5 にげる者、おう者
バルサは、とぎおわった|短枪《たんそう》の|穗先《ほさき》に、木制の|鞘《さや》をはめこんだ。この鞘の寸法はぜつみょうで、枪の柄をにぎるバルサの手の动きひとつで、すっとぬけおちるのに、ぶっそうな穗先が必要のないときには、まるで穗先にすいついているかのように、ぴったりとはまったまま、おちることがない。
「そう、それが、あんたのぶんだよ、チャグム。しっかりかついでおくれ。」
チャグムは、干し肉と|油纸《あぶらがみ》と|药袋《くすりぶくろ》がはいった袋をせおった。轻い荷だったが、チャグムにとっては、はじめて自分でせおう荷物だった。バルサは、てぎわよく荷をつくり、いざというときに两手がつかえるようにせおった。
「……おなかのあたりが、もぞもぞする。」
チャグムが口をとがらしていった。バルサもチャグムも、腹から胸にかけて、なめし|皮《がわ》をいれてから|上衣《うわごろも》をきたのである。バルサは、チャグムの肩に手をおいた。
「よくおきき。人のからだの中心に|带《おび》があると思ってごらん。ちょうど首とおなじくらいのはばのある带が、头のてっぺんから股のところまで、まっすぐおりてるってね。——そこには、人のからだでいちばんおおく、急所があつまってるんだ。」
「急所とは、なんじゃ?」
「急所ってのは、そこをやられると、人が气绝したり、あっさり死んでしまうところさ。いいかい、まず、脑天、|眉间《みけん》……。」
バルサは、チャグムの急所を指でしめしていった。
「鼻、鼻とくちびるのあいだ。あご、のどぼとけ、心脏、胸の中心、みぞおち……。」
ゆっくり指をおろしていく。
「最後が、あんたのだいじなところさ。男の急所だよ。まあ、このほかにも、山ほど急所はある。それは、ひまがあったら、すこしずつおしえてあげるよ。でも、とりあえず、そこを皮でまもっているといないとじゃ、大ちがいなんだよ。背から刺されると、肋骨がないから、あっさり心脏をさされてしまう。だから、背後からとんできた矢をふせぐためには、この首まである荷は役にたつんだよ。ちょっとばかり气分がわるくても、死ぬよりはましだろ。」
チャグムは、しぶしぶうなずいた。
「さあ、じゃあいこう。ト—ヤ、サヤ、ほんとうに世话になったね。运があったら、またあおう。」
ト—ヤたちは、泣きそうな颜でバルサをみていた。
「山ぎわのあたりまで、おれもいきましょうか? みはってるやつがいねぇか、たしかめてやりますよ。」
バルサは、きっぱりと首をふった。
「气持ちだけでじゅうぶんだよ。ありがとう。もし、みはりがいたら、あんたが气づくまえに、あんたは一击で杀されてしまうよ。そういうものなのさ。やむをえず世话になっちまったけどね。これでじゅうぶん。これ以後は、もういっさいわたしらに义理だてするんじゃないよ。もし追手がきたら、なにもかもしゃべってしまうんだ。わかったね? わたしは长年こういう仕事をつづけてきたんだ。たとえ、あんたたちが、しゃべってしまったって、だいじょうぶ。にげきれる自信があるんだよ。……いいね。」
ト—ヤは、うなずいた。
「さあ、じゃあ、おわかれだ。さようならをおいい、チャグム。」
チャグムは、ト—ヤたちをみあげて、
「さようなら。」
と、つぶやいた。
外へでると、|半月《はんげつ》の光がうむわずかな|空明《そらあか》りで、ぼんやりと川面がみえるていどに明るかった。バルサは、しばし、じっと、あたりの气配をさぐった。とくに人の气配は感じられなかったが、だからといって、みはられていないとはいえない。帝がはなった追手が、かんたんに气配をさっせられるような、まぬけであるはずがないからだ。
バルサは、とぎおわった|短枪《たんそう》の|穗先《ほさき》に、木制の|鞘《さや》をはめこんだ。この鞘の寸法はぜつみょうで、枪の柄をにぎるバルサの手の动きひとつで、すっとぬけおちるのに、ぶっそうな穗先が必要のないときには、まるで穗先にすいついているかのように、ぴったりとはまったまま、おちることがない。
「そう、それが、あんたのぶんだよ、チャグム。しっかりかついでおくれ。」
チャグムは、干し肉と|油纸《あぶらがみ》と|药袋《くすりぶくろ》がはいった袋をせおった。轻い荷だったが、チャグムにとっては、はじめて自分でせおう荷物だった。バルサは、てぎわよく荷をつくり、いざというときに两手がつかえるようにせおった。
「……おなかのあたりが、もぞもぞする。」
チャグムが口をとがらしていった。バルサもチャグムも、腹から胸にかけて、なめし|皮《がわ》をいれてから|上衣《うわごろも》をきたのである。バルサは、チャグムの肩に手をおいた。
「よくおきき。人のからだの中心に|带《おび》があると思ってごらん。ちょうど首とおなじくらいのはばのある带が、头のてっぺんから股のところまで、まっすぐおりてるってね。——そこには、人のからだでいちばんおおく、急所があつまってるんだ。」
「急所とは、なんじゃ?」
「急所ってのは、そこをやられると、人が气绝したり、あっさり死んでしまうところさ。いいかい、まず、脑天、|眉间《みけん》……。」
バルサは、チャグムの急所を指でしめしていった。
「鼻、鼻とくちびるのあいだ。あご、のどぼとけ、心脏、胸の中心、みぞおち……。」
ゆっくり指をおろしていく。
「最後が、あんたのだいじなところさ。男の急所だよ。まあ、このほかにも、山ほど急所はある。それは、ひまがあったら、すこしずつおしえてあげるよ。でも、とりあえず、そこを皮でまもっているといないとじゃ、大ちがいなんだよ。背から刺されると、肋骨がないから、あっさり心脏をさされてしまう。だから、背後からとんできた矢をふせぐためには、この首まである荷は役にたつんだよ。ちょっとばかり气分がわるくても、死ぬよりはましだろ。」
チャグムは、しぶしぶうなずいた。
「さあ、じゃあいこう。ト—ヤ、サヤ、ほんとうに世话になったね。运があったら、またあおう。」
ト—ヤたちは、泣きそうな颜でバルサをみていた。
「山ぎわのあたりまで、おれもいきましょうか? みはってるやつがいねぇか、たしかめてやりますよ。」
バルサは、きっぱりと首をふった。
「气持ちだけでじゅうぶんだよ。ありがとう。もし、みはりがいたら、あんたが气づくまえに、あんたは一击で杀されてしまうよ。そういうものなのさ。やむをえず世话になっちまったけどね。これでじゅうぶん。これ以後は、もういっさいわたしらに义理だてするんじゃないよ。もし追手がきたら、なにもかもしゃべってしまうんだ。わかったね? わたしは长年こういう仕事をつづけてきたんだ。たとえ、あんたたちが、しゃべってしまったって、だいじょうぶ。にげきれる自信があるんだよ。……いいね。」
ト—ヤは、うなずいた。
「さあ、じゃあ、おわかれだ。さようならをおいい、チャグム。」
チャグムは、ト—ヤたちをみあげて、
「さようなら。」
と、つぶやいた。
外へでると、|半月《はんげつ》の光がうむわずかな|空明《そらあか》りで、ぼんやりと川面がみえるていどに明るかった。バルサは、しばし、じっと、あたりの气配をさぐった。とくに人の气配は感じられなかったが、だからといって、みはられていないとはいえない。帝がはなった追手が、かんたんに气配をさっせられるような、まぬけであるはずがないからだ。