぬきはなち、ひとりが老婆の腹をふみ、ひとりが两手をぐいっとたばねておさえると、腹をふんだ〈狩人〉の短剑が、トロガイののどをきりさいた。
                         ボロッとトロガイの头がくずれた。〈狩人〉たちはぎょっとして、とびのいた。老婆がみるみるうちに、泥にかわってしまったのである。
                         と、泥人形の首をきった〈狩人〉が、ふいにのけぞって、宙をかきむしり、あおむけにころがった。两手两足をけいれんさせて、口からあわをふいている。
                         もうひとりは、仲间をたすける气配もみせず、さっとはねあがってその场からきえた。いったん岩のむこうにとび、そこから跳跃して木の枝にうつったのである。だが、つぎの木の枝にうつるまえに、〈狩人〉は、ふいにからだが铅のように重くなったのを感じた。からだが冷えていき、目のまえに白い光がちらちらして、ドン、ドン、ドン、と心脏の鼓动が耳のなかで太鼓のようにひびきはじめた。——冷汗をふきだして、男は宙をかきむしり、そのまま地面におちた。
                        「……うつくしい花には、トゲがある。泥人形にも、トゲがあるんだよ。ボケ犬さんたちや。」
                         老婆が、するすると木からおりてきた。气をうしなっている男を足でけって、にやにやとわらう。


                        36楼2007-07-13 23:06
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                          「このトロガイを狩ろうとするなら、|目くらまし《____》ぐらい、おぼえておきな。」
                           最初に声をかけたときにもう、〈狩人〉たちはみごとに、この老婆の术にはまっていたのである。そして、泥人形におそいかかっておさえつけたとき、泥のなかにうめこまれていた毒をぬりこめたトゲに、手をさされていたのだ。
                          「感谢するんだね。あっというまに杀せる毒をぬっておいてもよかったんだよ。それを、まあ、このやさしいトロガイさんは、しびれ毒だけにしといてやったんだ。」
                           老咒术师は、するすると〈狩人〉の带をほどいて|上衣《うわごろも》をぬがせた。〈狩人〉の带をさぐって竹の|笔筒《ふでづつ》をみつけると、|墨壶《すみつぼ》をはずし、笔にていねいに墨をつけて、その|上衣《うわごろも》の後ろ身ごろの内侧に、さらさらとなにかを书きつけていった。それから、その衣をまた、〈狩人〉にきせた。
                          「では、しっかり便りをとどけておくれよ。忠实な猎犬さんや。」
                           トロガイは、ぽんぽんっと〈狩人〉の胸をはたいてから、ふっとおもいついたように、もう一度、〈狩人〉が带にくくりつけている小さな袋をさぐり、そのなかから银货を二枚とりだした。
                           老咒术师の颜が|えみ《__》くずれた。
                          「けっこうもってるじゃないか。こりゃ、わしの首をかっきろうとしたつぐないとして、もらっとくよ。これで、街にでたら、ひさしぶりにうまい酒が饮める。そうだ、|白鹿屋《はくしかや》へいって、あつあつの鹿锅を食べるってのもいいね……。」
                           ほくほく颜でつぶやいてから、トロガイは、ぽんっと手をうった。
                          「おお! いいことを思いついたぞ。わしが、この老体をおして苦劳するこたぁない。わしは、おいしい物でも食いながら、元气のいい弟子ががんばるのを、みておればいいじゃないか。うむうむ。やつにもいい修行になるし。こりゃ、いい考えだ。やっぱり、くさい猎犬におっかけられてないと、头がさえるねぇ。」
                           |一人言《ひとりごと》とはいえないほど、大きな声でしゃべりながら、老婆は森のなかにきえていった。


                          37楼2007-07-13 23:06
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                            3 トロガイの文


                             帝の寝所のおくの地下には、帝と圣导师と〈狩人〉しかしらない〈秘密ノ间〉がある。いま、その部屋には、怒りといらだちにみちたおもくるしい沈默がみちていた。
                             帝は|御帘《みす》のむこうにすわり、御帘の手前にすわっている圣导师とシュガとともに、モンの报告をきいていたのである。|皇子《おうじ》をとりにがしたというだけでも、しんじられぬ失态だったのに、咒术师をおっていった〈狩人〉たちまで、いいようにあしらわれてかえってきたとあっては、|头《かしら》のモンには、死をもってつぐなわねばならないほどの大失态だった。
                             モンは、あのバルサとの死斗のあと数刻で目をさましたが、われるような头痛とめまいに、ずっとなやまされづづけていた。そのせいもあって、モンの颜は、すでに死んでいるかのようにまっ青だった。
                            「なんと、のう。」
                             圣导师が、にがにがしげにつぶやいた。
                            「ひとりは颜をきられ、ひとりは肩をさされ、もうひとりにいたっては命さえあやういほどの伤とな。そのうえ、|头《かしら》よ、そなた自身も头をうたれて昏倒したとはな。」
                             モンは、なにもいえなかった。
                            「それほどに手ごわかったのか、その女は。」
                             あの死斗を思いかえし、バルサの手ごわさは、おのれが伤つくことを、まったくおそれていなかったことにある、と、モンは思った。
                            「……あの女は、わたしにきられるのをわかっていて、まるでふせごうとしませんでした。どんなに度胸のある者でも、きられると思ったら、反射的にふせぐ动作をします。だが、あの女は腹をきられるのをわかっていて、それをふせぐより、わたしの头をうつほうをえらんだのです。——考えるより、さきに。あれは、头で考えてできることではありません。觉悟で、できることでもありません。おさないころから、いやというほどきられていなくては、できないことです。」
                            「狩人の头である、そなたが……。」
                             冷たい声が御帘のむこうからきこえてきた。
                            「女より、修行がたりなかったということだな。」
                             モンは颜をあげなかった。帝は、|细面《ほそおもて》の品のよい颜を、怒りにふるわせている。帝には、自分の命令がかなえられなかったという经验がなかった。うまれてはじめて、自分の希望がかなわなかった彼は、床にひたいをすりつけているモンを、めちゃくちゃにうちのめしたい、という冲动にかられていた。だが、かろうじて、それをおさえられるだけのかしこさが、この帝にはあった。
                            「そのうえ、ヤク—の咒术师をおった者たちまで、ていよくあしらわれて、尻尾をまいて、にげかえってきたというではないか。……历代の帝のなかで、このような无能な〈狩人〉しかもたぬ帝は、余、ひとりであろうな。」
                             はきすてるようにいわれて、モンは身をきりさかれたような痛みを感じた。
                             そのとき、かすかな音がした。手下の〈狩人〉のだれかが、急用の合图に地下通路につうじる扉をたたいているのである。モンは一礼をしてたちあがり、户をあけにいった。
                             通路には、トロガイをおっていった〈狩人〉のひとりが青い颜をしてたっていた。
                            「なんだ。」
                             いらだたしげにモンがとうと、〈狩人〉は、身をちぢめるようにして、自分の衣を里返した物をさしだした。
                            「衣を着替えようとして、このような文が书かれているのに气づきました。……トロガイからの、文のようです。」
                             モンは、手下から衣をひったくった。たしかに、こまかい文字が书きこまれている。モンは、全身がもえるような怒りを感じて、手下をにらみつけた。かろうじて、手下をなぐりつけるのをおさえたのは、うしろに帝がおられるからだった。
                            「いけ」
                             はきすてるようにいうと、手下はさっときえた。
                            「なにごとだ。」
                             いらいらとよびかけた帝に、モンは土下座してこたえた。
                            「手下の衣に、トロガイからの|文《ふみ》がしこまれておりました。」
                             帝と圣导师は、おもわず颜をみあわせた。圣导师がたちあがり、咒いよけのしぐさをしてから、モンがささげている衣を手にとった。
                            「|咒《しゅ》がかけられているといけない。わたしがさきに读みましょう。」
                             读みにくい文字を读みすすむうちに、圣导师の眉间のしわがふかくなっていった。
                            「なんと书いておるのだ。」
                             ついに、たえきれなくなり、帝がとうた。圣导师は口のなかでうなった。
                            「……わたしがさきに读んでよかった。これは帝にたいする咒いです。さっそくわたしが咒い返しをして、烧きすてましょう。」
                             圣导师は文を内侧にして衣をたたんだ。
                            「帝。明日まで|とき《__》をいただきたい。——せいては、ことをしそんじます。わたしとシュガで、もうすこし、考えをつめてみましょう。」
                             そういって一礼すると、ものといたげな帝とモンをのこして、圣导师はシュガをつれて〈秘密ノ间〉からでていった。星ノ宫の自室にもどるまで、圣导师は一言も话さなかった。自室にはいり、あたりに人の气配がないのをたしかめてから、ようやく圣导师は口をひらいた。
                            「ヤク—の咒术师め。みょうな文をよこしおった。读んでみよ。……咒いよけの必要はない。」
                             ふところからだした衣を、圣导师はシュガにわたした。シュガは、衣をうけとった。そこには、のたくるような文字で、


                            38楼2007-07-13 23:06
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                              2025-08-16 20:49:05
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                              〔#ここから2字下げ〕
                              ——星读みよ。
                               天ばかりみて、まつりごとに、せいだすうちに、おのれのたつところを、わすれたか。
                               百年にいちどの、だいじのときに、わしをおいまわすひまがあったら、二ノ宫の、みうちにやどった|たまご《___》を、しっかりまもれ。
                               まもれねば、ひどいかわきが、この地をおそうぞ。
                               もう、たまごをくらう、ラルンガが、めざめ、たまごをおいはじめたぞ。
                               二百年まえの、おまえらの|祖《おや》は、ちゃんと、われらとてをくんで、ラルンガをころすだけの、あたまがあったぞ。
                               星读みよ。くちおしいが、われらヤク—も、ときのかなたに、だいじなことを、おきわすれてしまった。いつのまにか、ラルンガをころす术を、わすれさってしまった。おまえのところに、|たまご食い《_____》のころしかたが、つたえられているなら、いそいで、天をみるのをやめて、地に目をもどし、たまご食いをころしにこい。
                              〔#地付き〕トロガイより——
                              〔#ここで字下げ终わり〕

                               二度读んでみて、シュガは首をひねり、圣导师をみた。
                              「……人をくった|文《ふみ》だろうが。」
                               たしかに、なんとも自信たっぷりで——しかし、毒舌のなかに、みょうにわらいをさそうよゆうをもった文だった。帝さえしたがえる|星读博士《ほしよみはかせ》を、|星读み《___》、とよびすてる者がこの国にいるとは、シュガはこれまで考えたこともなかった。それだけに、この文には心をゆさぶられた。
                               しかも、书いたのはヤク—の咒术师。ヤク—が、まるで对等の者によびかけるように、文をおくってくるとは……。
                              「トロガイというのは、いったいなに者なのです? この文からは、まるで、われらより水妖についてよくしっているような感じが、つたわってきますが。」
                               圣导师は腕をくんだ。
                              「ヤク—の血をひいてる咒术师だからな。この地の|あやかし《____》については、くわしいのだろうよ。」
                              「この者は、二ノ宫の身内にやどった卵をまもれ、といっていますね。圣祖の传说では、ヤク—は水妖をおそれていたのではないのですか。それに、まるで、そのときにナナイ大圣导师が、ヤク—の咒术师と手をくんで、〈|卵食《たまごく》い〉——ラルンガとやらを退治したようにいっている。」
                               シュガは、ふっと思いついた可能性に、鸟肌がたつのをおぼえた。
                              「……まさか。」
                              「まさか、なんだ。」
                               圣导师の目が、冷たさをひめて、シュガをみつめていた。言叶をえらべ、慎重に言叶をえらぶのだ、とシュガは自分をいさめたが、こめかみと首筋が冷たくしびれるような不安が心をせきたてるのを、おさえることができなかった。
                              「正史に书かれた圣祖の传说は、その、できあがったばかりの国をゆらさぬために、人びとをまどわすような部分を、书かなかったのでは、と思ったのです。
                               この|文《ふみ》が正しいとすれば、百年に一度めざめるモノはひとつではなく、〈卵〉と、〈卵食い〉のふたつなのでしょう。そして、圣祖とナナイ大圣导师は、その〈卵〉をまもるために、ヤク—の咒术师の力をかりて、〈卵食い〉のほうを退治したのではないでしょうか。
                              〈卵〉のほうは、なんらかのかたちで水にかかわり、これをまもれねば、大干ばつがおきる……。第二|皇子《おうじ》にやどっているのは、この〈卵〉のほうなのではないでしょうか。——ああ、これをもっとはやくにしっていたら!」
                               圣导师はこたえなかった。シュガはその表情をみて、しまった、と思った。不安にせきたてられるままに、つい、圣导师の无知を批判してしまったことに气づいたからだ。
                               だが、後悔するいっぽう、心のかたすみを、もしこのくらいのことで腹をたてるようなら、この方もたいしたことはない、という思いがかすめた。
                              「シュガよ。」
                               圣导师が口をひらいた。声は、ひややかだったが、怒りは感じられなかった。
                              「人は、ときがたつうちに、さまざまなことを发见し、まなんでいくが、いっぽうで、ときがたつうちに、さまざまなことをわすれてもいく。この星ノ宫は、ふたつの面をもってきた。ひとつは、そなたらが一生をかけている、星を读み、未来をしるという面。もうひとつは、この国の|政《まつりごと》を正しくみちびくという面だ。
                               人というのは、どうしようもないもので、政はつねに、泥沼。圣导师は、いつの世も、本来の星读みをするよりも、政をあやつることにおいまわされてきた。そのうちに、いつのまにか、ものごとを政のほうからばかり、みるようになってしまった。
                               わしは、|皇子《おうじ》になにかがやどったときいたとき、その正体をさぐらねばと思ったが、それよりもさきに、わしの心をしめたのは、これが政にどう影响するかということだった。」
                               语るうちに圣导师の声から冷たさがきえていき、たんたんとした口调にかわっていった。


                              39楼2007-07-13 23:06
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