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精灵の守り人

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精灵の守り人
上桥菜穗子

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(例)|皇子《おうじ》

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(例)|星ノ宫《ほしのみや》

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目次

序章 |皇子《おうじ》救出

第一章 |皇子《おうじ》のからだにやどったもの
 1 逃亡のはじまり
 2 |星ノ宫《ほしのみや》の〈|狩人《かりゅうど》〉
 3 たのまれ屋のト—ヤ
 4 はなたれた〈狩人〉たち
 5 にげる者、おう者

第二章 卵を食らう魔物
 1 药草师のタンダ
 2 咒术师トロガイ
 3 トロガイの|文《ふみ》
 4 ヤク—の言い传え
 5 トロガイとの再会

第三章 |孵化《ふか》
 1 冬の〈|狩穴《かりあな》〉ぐらし
 2 |秘仓《ひそう》にねむっていた手记
 3 变化のはじまり
 4 シグ·サルアをおって
 5 おそいくる爪
 6 ナナイの手记の结末
 7 云のみる梦
 8 サアナンの风とナ—ジの翼
 9 もうひとつの运命の|衣《ころも》

终章 雨のなかを……



1楼2007-07-13 22:53回复
    序章 |皇子《おうじ》救出


     バルサが|鸟影桥《とりかげばし》をわたっていたとき、|皇族《おうぞく》の行列が、ちょうど一本上流の|山影桥《やまかげばし》にさしかかっていたことが、バルサの运命をかえた。
     |鸟影桥《とりかげばし》は平民用の、そまつなつり桥で、ところどころ板がくさりおちて、すきまから|青弓川《あおゆみがわ》の流れがみえる。ふだんでもあまり气持ちのよい光景ではないが、きょうは、ここのところ秋の|长雨《ながあめ》がつづいたせいで川の水かさがふえ、茶色くにごった水が白くあわだちながら、さかまいて流れていて、とくにおそろしい光景だった。
     すりきれた|旅衣《たびごろも》をまとい、ずだ袋をみじかめの|手枪《てやり》(|短枪《たんそう》)にひっかけてかついだバルサは、しかし、眉ひとつうごかさずに、ゆらゆらゆれる|鸟影桥《とりかげばし》をわたりはじめた。バルサは今年三十。さして大がらではないが、筋肉のひきしまった柔软なからだつきをしている。长いあぶらっけのない黑发をうなじでたばね、化妆ひとつしていない颜は日にやけて、すでに小じわがみえる。
     しかし、バルサを一目みた人は、まず、その目にひきつけられるだろう。その黑い瞳にはおどろくほど强い|精气《せいき》があった。がっしりとしたあごとその目をみれば、バルサがよういに手玉にはとれぬ女であることがわかるはずだ。——そして、武术の心得のある者がみれば、その手ごわさにも气づくだろう。
     バルサは、风にたよりなくゆれる桥をすたすたとわたりながら、ちらりと上流をみた。そびえたつ山の肌を、まっ赤に|红叶《こうよう》した|红叶《もみじ》があざやかにそめている。その红叶のしたを、金の止め金を光らせた|牛车《ぎっしゃ》が一台、二十人ほどの从者にまもられながらすすんでいくのが、小さくみえた。
     西日のなかで、牛车にかけられた|锦《にしき》と、金具がピカリ、ピカリと日をはじいてすすんでいく。|牛车《ぎっしゃ》のさきにつけられた赤い旗が、乘る者の身分をしめしていた。
    (第二|皇子《おうじ》の行列か。山の离宫から都へかえる途中だね。)
     バルサは、たちどまってその行列をながめた。これだけはなれていれば、土下座をしなくとも罪にはなるまい。それに、ちょうど日は西にかたむいて背後からてっている。逆光のなかではバルサの姿など点にもみえないだろう。|山阴《やまかげ》の红叶のしたの行列は绘のようにうつくしかった。
     バルサは、この国のうまれではない。それに、けっしてわすれることのできぬある理由から、王とか帝とかいう者たちへの尊敬の念は、ほとんどもっていなかった。ただ、まるで|一幅《いっぷく》の绘のような、一瞬のうつくしさにみとれていただけだった。
     が、つぎの瞬间、おもわぬことがおきた。がんじょうにつくられている|皇家《おうけ》专用の|山影桥《やまかげばし》のなかほどまで|牛车《ぎっしゃ》がさしかかったとき、とつぜん、牛があばれはじめたのだ。ハミをひいていた|从者《じゅうしゃ》の手をふりきって、牛は背をゆみなりにして、まえに、うしろに、蹄をけあげ、角をふりたて、あばれくるいながら暴走した。从者たちがとめるまもなく、|牛车《ぎっしゃ》が大きくふりまわされるかたちで横转し、なかから小さな人影が宙にとばされるのがみえた。
     人影が手足をばたばたさせながら谷川におちていく……。と、思ったときには、バルサは荷をおき、|上衣《うわごろも》をぬいで、短枪の|石突《いしづき》の金具に、ふところからだした|卷绳《まきなわ》の先端の金具をカチリとつなぐと、短枪をビュッと岸になげていた。短枪は一直线に岸にとび、ふかぶかと岩のあいだの地面につきささった。三、四人の从者が|皇子《おうじ》をおって川にとびこんだのを目のはしにとらえながら、バルサは绳をもって、だく流にとびこんだ。
     |石叠《いしだたみ》にたたきつけられたような冲击がきた。つかのま息がつまり、意识が远くなった。バルサは、だく流にはげしくもまれながら、绳をたぐって、いったん手近の岩にのぼった。ぬれてまといつく发をかきあげて、じっと目をこらすと、小さな赤い物が流れてくるのがみえた。ひらひらと、その赤い物からときおり手がみえては、しずんでいる。
    (气绝していておくれ。たのむから、气绝していておくれよ。)


    2楼2007-07-13 22:54
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      2025-08-16 18:51:55
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       バルサはねんじて、见当をつけると、ふたたび激流にとびこんだ。流れにさからって泳ぎながら、ちょうど流されてたっする地点に|皇子《おうじ》のからだがくるよう、バルサはぐいぐい水をかいていく。身をきるような冷たい水だった。ゴボゴボッと耳のおくで水音がなった。にごった水流のなかで、かろうじて|皇子《おうじ》の衣の赤い色だけがみえた。
       のばした手のなかを、皇子の衣のはしがすりぬけた。
      (しまった!)
       ほぞをかんだ瞬间、きみょうなことがおきた。まばたきするあいだほどの、ほんの一瞬、バルサは、からだがふわっと轻くなるのを感じた。あれほどあれくるっていた水の流れがとまり、音さえもきえさり、どこまでもすきとおった青い空间のなかで静止している。|皇子《おうじ》の姿だけが、くっきりとみえた。なにがおきたのかわからぬままに、バルサは、ふたたび赤い衣に手をのばした。
       つかんだ、と思ったとたん、手がちぎれそうな冲击がきた。たったいまのふしぎな一瞬は、梦にすぎなかったのか、はげしい水流がふたりのからだを|木《こ》の|叶《は》のようにもてあそんだ。
       浑身の力をこめてバルサは|皇子《おうじ》のからだをひきよせ、その带に绳の金具をかませた。こおりそうな水のなかで、かじかんだ手で、それだけのことができたのは奇迹にちかかった。バルサはまず、自分が绳をたどって岸まで泳いだ。からだがばらばらになりそうにつかれていたが、それから、ぐいっぐいっと绳をたぐって、ぐったりとうごかない|皇子《おうじ》のからだをひっぱりよせた。
       ひきあげた|皇子《おうじ》の颜は、まっ青だった。まだ、十一、二岁ほどだろう。ありがたいことに、ねんじたとおり、おちた冲击で气绝したらしい。|腹《はら》が水ぶくれしていなかった。バルサは|活《かつ》をいれ、苏生术をほどこした。やがて、せきこむ音とともに、|皇子《おうじ》の呼吸が回复した。
      (やれやれ。どうやら命はすくえたみたいだね。)
       バルサは、ため息をついた。だが、いまの彼女にはしりようもなかったが、これは、すべてのはじまりにすぎなかったのである。


      3楼2007-07-13 22:54
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        第一章 皇子のからだにやどったもの


           1 逃亡のはじまり


         のこっていた酒の最後の一滴を饮みほして、バルサはまんぞくげにため息をついた。
        (しかし、おどろいたね。)
         ここは、都の|二ノ宫《にのみや》の馆だ。第二皇子の命をすくったとはいえ、バルサは平民以下の异邦人である。よくても报奖金をいくらかわたされて、それでおしまいだろうと思っていた。事实、あの川原では、あとで报奖金をさずけるので、今夜の宿をおしえるようにいわれて、それで|皇子《おうじ》の行列とはわかれたのである。
         ところが、|安宿《やすやど》におちついたバルサのもとにやってきた使いは、报奖金をそこでわたすのではなく、第二|皇子《おうじ》の母君である|二ノ妃《にのきさき》の馆で接待のあとにわたしたい、といってきたのだ。
         それでまいあがるほど、バルサは世间しらずではなかった。|皇家《おうけ》やら|皇族《おうぞく》やらが下じもの者にやさしくふるまうときには、かならず|うら《__》がある。やっかいなことにかかわってしまったな、と思ったが、この状况で、おまねきをことわったりしたら、无礼なふるまいとして、それこそやっかいなことになるだろう。しかたなくいわれるままにまねかれたバルサだったが、|二ノ妃《にのきさき》の欢待は、じつに真心のこもったものだった。
         この〈新ヨゴ|皇国《おうこく》〉では、神の子孙であるという帝は三人の妃をめとる。はじめに|皇子《おうじ》をうんだ妃が|一ノ妃《いちのきさき》となり、第二|皇子《おうじ》をうんだ妃が|二ノ妃《にのきさき》になる。いまはこの国の|皇子《おうじ》はあの第二|皇子《おうじ》までで、|三ノ妃《さんのきさき》 はまだ|皇子《おうじ》をうんでいない、という话はきいていたが、しょせんは云のうえの人びとの话であり、バルサはそれ以上くわしいことはしらなかった。
         |二ノ妃《にのきさき》はよほど|皇子《おうじ》を爱しているのだろう。馆のもっとも〈|下ノ间《しものま》〉であるとはいえ、大きな火钵に火がたかれた部屋にバルサはまねかれ、これまで一度も口にしたことのないような、ごちそうをだされたのである。
         この国では、|皇族《おうぞく》の目を下贱の者がみたら、それだけで目がつぶれるといわれている。|皇族《おうぞく》は神の子孙であり、その目には|神力《じんりき》がやどる。そういう力は、意识せずとも水が低きに流れるように流れるので、うける力のない下贱の者がふれれば、伤つくというのである。
         だから、まねかれたとはいえ、お妃ご自身が姿をみせることはなかったが、第二|皇子《おうじ》の侍从长が心からの感谢をのべてくれた。
         バルサは、ごちそうとうつくしい色ガラスの杯につがれた美酒をたのしんだ。毒杀の危险は考えなかった。なにかの事情があって自分の口をふさぎたい、というようなぶっそうなことであったとしたら、わざわざ人前で|宫《みや》にまねくことはない。むしろ、あの安宿に|刺客《しかく》をはなって、物取りにでもみせかけたほうが、ずっとかんたんだからだ。
         からりと油であげられ、かむとジュッとうまい肉汁がでる鸟やら、牛の乳からつくられた复杂なうま味のある汁物やらを十分にたのしんだバルサが、侍从长に、
        「たんのういたしました。——わたしのような下贱の者には身にあまる食事でした。」
        と、头をさげると、上品に白い髭をととのえている侍从长が、うなずいた。
        「なんの、|皇子《おうじ》样のお命の代偿としては、このていどではとてもつくせぬ。お妃样より、今宵はこちらで一夜、ごゆるりと泊まられるようにつたえよと、もうしつかっておりまする。」
         バルサは、かすかに眉をひそめた。
        「いえ、そこまであまえては、かえってもうしわけございません。ごちそうをいただいただけで、じゅうぶん感谢しております、と、おつたえください。」
        「いや、いや。」
         侍从长は、かたくなるな、というように、ちかよってバルサの肩をたたいた。
         ふいに、耳もとに早口の|无声音《むせいおん》がささやかれた。
        「——あなたをみこんで、どうしてもおねがいしたきことがござる。おたのみもうす。泊まってくだされ。」


        4楼2007-07-13 22:54
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          「……どのような?」
          「それが——かえりたい、というのです。」
          「かえりたい? どこへ。」
          「どこかへ。どことはわからぬところへ。胸をかきみだされるほど、强く、かえりたいのだそうです。そのうちに、夜みはっていないと、うろうろと步きだすようになりました。
           この话が帝のお耳にはいり、|星读博士《ほしよみはかせ》が离宫へつかわされてやってきました。」
           星读博士《ほしよみはかせ》とは、この世とあの世の|理《ことわり》をつかさどる〈|天道《てんどう》〉に精通している、星ノ宫の博士だということぐらいは、バルサもしっていた。
          「ガカイという、その|星读博士《ほしよみはかせ》は、しばらく|皇子《おうじ》の话をきき、寝ずの番をはじめました。——その夜、おそろしいことがおこったのです。」
           妃のくちびるが、ふるえていた。
          「みながねしずまり、わたしもうとうととしはじめた夜半すぎ、ふいに、わたしはめざめました。めざめはしたのですが、からだがまったくうごかないのです。ひっしに首をまわして|皇子《おうじ》をみて、おどろきました。|皇子《おうじ》のからだが、青白く光っているのです。しかも、ゆっくりと脉うちながら。——まるで|皇子《おうじ》のからだが|さなぎ《___》で、なかにべつの生き物がやどっているようにみえました。
           と、声がきこえました。|星读博士《ほしよみはかせ》が、ふるえながらなにかとなえているのです。|星读博士《ほしよみはかせ》が光る刀を|皇子《おうじ》のうえにふりあげたのがみえて、わたしは、われをわすれて、浑身の力をふりしぼって、さけんだのです。とたんに、ふっと光がきえました。まるで、梦がさめたかのようでした。きゅうに物音と夜气の冷たさがもどってきて、あのあいだは、なにも感じていなかったのだと气づきました。|皇子《おうじ》はなにごともなかったかのようにねむっており、わたしは梦をみたのだと思いました。
           でも、梦でなかったあかしに、|星读博士《ほしよみはかせ》が汤でもかぶったかのように、汗にびっしょりぬれて、わたしをにらんでいたのです。」
          「——お妃样を、ですか?」
           妃は、齿をくいしはった。
          「あの男は、とんでもないことを——とんでもないいいがかりをつけてきたのです。たぶん、ふるえているところをみられたはずかしさからなのでしょうが、あの男は——あの男は……。」
           妃はふるえていたが、やがて、はきだすようにいった。
          「|皇子《おうじ》を指さして、ここにねているのはほんとうに帝の血をひいた|皇子《おうじ》か、ときいたのです!」
          「なぜ!?」
           妃は、バルサをにらみつけた。
          「なぜ? それはわたしもしりたい。|星读博士《ほしよみはかせ》は、どんなにといつめても、ついにこたえてはくれませんでした。ただ、|皇子《おうじ》がもしまことに帝の血をひいていれば、あのようなモノにやどられるはずがない、とだけ、くりかえすのです。あのようなモノとはなにかとたずねても、首をふるばかり。そして、わたしをみすえて、こういったのです。……ここにねむっている者は、远からず、死ぬであろう、と。」
           妃の口から、こらえきれぬすすり泣きがもれた。
          「わたしは、|皇子《おうじ》にたいして、おすくいする策もたてずに死を予言するとは! と、いかりました。すると|星读博士《ほしよみはかせ》は、まこと|皇子《おうじ》ならば死にますまい。|皇子《おうじ》ならば、あのようなモノをやどすはずがないのだから。ゆえに、わたしは|皇子《おうじ》の死を予言などしておりませぬ、といいはなったのです。」
           たかまった母の声に、それまで、うつらうつらしていた|皇子《おうじ》が、びくっと目をさました。彼はなにがおこったのかわからぬまま、すすり泣いている母の背をおずおずとなでた。
           |皇子《おうじ》はバルサをふりかえり、きっとにらみつけた。その瞳があまりにも妃ににているのが、ふしぎでもあり、なぜか、あわれでもあった。
          「そなた、なにか|母君《ははぎみ》に无礼をはたらいたのか!」
          「しっ。」
           妃は|皇子《おうじ》の口を小さな手でふさいだ。
          「ちがうのです。よいときにめざめましたね、チャグム。わたしは、あなたの命をすくうことをこの方に、たのもうとしていたのですよ。」
           さすがのバルサも、自分がとんでもないやっかいごとに、のみこまれつつあるのを感じて、冷汗をかきはじめた。
          「いや、まってください、お妃样…………。」
          「まって。最後まで话をきいてください。おねがいします。」
           チャグム、とよばれた|皇子《おうじ》は、おどろいて母をみあげた。これまで母が平民に、たのみごとをするところなど、みたことがなかったのだろう。
          「チャグムもよくおききなさい。——あなたは、こんなことをしるには、あまりにおさなすぎるけれど、それでも今夜、このときにしかきくことができないと思って、よく心にきざみつけなさい。いいですか。」
           チャグムは、母の气迫におされたように、こくっとうなずいた。
          「|星读博士《ほしよみはかせ》が语ったことを、あたしは昼も夜も考えつづけました。そして、ようやくさとったのです。|星读博士《ほしよみはかせ》はくわしいことはあかしてはくれなかった。どうも、あの博士自身、|皇子《おうじ》にやどっているのがなにかは、わからないようすでしたし。それでも、つまりは、こういいたかったのでしょう。このチャグム|皇子《おうじ》には、なにかおそろしいモノがやどっている。ほうっておけばそのモノが、远からずこの子を杀すだろう、ということなのでしょう。
           そして、はっきりしているのは、神の子である帝の血をひく者に、そのようなモノなどやどれるはずがない——やどったのなら、この子は帝の子ではない。そう博士はいいたかったのだということです。」


          7楼2007-07-13 22:55
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            「わたしは、|父君《ちちぎみ》の子ではないの?」
             目をみひらいた|皇子《おうじ》を妃はみつめた。妃はしずかな、しかし、しみとおるような声でいった。
            「|天地神明《てんちしんめい》にちかって、あなたは帝とわたしの子どもです。」
             そして、妃はバルサをみた。
            「それだけは、まちがいないのです。となれば、|星读博士《ほしよみはかせ》でさえわからぬ力が、この子にはたらいたことになります。それで、わたしはひそかに、都で评判の高い咒术师のもとに、皇子のこととしてではなく、ひとつの谜かけとして、このことを|文《ふみ》にしてわたしたのです。」
            「なんという咒术师ですか?」
            「トロガイという者です。」
            「ほう! よくつかまりましたね。あの人は、风のように流れ步いているので、なかなかつかまらないのだけれど。」
             |皇子《おうじ》が、まためんくらったような颜をした。妃にこんな口をきく平民をみたのも、はじめてなのだろう。バルサがほほえみかけると、颜をしかめた。——かわいげがない。
            「力は、たしかなのですか?」
            「ええ。わたしがしるかぎりでは、最高です。」
             妃の颜に、すこしおちつきがもどった。かすかに、くちびるに|えみ《__》さえやどった。
            「……ともかく、その咒术师の返答には、
             ——そのモノが、なんであるとはいいがたいが、もしも、はるかむかしにほろんだとされているモノならば、やどられた者が死ぬのは、やどったモノをたすけられなかったときであるといわれている。夏至までやどられた者が生きのびて、やどったモノをたすけられれば、その者も生きのびられるだろう。——
            と书いてあったのです。」
            「それだけですか?」
             妃はうなずいた。
            「たしかに、これだけでは、谜だらけです。わたしは、すぐにもう一度くわしい话をしろうと文をつかわしたのですが、そのときには、トロガイは都をたって、どこかへいってしまったあとでした。でも、たったひとつ希望がうまれただけでも、うれしかった。」
             妃の目に、ふたたびきつい色がやどった。
            「……けれど、ほっとするまもなく、|皇子《おうじ》は、命にかかわるような事故にあいはじめたのです。それで、气づきました。|星读博士《ほしよみはかせ》がいっていたことの、もうひとつのおそろしい意味に。」
             |皇子《おうじ》が、きゅっとこぶしをにぎりしめた。
            「|皇子《おうじ》であるこの子が、なにかおそろしいモノにやどられたなどといううわさがひろまったら、神の子孙であるという帝の威信に、なおしようのない伤がつきます。……だから帝は、人にしられるようになるまえに、この子を事故にみせかけて杀そうとしているのでしょう。」
            「ち、父君が? 父君が!」
             ふるえる声でさけんだ|皇子《おうじ》の口をふさぎながら、妃は息子をかたくだきしめた。
            「帝を、うらんではなりません。帝には、ほかにどうしようもないのです。いいですか、あなたをたすけるために|ツキモノ落とし《_______》の术などをおこなったら、かならず、だれかの口からそれがもれてひろがっていくでしょう。そうなったら、もうことはあなただけの问题ではない。この国が、しっかりとありつづけるためにもっともたいせつな、帝のご威信の问题になってしまうのです。帝は、あなたをたすけるために、指一本でもうごかすわけにはいかないのですよ。……あなたが|皇子《おうじ》であるかぎり、帝はあなたを杀さねばならないのです。」
             妃の语尾がふるえて、きえた。沈默がひろがった。
             のどをならして、ひっしにしゃくりあげをとめて、若い妃はバルサをみつめた。
            「わたしは考えました。そして、心をきめたのです。きのう、ぬれた发をまっ|青《さお》なほおにはりつかせたこの子をみたときに。……わたしは、この子に生きていてほしい。たとえ、|皇族《おうぞく》としての一生をおくれなくとも、生きてさえいれば、さまざまなよろこびにみちたときをすごしていけるでしょう。恋することをしり、子をえるよろこびをしり……そういう一生をこの子がどこかですごしているとさえ思えれば、わたしは、たとえあえずとも、がまんできる、と思いました。この子の死颜をみてくやむよりは、はるかに、はるかに、そのほうがよい、と。そして、そうできる机会があるとすれば、いま、このときをおいて、ほかにないと。
             バルサ、そなたは强い。わたしはそなたに、下じもの|民草《たみくさ》では一生かかってもえることができないほどの报奖をさしあげます。だから、この子をすくって——まもって、わたしのかわりに、この子にしあわせな一生をあげてください。」
             妃は、やさしいしぐさでチャグム|皇子《おうじ》のからだをおこすと、ふところからふたつの袋をとりだした。|锦《にしき》の豪华な袋のひもを妃がほどくと、ひとつの袋のゆるんだ口からは金货が、もうひとつの袋からは真珠が、ロウソクのゆれる光に、さんぜんとかがやいてみえた。
             妃は、どうじゃ、というようにバルサをみておどろいた。バルサは、これほどの宝を目にしても、まったく表情をうごかしていなかったのだ。
            「……お妃样、まえにもうしました。命がなくなっては、どれほどの宝もうけとることはできませぬ。——无礼をかえりみず、率直にいわせていただきます。これは、あまりにひきょうなしうちでしょう。」
             妃の颜に、しんじられぬ、という表情がうかび、つぎに、さっと青ざめた。いかりに全身がふるえはじめた。
            「ひきょう、とは、どういうことです?」
            「わたしは、|皇子《おうじ》のお命をすくいました。それなのに、ほうびが命をうばわれることでは、ひきょうともいいたくなります。」
            「だれも、そなたの命をうばうなどとは、いっておらぬ!」


            8楼2007-07-13 22:55
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               バルサは、お妃の目をまっこうからみつめた。
              「そうでしょうか? わたしは身分の低い者。ここによばれれば、こないわけにはまいりません。お妃样がお话をされたければ、きかないわけにはまいりません。——そして、このお话をきいたら、お妃样ののぞみをかなえるために死ぬか、ことわってここで死ぬか、そのふたつの道しかわたしにはのこされておりません。どちらも、确实にわたしの无残な死を意味しています。」
               |皇子《おうじ》が、自分をにらみつけているのはわかっていたが、バルサはあえて无视し、お妃だけをみつめつづけた。この命のせとぎわにあって、无礼もくそもあるか、というのがバルサのいまの气持ちであった。
              「なるほど、——わたしはひきょうだのぅ。」
               ぽつりと妃がいった。
              「けれど、わたしにはほかにえらぶ道はない。ひきょうであろうと、なんであろうと、|皇子《おうじ》をまもるためなら、なんでもする。——バルサ……。」
               妃が齿をくいしばったのがわかった。
              「たしかに、この秘密をしったそなたを、ただで生かしておくわけにはいかぬ。ここで死ぬか、|皇子《おうじ》をまもり、この宝をもって生きぬく希望にかけるか……どちらをえらぶ?『短枪使いのバルサ』よ!」
               バルサは、ほほえんだ。冷たい|えみ《__》だった。
              「わたしのうしろに、三人。廊下にふたり。あなた样のうしろに三人。意外に心をゆるせる手势がすくないのですね、お妃样。……だれかひとりでもうごいたら、その瞬间に、わたしの短枪が|皇子《おうじ》をつらぬきます。うごかぬように。」
               バルサは短枪を手にしていた。妃と|皇子《おうじ》の视线がそれたすきをねらって、短枪を手もとにひきつけておいたのである。|寝间《ねま》の周围から杀气がふくれあがった。
               妃は、バルサをみつめ、くちびるをかみしめた。
              「そのお宝と、|皇子《おうじ》をいただきましょう、お妃样。」
              「…………!」
               妃は|皇子《おうじ》をだきしめ、バルサをにらみつけていた。
              「さあ、はやく。夜が明けてからでは、にげきれません。わたしたちをぶじににがしたかったら、|皇子《おうじ》の颜をかくす黑い头巾をもってこさせなさい。それから、安全なにげ道をわたしにおしえるのです。——そして、そのにげ道にわたしたちがたっしたころをみはからって、この宫の|皇子《おうじ》の寝间に火をかけなさい。|皇子《おうじ》がれいの梦をみてみずから火をつけたことにすればよい。そして、火のまわりがはやくて、|皇子《おうじ》をたすけだせなかったことにするのです。——|皇子《おうじ》は、死んだことにせねばならない。そうでなければ、にげきれない。たとえ、烧け迹から死体がみつからぬとわかってうたがわれるとしても、それまでのときがわたしたちの生死をわけるでしょう。ことの成否は、お妃样、あなたの演技にかかっていることをわすれないで。」
               妃は、あぜんとしてバルサをみつめている。バルサの|えみ《__》から冷たいものがきえていた。
              「そなた……。」
              「すこし、うっぷんをはらそうとしただけですよ。ここで死ぬのをえらぶはずがないでしょう。わたしは用心棒です。——|皇子《おうじ》は、ひきうけました。さあ、おはやく!」
               妃の目から、みるみる泪があふれた。
               この馆の者がすべて味方というわけではなく、なるべく人にしられずに、すべてのしたくをととのえるには、かなりの时间がかかった。あまりの运命の变转に、ぼうっとしている|皇子《おうじ》をだいて、バルサがおしえられたとおり、谷川へぬける秘密の|ぬけ《__》道へでたときには、暗は、うす青い夜明けの暗へとかわっていた。身をきるような夜明けまえの寒さがふたりをつつんでいる。息が白くこおった。
               远く、人の声がきこえた。なにをいっているのかはわからないが、ざわめきが、しだいに大きくなっていく。黑く影にしずんでいる馆の一角が、かすかに明るくなり、やがて、ぽうっと|灯《ともしび》のように炎の光がみえはじめた。
               バルサは、おさない|皇子《おうじ》の小さなからだをひきよせた。|皇子《おうじ》はあらがいかけたが、やがて、されるままになった。
              「ごらんなさい。いまあの火のなかで、|皇子《おうじ》であるあなたは死につつある。——この夜が明けたら、あなたは|皇子《おうじ》ではない。ただのチャグムだ。それを、心にたたきこむのです。」
               |皇子《おうじ》のくいしばった齿のあいだから、|呜咽《おえつ》がもれはじめた。
              「人の运命なんて、わからないもの。生きのびれば、いつかまた、母君にあえる日がくるかもしれない。死ねば、それっきりだ。——わかったかい? チャグム。」
               チャグムは、きりきりとくいしばった齿をならして、バルサをみあげた。そして、流れる泪をむちゃくちゃにぬぐいながら、かすかにうなずいた。
              (この|皇子《おうじ》样には、|气骨《きこつ》がある。)
               バルサは、ほほえんだ。そして、チャグムの背をおして、むうっと硫黄のにおいのこもった、汤の排水沟を利用した|ぬけ《__》道に、足をふみいれていった。


              9楼2007-07-13 22:55
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                 ナナイは船のうえから星を读んで正しい道をしり、大海原をわたって、船团を绿なすナヨロ半岛にみちびいた。トルガルはナナイのみちびきにしたがって川をさかのぼり、やがて、|青雾《あおぎり》山脉から流れでた川が二本にわかれる场所にたどりついた。そこにはナナイの予言どおり、二本の川にはさまれた、ゆたかな扇形の平地があった。
                 おだやかな男であるトルガルは、そこに住んでいたヤク—たちを武力でおいはらおうとは考えていなかった。しかし、ヤク—は、みたこともない、きらびやかな人びとのおとずれにおどろいて、集落をすてて、みんな山ににげこんでしまったのだという。
                 トルガルはナナイのおしえにしたがって|壮丽《そうれい》な都をきずき、田の开垦をはじめたが、ふしぎなことに、最初の年は一粒の稻もみのらなかった。ナナイは星を读んで、凶作の原因が、〈|天ノ神《てんのかみ》〉の威光をにくむ、この地の魔物のせいであることをしった。この地の魔物は、川がしょうじる|青雾《あおぎり》山脉の山奥に住み、わきでる水に咒いをかけていたのである。
                 ナナイは〈|天ノ神《てんのかみ》〉に天子をまもってくれるよういのった。七|日《か》七|晚《ばん》、ナナイは|食《しょく》をたち、ひたすらにいのりつづけた。すると、八日目の夜、ナナイの耳に〈|天ノ神《てんのかみ》〉の声がひびいた。
                『トルガルに我が|印《しるし》をきざんだ圣なる|剑《つるぎ》をもたせ、八人の猛き武者とともに、|青雾《あおぎり》山脉のおく、|青弓川《あおゆみがわ》のいずる泉へむかわせよ。
                 そこに、魔物に魂をのまれた者がいる。その者をたおし、その血を川に流すがよい。魔物の血が、魔物のかけた咒いをあらい流してくれるであろう。
                 そのときはじめて、この地は清净になり、〈|天ノ神《てんのかみ》〉の惠みにみちた地となるのである。』
                 ナナイはこのお告げをトルガルにつたえ、トルガルの剑に、〈|天ノ神《てんのかみ》〉の象徵である北极星の|印《しるし》をきざんだ。これがいまも|皇家《おうけ》につたわる神剑〈|星心ノ剑《せいしんのつるぎ》〉である。トルガルは家臣の武者のなかから、もっとも心正しく勇敢な八人の武者をえらびだし、〈|星心ノ剑《せいしんのつるぎ》〉のみを腰におびて、|青雾《あおぎり》山脉のおくふかくわけいった。
                 山をのぼっていくと、三人のヤク—たちが、なげきかなしんでいるのにであった。なぜ、そんなにかなしんでいるのだ、と、トルガルがたずねると、彼らは自分たちの息子が魔物に魂を食われてしまったのだとこたえた。息子は魔物の姿にかわって山のなかにきえてしまったのだという。
                 ヤク—たちは、太古のむかしから、百年に一度、魔物がめざめて、こうして子どもの魂を食らってきたのだと泪ながらに语り、トルガルに、あのおそろしい魔物を退治してくれるよう、地に头をこすりつけて、たのんだのだ。トルガルはヤク—たちに、自分が〈|天ノ神《てんのかみ》〉の加护をうけていることを语り、かならずや魔物を退治してやると约束した。
                 どんどん川をさかのぼっていくと、うっそうと雾にけむる|木立《こだ》ちのおくに、こんこんとわいている泉がある场所にでた。その泉のかたわらには、なんとひとりの|幼子《おさなご》がすわっていた。|幼子《おさなご》はトルガルたちをみると、泉を指さして、
                「我をあがめよ。我はこの地の水をつかさどる者。もし我をあがめるならば、この泉に术をかけ、そなたらの水田にゆたかな实りをもたらしてやろう。」
                といった。
                 しかし、トルガルは魔物のあまい言叶にはまどわされなかった。彼が〈|星心ノ剑《せいしんのつるぎ》〉をすらりとぬきはなつと、|幼子《おさなご》はたちまちにして、ぬらぬらとした|水妖《すいよう》に变化し、おそいかかってきた。トルガルと八人の武者は、三日三晚水妖と战いつづげ、ついにその首をきりおとし、その胴からふきだした青い血を、泉に流した。
                 とたんに、天をわって稻妻がはしり、泉をうった。青い光が泉にみち、水がしゅうしゅうと音をたてて天にのぼり、やがて、天できよめられたきよらかな雨となって地をみたした。
                 こうしてトルガルは、この地に丰作をもたらし、まぎれもなく〈|天ノ神《てんのかみ》〉の加护をうけた天子であることをしめして、『|帝《みかど》』をなのり、「〈|天ノ神《てんのかみ》〉の庇护のもとにある国」を意味する〈ヨゴ|皇国《おうこく》〉のあらたなはじまりを宣言して、〈新ヨゴ|皇国《おうこく》〉をおこしたのである。
                 星を读むことで〈|天ノ神《てんのかみ》〉の声をきいたナナイは、『圣导师』とよばれた。彼は星を读み、〈|天ノ神《てんのかみ》〉を祭る『|星读博士《ほしよみはかせ》』たちをそだてていった。国じゅうから、身分をとわずかしこい少年をあつめ、修行の段阶をへるにつれて『见习い』から『博士』、そして、ただひとりもっともすぐれた力をもち、すべての秘仪を先代の圣导师からさずけられた者が、最高位の圣导师へとのぼりつめていく制度をつくったのも、このナナイである。|星读博士《ほしよみはかせ》になれれば、贵族の身分となれる。平民の少年たちにとって、星ノ宫にうけいれられることは、一生の梦となっていた。
                 ナナイが没して、およそ二百年という岁月がながれたが、星ノ宫に住まう圣导师が国をみちびくという制度はかわっていない。人びとは天子たる帝がこの国の政治をおこなっているとしんじているが、ほんとうにこの国をうごかしてきたのは圣导师だったのだ、とさえいえるかもしれない。


                11楼2007-07-13 22:55
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                  2025-08-16 18:45:55
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                  「星读みのあと、二ノ宫の烧け迹をみにいってきたものですから。」
                   ガカイが口をひらくまえに、部屋のなかから声がきこえてきた。
                  「……そこにおるのは、シュガか。」
                   シュガは、はっと背をのばした。
                  「はい。圣导师样、シュガでございます。」
                  「はいるがよい。ちょうどよかった。そなたに话があるのだ。」
                   ガカイは、にがにがしげにシュガをにらんで、足ばやにさっていった。
                  〈奥ノ间〉は、ひろい〈|石床ノ间《いしゆかのま》〉と、そのおくの一段高くなった〈|叠ノ间《たたみのま》〉からなっている。〈叠ノ间〉の左手おくの、ぶあつい锦の布でくぎられているところは圣导师の寝间であり、右侧は全面が塔のある中庭にめんしてひらかれている。いまはうす|织《おり》の|户布《とぬの》のみをおろして、|_户《しとみど》はすべてあげられ、白い朝の光が布をすかして、やわらかくさしこんでいた。
                   圣导师は、その日のあたる〈叠ノ间〉に正座して、片手を火钵にかざしながらシュガをまっていた。圣导师ヒビ·トナンは、がっしりとした肩はばのひろい大男で、|星读博士《ほしよみはかせ》というよりは、武者のようにみえる。七十四という高龄のために眉の毛はまっ白だったが、ぎょろりとしたその目にみつめられるたびに、シュガは、身のうちがひきしまるのを感じた。长年最高の权力の座にすわりつづけた男がもつ、にじみでるような威严が、圣导师にはあった。そして、なによりもおそろしいのは、老いてなお、まったくおとろえることのない、その头のきれであった。
                   シュガが正座し、ふかぶかとおじぎをすると、圣导师はかすかにうなずいた。
                  「昨夜は、いそがしい晚であったようだの。——そなたの用は、二ノ宫の一件か。」
                  「は。」
                  「ならば、こちらも用件はおなじだ。そなたと户口でもめておったようだが、ガカイが、|皇子《おうじ》は烧死したから、もはやなにも问题はないと、うれしそうに报告しにきていたところだ。」
                   シュガは、颜をあげた。
                  「おそれながら、もうしあげます。——わたしは、そうは思いません。」
                   圣导师が、うなずいた。
                  「わしも、そうは思わん。だが、なぜそなたがそう思ったのかを、话してみよ。」
                   シュガは心をきめて、ずっと考えつづけていたことを、顺をおって话しはじめた。
                  「……わたしは、ガカイ样とともによばれ、|皇子《おうじ》がなにかにやどられた、という话を圣导师样からうかがったとき、ふたつのことを思いだしました。ひとつは『建国正史』にある、|圣祖《せいそ》トルガル帝に退治されたという水妖のこと。もうひとつは今年の夏至ごろから、天宫にあらわれてきた〈|乾ノ相《かわきのそう》〉のことです。今年はまだ、干ばつの气配はありませんが、あの天のようすから读めば、来年はおそろしい干ばつにみまわれる——これは、すでに何度もみなで话しあったことですが。
                   わたしは、このふたつの关系が、どうも气になって、古い记录を|书物藏《しょもつぐら》でかたはしからあたってみたのです。すると、きみょうなことがわかりました。この半岛は、约百年に一度、このような大干ばつにみまわれているのです。しかも、ちょうど百年まえの大干ばつの年には、きみょうな事件が报告されているのです。くわしい记录はないのですが、魔物があらわれて子どもを食った、とか、ひきさいた、とか、そのたぐいの血なまぐさい话です。
                   百年に一度の大干ばつと、子どもをおそう魔物——これはまるで、『建国正史』にある水妖の话にそっくりではありませんか。正史でも、たしかヤク—どもが、この魔物は百年に一度あらわれて、子どもの魂を食らうといったと书かれていたはずです。
                   今年は、まさにその百年に一度にあたります。これだけの条件がそろうことが、偶然であるとは、わたしにはとても思えません。……圣祖が水妖を退治してこの地を清めたということをうたがうのは、大罪にあたりますが、不敬の罪をおそれて、しりえたことをのべないのでは、真の|星读博士《ほしよみはかせ》ではないと、わたしは思いました。」
                   圣导师の目に、おもしろがっているような光がうかんでいた。
                  「わたしの考えが正しければ、|皇子《おうじ》にやどったという魔物の|性《さが》は水。魔物があやつり、火事をおこすとは、思えません。ですから、わたしは|皇子《おうじ》があの火事のなかで亡くなったとは、どうしても思えないのです。」
                   しばらく、圣导师はなにもいわなかった。户布をとおしてさしこんでくる朝の光が、叠につくっているもようを、じっとみつめていたが、やがて、颜をあげてシュガをみた。
                  「ふむ。やはり、わしは人えらびをあやまったようじゃの。——そなたが、この件にかかわらせてくれといったとき、まかせておくべきだった。ガカイは弟子のなかでもっとも年上だ。力をしめす机会をあたえてやろうと思ったのだが、そのあまさが、ことをここまで复杂にしてしまった。」
                   圣导师はじっとシュガをみつめた。シュガは、そのまなざしを气おうことなくうけた。


                  13楼2007-07-13 22:56
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                    「……よろしい。そなたは、まだ|二十岁《はたち》。若すぎるが、やはり、わしの右腕となってうごく者は、そなたしかいないようじゃ。これにかかわれば、もはやあともどりできぬ道に足をふみいれることになるが、それでも、やってみたいか。」
                     シュガは、まよわずうなずいた。
                    「わたしには、このことが、とてもふかい意味を秘めたことのような气がするのです。」
                    「うむ。……だが、もうひとついっておくが、これはきれいな仕事ではないぞ。もし、そなたがこれにかかわれば、そなたは、いやおうなしに、この圣なる星ノ宫の、暗くおぞましい面をみることになる。そなたが、思いもしなかったような、污い面を、だ。」
                     シュガは、ふっと胸のおくに冷たい物がふれたような气がして、腕に鸟肌がたった。だが、シュガの直感は、この星ノ宫の阴の面をしることが、圣导师へといたる道なのだ、と、つげていた。彼は、自分がいま、人生の岐路にたっていることに气づいた。
                    「……光と阴、ふたつがあいまって、この世をつくるとおそわってまいりました。星读みをつづけていけば、おそかれはやかれ、であうことだと思います。——いかに暗くまがりくねった道であれ、それが天の道につうじているならば、わたしは、步いてまいります。」
                     圣导师の目には、もはやおもしろがっているような光はなかった。むしろ、かつてみたことがないほどの、真剑な光があった。
                    「——その思いを、しっかりと、もちつづけよ。それが、そなたの道をてらす、ただひとつの光となろう。圣导师へといたる道は、おそろしく暗く、恶臭のただよう道なのだ。ころげおちてしまえば、あとは暗しかない。」
                     圣导师は、ついっとたち、户布をもちあげて中庭をみわたした。中庭には、まったく人影はなかった。户布をおろしてすわると、圣导师はしずかにいった。
                    「水妖を退治してこの地を清めたことこそが、帝の血筋が神の子孙である天子である|证《あかし》。その退治したはずの水妖が、こともあろうに|皇子《おうじ》にやどったなどと人びとがしったら……! だからこそ、帝は、わが子第二|皇子《おうじ》の暗杀を二度こころみた。……おさない|皇子《おうじ》を杀そうとしていることのむごさを、いまは、うんぬんするでないぞ。」
                     シュガは、なにもいえずに、ぼうぜんと圣导师をみた。
                    「二度の暗杀は、どちらも、たくみに事故にみせかけた。一度目は、温泉の热汤が|皇子《おうじ》の全身にかかるような事故をしくんだ。|皇子《おうじ》は、汤のなかにころんでたすかった。
                     二度目は、きのう山の离宫から|山影桥《やまかげばし》をわたってもどるところで、|牛车《ぎっしゃ》のひき牛の首に吹き针をさし、あばれさせた。|皇子《おうじ》はあの高いつり桥から急流へおちたが、なんと、これまた、ちょうどそこにいあわせた女用心棒に、たすけられてしまった。」
                     シュガの口から、おもわず言叶がもれた。
                    「水——どちらも水にかかわっている。」
                    「そうだ。この暗杀の计画はわしがたてた。|皇子《おうじ》の命が危险にさらされれば、やどったモノが本性をあらわすのでは、と思ったからだ。やはり、そのモノの本性は水にかかわっている。」
                    「では、昨夜の火事は! あれは圣导师样が、火で|皇子《おうじ》を杀すために…………。」
                     圣导师は苦笑した。
                    「たしかに、いずれは火事で杀そうと考えた。だが、昨夜ではなく、もうすこし二番目の事故の记忆が人びとからうすれてからにしようと思っていたし、|皇子《おうじ》を杀すまえに、いったい|皇子《おうじ》にとりついた水妖とはなんなのかを、たしかめたかった。だから、あれは、わしがおこしたものではない。」


                    14楼2007-07-13 22:57
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                      3 たのまれ屋のト—ヤ


                       二ノ宫の排水は、|青弓川《あおゆみがわ》ではなく、|光扇京《こうせんきょう》の东を流れる|鸟鸣川《とりなきがわ》にそそいでいた。息がつまるような恶臭のなかから川原にでると、大气とはこんなにかぐわしいものだったのか、と、つくづく思った。チャグムは、|草鞋《わらじ》の底についたぬるぬるを、气持ちわるそうに岩にこすりつけている。森のなかはまだ夜の暗さをたたえていたが、川原には白い朝もやがゆっくりと流れ、チャグムの颜がぼんやりとみえるほどに、明るくなっていた。
                      「……さてと、いくかね、チャグム。」
                       バルサが声をかけると、チャグムは不快そうに颜をしかめてバルサをみた。バルサはかまわず、そのほそい腕をぐいっとつかんで步きはじめた。
                       この|皇子《おうじ》をたすけるとしたら、まず、|ただのガキ《_____》としてあつかわれることに、なれさせねばならない。これは、けっこうたいへんなことだろうな、と、バルサはないしんため息をついた。うまれおちたときから、神の子孙としてうやまわれてきた子なのだ。いきなりかわれといわれても、すぐに感情までかえられるものではないだろう。
                      「……どこへいくのだ?」
                       ぶすっとした声がきこえた。
                      「え? ああ、まず、ちょっと休まなきゃね。それからいろんなことをしなけりゃならない。だから、しりあいの家にいこうと思ってる。」
                       チャグムは、また、だまりこんだ。しばらく下流にむかって步くうちに、バルサは、チャグムがときおり、ガクッとつまずくのに气づいた。
                      「——半分、ねむりながら步いてるね、あんた。」
                       バルサは苦笑した。步きなれていない|皇子《おうじ》样だ。死ぬほどつかれきっているのだろう。
                      「ほれ、おぶってやろう。」
                       背をむけてまったが、チャグムはいっこうにのろうとしなかった。
                      「どうしたんだい? はやくおぶさりなさい。」
                      「お、ぶさる、とは、どういうことか?」
                      「あ、……はあ、なるほどね。」
                       母君や乳母にだかれることはあっただろうが、それいがいは|舆《こし》かなにかに乘せられてすごしてきたのだろう。
                       ふいに、バルサは、この少年があわれになった。これまで泣かなかっただけでも、ずいぶんと气丈な子だ。——なにをしたわけでもないのに、父から命をねらわれ、母とわかれ、そのうえ、あたたかく自分をつつんでいたものを、すべてひきはがされて、だれもしたしい者のいない世界にほうりだされたのに。
                      「チャグム。」
                       バルサは、少年の目の高さまでしゃがんだ。
                      「おぶさるっていうのは、せおわれることだよ。平民の子は赤ん坊のころから、おっかさんが仕事をしているあいだ、おっかさんにおぶわれているものなのさ。……しらないことは、おきき。しらなくてあたりまえなんだから、气にすることはない。ゆっくりなれていけばいいさ。」
                       チャグムが齿をくいしばったのがわかった。ひっしで泪をみせまいとしているのだ。バルサは、さっとチャグムをつかむと、くるりとまわして、まるで赤ん坊でもあつかうように、かるがる 背おってしまった。
                      「こうすりゃ、すこしはあたたかいだろ? ——ねむっちまいな。」
                       バルサは短枪と荷をチャグムの尻のしたにあてがって步きだした。はじめは、かたかったチャグムのからだが、やがて、やわらかくなった。重みをすべてバルサの背にあずげ、ほおをバルサのうなじにつけている。ねこんでしまったのだ。
                      (……ああ、ちくしょう。)
                       バルサは心のなかでため息をついた。とんでもないことにまきこまれてしまったものだ。
                       どんどん明るくなっていく山道を步きながら、バルサは生きのびるための手だてを考えていた。ともかく、人目がおおくなるまえに〈|扇ノ下《おうぎのしも》〉にはいらねばならない。バルサは足をはやめ、ぽつぽつと农民が朝仕事をはじめている_をぬけて、平民の街〈|扇ノ下《おうぎのしも》〉へとはいっていった。
                       步くたびに、かすかに土ぼこりがあがる道が、迷路のように街をめぐっている。しっかり计画されてつくられた〈|扇ノ中《おうぎのなか》〉や〈|扇ノ上《おうぎのかみ》〉とはちがい、人がふえるたびにつぎたされ、しだいにひろがってきた庶民の街〈|扇ノ下《おうぎのしも》〉は、ごちゃごちゃと路地やら水路やらがめぐる、わいざつで活气のある街であった。


                      16楼2007-07-13 22:57
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                        バルサは、店屋が轩をつらねる〈百轩通り〉の里にでた。店の里手は、石垣で|护岸《ごがん》された水路になっている。小舟ではこんできた商品を店の里からはこびいれるためだ。その水路にかかっている桥のしたの、わずかな土地には、ごくごく贫しい者たちの小屋がたっている。小屋といっても、桥を天井にして、桥げたからムシロをひっかけてたらした风よけだけで、夏场は蚊の大群になやまされ、冬场はしんしんと冷えこむ、ひどいところだった。
                         バルサは、あたりに人がいないのをたしかめてから、そのうちの一轩のまえにたった。
                        「おい、いるかね、ト—ヤ。」
                         |户布《とぬの》がわりのきたないムシロごしに声をかけると、ごそごそと人がうごく气配がして、やがて、ひょいっとムシロがあがった。やせこけた颜に、ぼさぼさの茶色い发。目ばかり大きい十五、六の少年がねむそうな颜をつきだし、バルサに气づくと、ぽかんと口をあけた。
                        「ありゃ、バルサさん! どうしたんです、こんなに朝はやく。」
                        「いれてくれないかね? ちょっとわけありで、人にみられたくないんだが。」
                        「そりゃ、もちろん。」
                         ト—ヤとよばれた少年は、あわてて身をひき、バルサをなかにいれた。壁がわりのムシロの、ところどころにあいている穴から朝日がさしこむ、うす暗い小屋のなかは、みごとにきたなかった。汗のにおいがむっとこもって息ぐるしい。ムシロを二枚しいた床に、ワラをつみあげただけの寝床があり、その寝床から、もうひとつ人影がむくっとおきあがった。ワラくずをいっぱい发にくっつけているが、なかなかよい颜だちをした少女だった。
                        「サヤ、おこしてすまないね。ちょっとよせてもらうよ。」
                         バルサがささやくように声をかけると、少女は、にっこりしてうなずいた。人の声で目がさめたのだろう、チャグムがみじろぎをしたので、バルサはそっと彼をしたにおろした。
                        「……ここは、どこじゃ。」
                         チャグムは颜をしかめて、小屋のなかをみまわしている。ト—ヤは、チャグムをみると、なんともいえぬ颜でバルサをみあげた。
                        「バルサさん、わけありって、贵族の息子でもかっさらっちまったんですか?」
                         バルサは头をかいた。
                        「そうじゃないが、事情は话せないんだよ。あんたたちはしらないほうがいいしね。すごく、やっかいなことでね。あんたのたすけが必要なんだよ。もちろん、それなりのお礼はするよ。」
                        「ちぇ、水くせえな、バルサさん。バルサさんのたのみなら、おらぁ、火のなか水のなかさ。」
                         バルサは、ふっとわらった。
                        「ありがとさん。この子は、あんたがさっしたとおり、かなり位の高い家の子なんだよ。ちょっと事情があって命をねらわれている。わたしは、この子の用心棒をたのまれたってわけさ。」
                        「ははぁ。」
                         バルサは、|えみ《__》をけし、じっとト—ヤをみつめた。
                        「よくおきき、わたしらとあったことを、ぜったい人にしられちゃいけない。わたしらがさったあともだよ。さもないと、わたしらだけじゃなく、あんたたちの命もなくなるよ。」
                         ト—ヤは、眠气がふきとんだように、まばたきした。
                        「こんな迷惑をかけたかぁないんだが、こっちも命がけなもんでね。そのかわり、今夜までここにかくまってくれたら、金货を二枚あげるよ。」
                         ト—ヤの大きな目が、おっこちそうなほどみひらかれた。金货一枚あったら、かるく二年はくらせる。二枚ときたら、彼には、ぼうっとなるほどの大金だった。お妃からかなりの额の报奖金をもらったし、まえの用心棒代もまだだいぶのこっていたので、バルサのふところはじゅうぶん以上にあたたかかった。迷惑をかけるト—ヤに、もっと金货をやってもかまわなかったのだが、おおすぎる金は、かえってめんどうをひきおこすものだ。
                        「ただし金货は来年の夏至までつかっちゃいけないよ。そのかわり铜货でも百枚やるからね。わかったね。しっかり约束しておくれよ。でないと、とんでもないことになる。」
                         手のうえに金货二枚と、铜货がずっしりはいった袋をおかれて、ト—ヤはしばらくぼうぜんと自分の手をみつめていた。
                        「梦じゃねえか……。」


                        17楼2007-07-13 22:57
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                          バルサは、われにかえってはねおきた。そして、すんでのところで、チャグムのからだをつかみ、外にでるのをとめた。チャグムは、目をとじたままバルサをみあげるようなしぐさをした。バルサは、チャグムのからだから、なんともいえぬにおいがただよっているのに气づいた。どこかで、かいだことのあるにおいだったが、なんのにおいか思いだせなかった。
                          「チャ、チャグム! チャグム!」
                           バルサはひっしでチャグムのからだをゆすり、目をさまさせようとした。チャグムは、ぐっぐっとうなり、つかのまけいれんするように身をふるわせると、目をひらいた。
                          「チャグム?」
                           チャグムは、目をしばしばして、けげんそうな颜でバルサをみあげた。
                          「あ、あんた、だいじょうぶかい?」
                           チャグムはうなずいた。自分がどこにいるのかわからないようすで、ぼうっとあたりをみまわしていたが、やがて、はっきり目をさましたらしく、
                          「ああ。」
                          と、つぶやいた。バルサは、まだ、全身に冷たい汗をかいていた。心脏がのどからとびだしそうにたかなっている。わ—ん……と外の物音がもどってくるのを感じて、はじめて、いままで外の音がきこえていなかったことに气づいた。
                          (冗谈じゃないよ……。)
                           バルサは、ひたいにういた汗をぬぐった。妃に话をきいたときには、そういうことがあるのか、とふしぎには思っても、たいしておそろしくはなかった。だが、话をきくのと、目でみるのとでは大ちがいだ。——バルサは、心底ふるえあがっていた。
                           用心棒として、かぞえきれぬほど|白刃《しらは》のしたをかいくぐり、肩から腹まで、ざっくりきられたこともある。これで最期か、と思ったことも一度や二度ではない。だが、これは、そういう死の恐怖とはちがう、わけのわからぬおそろしさだった。
                           バルサは、このとき、いままでたてていたにげる计画をすてた。ただにげるだけではけっしてたすからないだろうと、理屈ではなく直感でさとったのである。この子は、ほんとうになにかにやどられている。それが、帝に命をねらわれていることより、はるかに重大なことに思えてきた。
                          (たすけが必要だ。こりゃあ、わたしひとりの手におえることじゃあ、ない。)
                           きったはったの用心棒ならなんとかなるが、化け物があいてではどうしようもない。
                          「……チャグム、あんたいま、どんな梦をみていたんだい?」
                           チャグムは、目をほそめて考えこんだ。
                          「おぼえておらぬ。だが、いつもの梦だったと思う。——かえりたいから。」
                          「かえりたい? 母君のところへかい?」
                          「……ちがう。」
                           チャグムはちょっと口ごもり、それから、バルサをみあげた。
                          「目がさめておるときは、母君のところへかえりたい。だが、梦をみてるときは、どこかへ、どこか、青くて冷たい场所へかえりたいのじゃ。」
                          (そうだ……あれは、水のにおいだ。)
                           バルサは、はっと气づいた。さっき、青く光っているチャグムをだいたときかいだにおい……。
                          (でも、ただの水のにおいじゃない。どこだったか——どこかの、においだった。)
                           もどかしかったが、どうしても思いだせなかった。
                           外から足音がきこえた。バルサは、ぱっと短枪を手にとったが、すぐにかまえをといた。
                          「ただいま、おそくなっちまって、すいません。ぜんぶ买ってきましたよ。ついでに昼饭も买ってきましたからね。」
                           户布をもちあげながらト—ヤが阳气な声でいった。うしろからサヤもはいってきた。どさっどさっと荷を床におろして、彼らはこれが着物で、これが熊皮などとかぞえあげてくれた。
                          「まちがいないか、调べてくだせえ。」
                           そういってバルサをみて、ト—ヤは、ふしぎそうな颜をした。
                          「どうしたんです? 颜が青いですよ、バルサさん。」
                          「……え、いや、なんでもない。あんたたちを、追手かと思ったもんでね。」
                          「ああ、なるほど。そういや、街はおおさわぎでしたよ。なんでも〈|扇ノ上《おうぎのかみ》〉の二ノ宫が夜明けに燃えちまったんだそうです。」
                          「——役人や|卫士《えじ》が、だれかをさがしているようすはなかったかい?」
                          「いや、そんなようすはなかったな。ねんのために、サヤに土手のうえにいてもらって、おれのあとをつけてくるやつや、ここらをみはっているようなやつがいないか、たしかめたけど、だれもいなかったようですよ。な、サヤ、そうだよな。」
                           サヤは真剑な颜でうなずいた。
                          「そうかい、ありがとうよ。あんたたちは头がまわるんで、ほんとうにたすかるよ。」
                           ト—ヤたちはうれしそうな颜をした。


                          19楼2007-07-13 22:57
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                             4 はなたれた〈狩人〉たち


                             明日から〈|帝《みかど》の|影《かげ》〉にはいるように、という命令がつたえられるたびに、モンは身のうちをここちよい紧张がはしるのを感じる。モンという名は〈一〉を意味し、彼が〈|狩人《かりゅうど》〉の|头《かしら》であることをしめしている。だが、彼が〈狩人〉であることも、彼の名が意味することも、帝と圣导师、昨年亡くなった父と手下の〈狩人〉たちしかしらない。
                            〈狩人〉は、二百年まえ圣祖トルガル帝にしたがって水妖退治にいった、八人の武者の子孙である。ただし、その家系の者がすべて〈狩人〉として生きたわけではない。つねに一家の末の息子だけが〈狩人〉の技をうけつぎ、帝の|命《めい》にこたえてきたのだ。末の息子が父になり、また自分の末の息子に技をつたえる——そうやって、二百年がすぎたのだった。
                             また、〈狩人〉はかならず、おもてむきには|近卫士《このえじ》となって一生をすごしてきた。近卫士には、〈帝の盾〉とよばれる、ふつうの护卫の仕事と、〈帝の影〉とよばれる、人目につかぬ护卫のふたつの仕事がある。このきみょうな〈帝の影〉という仕事は、じつは〈狩人〉の存在を人にしられぬために、二百年まえに圣导师が考えだしたものであった。
                            〈狩人〉が仕事をするためには、长いあいだひそかにはたらかねばならない。ふつうの役人や武者などが长いあいだ休みをとっていたら、いったいなにをしているのかとあやしまれてしまうが、ひそかに帝をおまもりする〈帝の影〉についているのだ、といえば、あやしまれないからだ。——だから、〈帝の影〉にはいるように、と命令がくだったということは、モンたちにとっては、〈狩人〉としての仕事がはじまることを意味したのである。
                             モンは、ものごころついたころから、父に〈狩人〉の技をたたきこまれてきた。一击で人を杀せる技、人をさがす技、别人にばける技……。素手の武术はもちろんのこと、ひらめくようにすばやく长剑をあやつる独特の剑术や吹き矢まで、ありとあらゆる技をたたきこまれた。
                             父はたいてい夜中に、ひそかに技をおしえてくれた。モンはつらい修行につかれはて、なぜ自分だけがこんな目にあわねばならないのかと、父をうらんだこともある。夜中にけわしい山のなかを走らされても、朝はほかの兄弟たちとおなじにおこされる。ねおきがわるい、と母にしかられても、ほんとうのわけを话すこともできない。
                             だが、十五の成人の仪式のあと、贵族でさえ、なかなか目どおりをゆるされない帝によばれ、|御帘《みす》ごしではあるが、じきじきに、
                            「そなたは、〈狩人〉としてうまれた。人としてこれ以上の生き方はない。なぜなら、人にしられることはないが、〈狩人〉こそ、ほんとうにこの国をまもってきた英雄なのだから。」
                            と、お声をかけていただいたときには、からだじゅうがふるえた。
                             モンは十八のとき、帝の命をうけて、当时の左大臣を暗杀した。左大臣の寝间にしのびこみ、その头の一点を中指の关节で强くうって杀したのだ。こうすれば、うたれたアザは发にかくれてみえず、ねむっているうちに、ふいの病で死んだようにしかみえない。——自分のてのひらのうえに、がっくりと老人の头の重みがかかったとき、モンは、自分が〈狩人〉になったことを实感した。——すさまじい权势をほこっていた左大臣でさえ、自分にとっては、ただの获物にすぎないのだ、と思った。モンは、息たえた左大臣をみおろして、声をたてずにわらった。
                             しかし、さすがの彼も、帝から第二|皇子《おうじ》チャグムを事故にみせかけて杀すようめいじられたときにはおどろいた。けっして手をぬいたわけではないのだが、|皇子《おうじ》は二度とも暗杀の手からのがれ、彼はうまれてはじめての失败に|はらわた《____》がにえくりかえる思いをあじわった。
                             しかし、失败をつげたとき、圣导师はおどろくべき事情を、彼にあかした。
                            「失败をはじることはない。正直にあかせば、わしは、暗杀が失败することをみこして、あの计画をたてたのだ。——わしは、|皇子《おうじ》の命を危险にさらすことで、|皇子《おうじ》にやどったモノの正体をしろうとしたのだよ。モンよ、よくきくがよい。|皇子《おうじ》には、圣祖トルガル帝样が退治された、あの水妖とおなじモノがやどっているらしいのだ。とすれば、そなたには、祖先とおなじ使命があたえられることになるな。……なんと、名誉なことではないか。
                             父からきいておるだろうが、百年まえにも、やはり水妖がこの地にあらわれたらしい。だが、〈狩人〉たちが调べはじめたやさき、水妖の妖气にたえきれなかったのか、やどられた子は、からだをまっぷたつにひきさかれて死んだ。それきり、ここ百年というもの水妖のうわさはなかった。
                             ところが、それから百年目の今年、こんどは、こともあろうにチャグム|皇子《おうじ》に水妖がやどったらしいきざしがあらわれたのだ。——これは、水妖の复雠なのかもしれぬ。だとすれば、こんどこそ、われらは、水妖をかんぜんにほろぼさねばならぬ。


                            21楼2007-07-13 22:58
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                              2025-08-16 18:39:55
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                              「なるほど。そうか。一轩の店で、ぜんぶあつめるというわけには、いかんな。となると、どうしても、あちらこちらで买う必要がある。だが、|手代《てだい》やら子どもやらに手传わせて、买いあつめさせることは、さほどむずかしいことじゃないぞ。」
                               モンは、じっと考えていたが、やがて首をふった。
                              「……いいや。商人の线はうすいかもしれん。——理由はふたつある。ひとつは、そういうふうに店の者をつかって买い物をさせれば、かならずだれかから话がもれる。しじゅう、山越えの旅をしている商人なら、そういうそなえが必要になったと、买いにいかせることもできるだろうが、そうでなければ、使いにやられる者はだれだって、なんできゅうに、こんな物が必要になったのだ? と、ふしぎに思うだろう。」
                              「その使いの者にも、事情を话せば?」
                               ユンがきいたが、これには、モンだけでなく、ほかのふたりも首をふった。
                              「しかたがなければ、な。そうすることもある。だが、バルサのような、したたかな者なら、おおくの者に事情がしれればしれるほど、じつにたやすく话がもれてしまうことを、身にしみてしっているだろう。
                               それにな、わたしが商人の线がうすい、といった理由はもうひとつある。二ノ宫のお妃样が|皇子《おうじ》样をたくした、ということは、われらが|皇子《おうじ》样をねらっていることに、お妃样が气づいておられたということだ。とすれば、バルサにそれを语らなかったはずがない。
                               つまり、バルサはおわれていることをしっているのだぞ。わたしがバルサなら、自分が用心棒をしたことのある商人のような、まっさきに追手がたどるあいてをたよったりほしない。」
                               手下たちが、うなずいた。
                              「かといって、バルサには、计画をたてる时间なぞなかったはずだ。……どうだ、思いあたる者はいないか? なにか、バルサが思いつきそうなあいての话を、耳にはさまなかったか。」
                               手下たちは、じっと考えこんだが、だれも、これだと思える者を思いだせなかった。
                              「しかたがない。」
                               ついに、モンは思いきった。
                              「これは、|とき《__》との胜负だ。とにかく街にでろ。山越えの旅に必要な物を卖っていそうな店をさがし、バルサにかかわりのある者が、买いにこなかったかをさぐるしかない。……いけ!」
                               ジン、ゼン、ユンはうなずき、さっと街へちっていった。モン自身も、街へでた。
                               夜までが胜负だった。夜になれば、バルサは必要な物を手にいれて、山ににげこんでしまうだろう。おさない|皇子《おうじ》をつれているといっても、旅惯れているバルサのような者に、いったん山ににげこまれたら、みつけだすのはひどくむずかしくなる。
                               まるで、矢のようにときがすぎていき、あたりはどんどんうす暗くなっていく。あちらこちらで、店が户をしめる音がひびきはじめていた。
                               ついに、彼らが幸运にいきあたったのは、もうだめか、と思いはじめたころだった。
                               ジンは、うす暗くなり、足もともさだかでなくなった路地にはいって、ふと、一轩の店に气づいた。主人らしい男が、小さな店の轩先にひろげた|乾物《かんぶつ》を、てぎわよくかたづけはじめている。乾物屋には、日持ちのよい干し肉や|干《ほ》し|饭《い》があるので、目をつけねばならぬ店のひとつだった。——とはいえ、この街には、数十轩も乾物屋があるはずで、ジンは、主人のほうに步きながらも、もう、あわい期待さえ、いだいてはいなかった。
                              「や、もうしめちまうのかい、おやじさん。ちょっとだけ、买えないかね。」
                               ぼそぼそと无精髭をはやした主人が、ふりかえった。
                              「いいよ。なにが入り用なんだい。」
                               ジンは、ほっとした颜をしてみせた。
                              「たすかった。ここの干し肉は、なかなかいいってきいてきたんだよ。牛の肩肉の干し肉はないかね。ちょっと山越えの旅にでるんでね。日持ちのいいやつがほしいんだが。」
                               主人は鼻でわらった。
                              「干し肉ってのは、みんな日持ちはいいさね。だけど、牛の肩肉はもうねえよ。いつもなら、そんなに卖れるもんじゃねえのに、きょうはなんでこう、干し肉ばっかり卖れるんだろうな。」
                               ジンの胸に、かすかな期待がうまれた。
                              「ああ、そんなふうに、やたらにひとつの物ばっかり卖れるときがあるんだよな。そんなにおおぜい、干し肉を买いにきたのかい?」
                              「べつにおおぜいきたってわけじゃねぇ。きたのはひとりだけさ。だが、ごっそり买っていきやがったんだよ。ありゃ、たのまれ屋のガキだったからな。きっと山越えしてカンバルへかえる出かせぎ人夫たちにでもたのまれて、买いにきたんだろうよ。」
                              「たのまれ屋?」
                               头のすみで、なにかがひっかかった。|たのまれ屋のガキ《________》。——今朝、だれかが、たのまれ屋のガキという言叶を口にした。だれが? いや、なんの话で……。
                              「たのまれ屋っていえばきこえはいいが、|物乞《ものごい》さね。このうらの水路の|三ノ桥《さんのはし》のしたにねてる。なかなか、はしっこいガキで、气はいいやつだからな。それに妹が、物乞にしとくにゃもったいない、なかなかの美人……。」
                               ジンの脑里に、光がはしった。目のおくに、つばをとばしてしゃべる男の颜がうかんできた。事情通なのをみせたくて、べらべらしゃべっていた、あの商人。
                              「……バルサが卖りだしたのはね、物乞をたすけたときでね。ありゃ、すごかった。なかなかみられる物乞の娘っ子に、ちょっかいをだした恶どもを五人、あっというまに、やっつけちまって……。そう、それでね、そのたすけられた物乞のガキが、たのまれ屋をやってて、あっちこっちで、その话をしたもんでね、バルサの评判があがったってわけで……。」
                              (——これだ。)
                               ジンは、乾物屋の主人に、
                              「牛の肩肉がないんじゃ、しょうがない。また、よせてもらうよ。」
                              と、いうや、ぱっとかけだした。获物をみつけた兴奋が、全身にわきあがっていた。


                              23楼2007-07-13 22:58
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