「なるほど。そうか。一轩の店で、ぜんぶあつめるというわけには、いかんな。となると、どうしても、あちらこちらで买う必要がある。だが、|手代《てだい》やら子どもやらに手传わせて、买いあつめさせることは、さほどむずかしいことじゃないぞ。」
モンは、じっと考えていたが、やがて首をふった。
「……いいや。商人の线はうすいかもしれん。——理由はふたつある。ひとつは、そういうふうに店の者をつかって买い物をさせれば、かならずだれかから话がもれる。しじゅう、山越えの旅をしている商人なら、そういうそなえが必要になったと、买いにいかせることもできるだろうが、そうでなければ、使いにやられる者はだれだって、なんできゅうに、こんな物が必要になったのだ? と、ふしぎに思うだろう。」
「その使いの者にも、事情を话せば?」
ユンがきいたが、これには、モンだけでなく、ほかのふたりも首をふった。
「しかたがなければ、な。そうすることもある。だが、バルサのような、したたかな者なら、おおくの者に事情がしれればしれるほど、じつにたやすく话がもれてしまうことを、身にしみてしっているだろう。
それにな、わたしが商人の线がうすい、といった理由はもうひとつある。二ノ宫のお妃样が|皇子《おうじ》样をたくした、ということは、われらが|皇子《おうじ》样をねらっていることに、お妃样が气づいておられたということだ。とすれば、バルサにそれを语らなかったはずがない。
つまり、バルサはおわれていることをしっているのだぞ。わたしがバルサなら、自分が用心棒をしたことのある商人のような、まっさきに追手がたどるあいてをたよったりほしない。」
手下たちが、うなずいた。
「かといって、バルサには、计画をたてる时间なぞなかったはずだ。……どうだ、思いあたる者はいないか? なにか、バルサが思いつきそうなあいての话を、耳にはさまなかったか。」
手下たちは、じっと考えこんだが、だれも、これだと思える者を思いだせなかった。
「しかたがない。」
ついに、モンは思いきった。
「これは、|とき《__》との胜负だ。とにかく街にでろ。山越えの旅に必要な物を卖っていそうな店をさがし、バルサにかかわりのある者が、买いにこなかったかをさぐるしかない。……いけ!」
ジン、ゼン、ユンはうなずき、さっと街へちっていった。モン自身も、街へでた。
夜までが胜负だった。夜になれば、バルサは必要な物を手にいれて、山ににげこんでしまうだろう。おさない|皇子《おうじ》をつれているといっても、旅惯れているバルサのような者に、いったん山ににげこまれたら、みつけだすのはひどくむずかしくなる。
まるで、矢のようにときがすぎていき、あたりはどんどんうす暗くなっていく。あちらこちらで、店が户をしめる音がひびきはじめていた。
ついに、彼らが幸运にいきあたったのは、もうだめか、と思いはじめたころだった。
ジンは、うす暗くなり、足もともさだかでなくなった路地にはいって、ふと、一轩の店に气づいた。主人らしい男が、小さな店の轩先にひろげた|乾物《かんぶつ》を、てぎわよくかたづけはじめている。乾物屋には、日持ちのよい干し肉や|干《ほ》し|饭《い》があるので、目をつけねばならぬ店のひとつだった。——とはいえ、この街には、数十轩も乾物屋があるはずで、ジンは、主人のほうに步きながらも、もう、あわい期待さえ、いだいてはいなかった。
「や、もうしめちまうのかい、おやじさん。ちょっとだけ、买えないかね。」
ぼそぼそと无精髭をはやした主人が、ふりかえった。
「いいよ。なにが入り用なんだい。」
ジンは、ほっとした颜をしてみせた。
「たすかった。ここの干し肉は、なかなかいいってきいてきたんだよ。牛の肩肉の干し肉はないかね。ちょっと山越えの旅にでるんでね。日持ちのいいやつがほしいんだが。」
主人は鼻でわらった。
「干し肉ってのは、みんな日持ちはいいさね。だけど、牛の肩肉はもうねえよ。いつもなら、そんなに卖れるもんじゃねえのに、きょうはなんでこう、干し肉ばっかり卖れるんだろうな。」
ジンの胸に、かすかな期待がうまれた。
「ああ、そんなふうに、やたらにひとつの物ばっかり卖れるときがあるんだよな。そんなにおおぜい、干し肉を买いにきたのかい?」
「べつにおおぜいきたってわけじゃねぇ。きたのはひとりだけさ。だが、ごっそり买っていきやがったんだよ。ありゃ、たのまれ屋のガキだったからな。きっと山越えしてカンバルへかえる出かせぎ人夫たちにでもたのまれて、买いにきたんだろうよ。」
「たのまれ屋?」
头のすみで、なにかがひっかかった。|たのまれ屋のガキ《________》。——今朝、だれかが、たのまれ屋のガキという言叶を口にした。だれが? いや、なんの话で……。
「たのまれ屋っていえばきこえはいいが、|物乞《ものごい》さね。このうらの水路の|三ノ桥《さんのはし》のしたにねてる。なかなか、はしっこいガキで、气はいいやつだからな。それに妹が、物乞にしとくにゃもったいない、なかなかの美人……。」
ジンの脑里に、光がはしった。目のおくに、つばをとばしてしゃべる男の颜がうかんできた。事情通なのをみせたくて、べらべらしゃべっていた、あの商人。
「……バルサが卖りだしたのはね、物乞をたすけたときでね。ありゃ、すごかった。なかなかみられる物乞の娘っ子に、ちょっかいをだした恶どもを五人、あっというまに、やっつけちまって……。そう、それでね、そのたすけられた物乞のガキが、たのまれ屋をやってて、あっちこっちで、その话をしたもんでね、バルサの评判があがったってわけで……。」
(——これだ。)
ジンは、乾物屋の主人に、
「牛の肩肉がないんじゃ、しょうがない。また、よせてもらうよ。」
と、いうや、ぱっとかけだした。获物をみつけた兴奋が、全身にわきあがっていた。