娘と夕食した後入浴し、日課である娘の漢字の宿題をやり終えると、時計は早十時半になろうとしていた。日本へ来てからというもの、夫はいつも出張で、この二日間もまた帰らず、家にはただ蘭玉と娘の二人だけである。
中译:
《 二 》
与女儿吃过晚饭,洗好澡,做完每天定好的,女儿的汉字作业后,已快十点半了。来日本这些日子,先生常常要到远地儿跑外勤。这不,丈夫这两天又出差了,家里只剩她们娘儿俩。
娘を寝つかせた後でも、蘭玉は少しも眠る気になれなかった。
「もしかしたら今日は濃いお茶を飲み過ぎたかしら?」そんなことをあれこれ考えているうちに、夕暮れに見たあの花が、彼女の瞳の奥ををよぎり始めた。「あの花は確かに何処かで見たことがあるわ...」
彼女は思い出した。「ああ、区の裁判所のバルコニーの上だわ。」
中译:
兰造让女儿躺下睡着后,自己却毫无睡意。“是今天的茶喝多了吗?”她心里在想。傍晚时看到的那些花儿不由得又在眼前晃动起来:“这花一定在哪见过……”
“啊!是在区法院法庭的窗台上……”
蘭玉の脳裏にあのときのあの花の記憶が鮮やかに甦った。
あの花も、今日みたいに艶やかだった。血の雫ようにとても赤くて、まるで鞠や灯籠のような形をしいて、華やかで高貴な姿の中に愁いと悲しみを漂わせていた。
続いて彼女は若い裁判官がその花の名を教えてくれたことを思い出した。それは彼岸花、また仏典では曼珠沙華とも言う。伝説では天上に咲く花で、花が咲くときには葉が見えず、葉が出るときには花が見えず、この花を見た人は誰しも業が取り除かれる。しかし彼岸花は人がこの世を去った時、黄泉へ行く道に咲く花である。人はその人生の最後にこの血のように鮮やかな紅い彼岸花の花道を歩むのです。そして幽冥の地の彼方へ向かうのだ。
それから彼はこんなことも語った。夫婦が共に人生の彼岸まで歩むというのは、本当に容易なことではない。特に今のような社会では云々。
中译:
兰造终于想起这花儿名来了。
她突然清晰的记得:那簇花也是那样的茎苇翠绿、花球挺拔,这般的鲜,这样的红,雍容华贵之中又见哀婉忧郁之气,像个个大红灯笼和滴血似的。
她仿佛还记起年轻的审判员告诉过她,那叫彼岸花。佛典中也称曼珠沙华,说是天上开的花,开花时不见叶,见叶时不开花。凡见此花者,邪恶自除去……不过,彼岸花也是开在黄泉路上的花朵,人生最终的归宿就是踏着这血红色彩的彼岸花的花道,走向幽冥之地的彼岸……好像还说,夫妻能共同走到人生的彼岸实在不易。尤其是今日的社会等那样的话来着。
蘭玉より先に来日し留学していた前夫とは、別れてから五年余りの春が過ぎていた。その当時、日本では区役所へ離婚届けを出し、更に国へ帰ってから離婚手続きして、同じことを二重繰り返した。彼女は自分のように日本に来てから別れる華人夫婦が少なくないことを知っていた。
離婚する前の晩、蘭玉は大いに泣いた。
中译:
兰造跟比她先来日本留学的前夫分手,是五年多前的春天。先是一起到日本政府的区役所办了离婚证,然后,再回国内法院补办的,那种双重的离婚手续。她知道,像她这样的来日本后才各分东西的华人家庭实在是不少。