夜のベランダに立つと、冷たい風が頬を撫でる。スマホの画面には、もう届かないメッセージが凍りついている。あの日、桜が散り急ぐ駅のホームで、君は「季節が巡ればまた会える」と言った。でも季節は三周りしても、僕らはすれ違うばかりだった。
鞄の奥から見つけた古い写真。修学旅行で写した富士山の前に、制服の襟を乱した君が笑っている。あの時、シャッターを切る瞬間に「好きだ」と叫べばよかった。今はシャッター音さえ、胸に刺さる針のように疼く。
喫茶店の窓に雨筋が走る日、君がよく飲んでいたカプチーノの泡を思い出す。偶然の再会で手が触れた時、君の指には見知らぬ指輪が光っていた。僕は「おめでとう」と言いながら、コーヒーカップの底に沈んだ砂糖のように、甘さの残滓を味わっていた。
図書館の薄暗い書架の間で、君の名前を探す癖が抜けない。貸出カードに並んだ他人の名前を見るたび、あの冬に君が残していった『ノルウェイの森』のページをめくる指先を思い出す。本のしおりに挟んだ想いは、永遠に未完成の小説のようだ。
花火大会の夜、浴衣の袖が触れ合うたびに震えた手。線香花火が最後の輝きを散らす瞬間、打ち上げ花火が夜空を染める直前、君の唇が動いた言葉は爆発音にかき消された。あの声の形を、今も星座の間で探している。
駅の改札で時計を見上げるたび、人生のダイヤは狂ったままだと気付く。君と過ごすはずだった未来の時刻表は、雨に滲んだメモのように色褪せ、指で触れると崩れ落ちる。
でもふと気付くのだ。この胸に空いた空洞こそが、君が確かに存在した痕跡だと。月が欠けるほどに美しいように、完結しない物語ほど記憶に刻まれるのだと

