访谈原文:
1. まず、どのようにしてコナミに採用されたのか、そして「セクシーパロディウス」のようなタイトルに取り組んでいた初期の頃はどのようなものでしたか?
SHUTARO: プログラム作品を提出して採用されました。
「セクシーパロディウス」がまさにそうですが新人の頃はアーケードからの移植をしていました。
他には忙しいチームのヘルプなどもしていました。
新規タイトルでも途中参加のヘルプばかりで最初から最後までプロジェクトに携わりた いと思っていました。
この時期はゲームデザインに携わっていません。
2. 最初の『悪魔城ドラキュラ』タイトルは『哀しみのアリア』でしたが、どのようにして伊賀チームと仕事をするようになったのですか?
SHUTARO:
他プロジェクトで「Symphony of the Night」のゲームデザインをされた古川さんと一緒に仕事をしてゲームデザインの基本を教えていただきました。
それがきっかけでIGAさんと一緒に仕事をすることになりました。
古川さんが退社されたこともあり「Aria of Sorrow」では当時のディレクターがゲームデザインを私に自由にやっていいと任せてくれました。
私はプログラムもしながら、プレイヤーの仕様、ソウル、敵、ギミック、アイテムなど構成の全リストを作成。
それらをどう使ってどうクリアするか、というゲームデザインをこのタイトルで初めてしました。調整、配置も私がしました。
バロールは私が考えて初めて実装された(プログラムも私なので実装した)ボスだったりします。
作品が好評だったこともあり、その後の作品でもゲームデザイン、そして企画立案、世界設定、ストーリーと仕事が増えていくことになります。
3. あなたは『Lament of Innocence』のようなゲームで敵のプログラマーとしても活躍しました。 2D ゲームと比較して、3D プロジェクトに取り組む際に直面した課題は何ですか?
SHUTARO:
私は途中参加でした。
参加時に感じた個人的な課題、というか感想はゲームサイクルが単調である事と、3Dをもっと生かしたレベルデザインの方がいいという事でした。
カメラの問題も感じており参加時にレベルデザインを含めて変える提案をしましたが、プロジェクトがかなり進行していたので案は通りませんでした。
参加時のレオンは同じ攻撃を3回することしかできず、お世辞にも多彩なアクションができる主人公ではありませんでした。
そこでいくつかのアクションを提案して足してもらったりしました。パーフェクトガードやコンボは私が提案して足してもらった仕様です。
後はボスの仕様を考えたり、敵を勝手に増やしたりはしましたが、ゲームデザインをしたと言えるほどの事はしていません。
プログラマとしてはかなり余裕のあるスケジュールでした。
「Aria of Sorrow」は余裕のないスケジュールだったので少し羨ましかった記憶があります。
4. あなたが携わったすべての悪魔城ドラキュラ ゲームの中で、お気に入りのものはありますか?
SHUTARO:
DS2作目の「Portrait of Ruin」です。
ゲームデザインだけでなくキャラクター世界設定も含めて初めて私が考えたストーリー 設定が作品になったので思い入れがあります。
といっても「Aria of Sorrow」や「Dawn of Sorrow」でも一部のセリフや主人公はカレー好きなど勝手に入れた設定はありますし、フレーバーテキストも私が書いています。
漫画ネタも好きでよく入れていました。ユリウスモードも原作は私ではあるのですが本編のストーリー設定をしたことが嬉しかったと記憶しています。
キャラクターだとやはりシャノアが気に入っています。
蒼真は生んだキャラというより育てたキャラですが、ジョナサンやシャノアは私が生んだキャラだと言えるからです。
5. コナミで働いていて一番楽しかったことは何ですか?
SHUTARO:
制作という意味では「Dawn of Sorrow」のユリウスモードを作った時は楽しかったです。
「Aria of Sorrow」のユリウスモードは思いつきで作りましたが、このモードは前もって私が考え、話もこんな感じでやりたいとIGAさんに伝えていました。
実はプログラムは私一人で1週間くらいで作りました。
システム1日、キャラ一人1日、ボス1日、調整1日くらいです。
最後はチームでデバッグするのですがチームの何人かは本編よりも好きと言ってこのモ ードばかり遊んでいました。
後は2chの見ていた板にスレが立ったことでしょうか。
6. どのようにして敵のプログラマーからディレクターに転身したのですか?
SHUTARO:
前作「Aria of Sorrow」でゲームデザインとメインプログラムをしたこともあり、DS1作目の「Dawn of Sorrow」の最初はIGAさんと私の二人しかいない状態で企画を進めていました。
話はIGAさんが考え、私がゲームの仕様をスタートからエンディングまでほぼ全要素をこの時期に一人で考えました。
(ちなみにタッチペン魔法陣は後から入れてくれと言われて断ったのですが、どうしてもということで嫌々入れました)。
私の考える遊びの展開にIGAさんが話を合わせてくれることも多く、今思うと楽しい時間だったと思います。
IGAさんにそれでいこうと許可を貰った後にチームが結成されました。
その時にディレクターが来たのですが、そこまで私のアイディアで決まった後だとどうしても私が全体の指示を出す事になりました。
実質的に私がディレクションをする状況になっていたのです。
DS作品は、この後の作品も私の企画で作る事になったため、結果同じように私はメインプログラマという立場のまま実質的にはディレクションもする状況でした。
立場だけが後から遅れてきた感じです。
ただ表向きはディレクターではなかったので「Dawn of Sorrow」「Portrait of Ruin」でイラストを文美先生から変更するということに相当苦情を出しましたが譲ることになりました。
こちらもディレクターよりアートディレクターが仕切っていました。今でもこの時のアートディレクターにお会いすると当時の文句がでてしまいますね(笑)。
当時の会社ではディレクターがゲームデザインやディレクションをしておらず、今でいうプロジェクトマネージャーをしているチームが割とあったこともあります。
ディレクターという立場と役割が一致しないチームがあった時代でした。
クレジットも適当な場合があり「Order of Ecclesia」のクレジットに載っているアシスタントディレクターは制作に関与していない本当にアシスタント業務をしていた方だったりします。
7. あなたが携わった 3 つのニンテンドー DS タイトルのうち、『オーダー オブ エクレシア』は『悪魔城ドラキュラ 2: シモンズ クエスト』 (ドラキュラ 2: ノロイの封印) に似ていると感じました。これは意図的な選択だったのでしょうか?
SHUTARO:
上記作品をあまり意識はしていませんが、この作品で私の掲げたテーマは「ステージクリアタイプとの融合」と「硬派」であることでした。
「Order of Ecclesia」の思い出なのですが、グリフシステムがなんとなく見えてきた時、
「どんなグリフがあるのかを考えるのは私でいいけど名前を考えるのは苦手だから他の人がやってくれないでしょうか?」とチームに確認しました。
その時、チーム員の何人かは「名前くらいこっちでつけますよ」と言ってくれたのですが結局誰も手伝ってくれなかったので私は結局一人でグリフに名前を付ける事になりました(笑)。
1. まず、どのようにしてコナミに採用されたのか、そして「セクシーパロディウス」のようなタイトルに取り組んでいた初期の頃はどのようなものでしたか?
SHUTARO: プログラム作品を提出して採用されました。
「セクシーパロディウス」がまさにそうですが新人の頃はアーケードからの移植をしていました。
他には忙しいチームのヘルプなどもしていました。
新規タイトルでも途中参加のヘルプばかりで最初から最後までプロジェクトに携わりた いと思っていました。
この時期はゲームデザインに携わっていません。
2. 最初の『悪魔城ドラキュラ』タイトルは『哀しみのアリア』でしたが、どのようにして伊賀チームと仕事をするようになったのですか?
SHUTARO:
他プロジェクトで「Symphony of the Night」のゲームデザインをされた古川さんと一緒に仕事をしてゲームデザインの基本を教えていただきました。
それがきっかけでIGAさんと一緒に仕事をすることになりました。
古川さんが退社されたこともあり「Aria of Sorrow」では当時のディレクターがゲームデザインを私に自由にやっていいと任せてくれました。
私はプログラムもしながら、プレイヤーの仕様、ソウル、敵、ギミック、アイテムなど構成の全リストを作成。
それらをどう使ってどうクリアするか、というゲームデザインをこのタイトルで初めてしました。調整、配置も私がしました。
バロールは私が考えて初めて実装された(プログラムも私なので実装した)ボスだったりします。
作品が好評だったこともあり、その後の作品でもゲームデザイン、そして企画立案、世界設定、ストーリーと仕事が増えていくことになります。
3. あなたは『Lament of Innocence』のようなゲームで敵のプログラマーとしても活躍しました。 2D ゲームと比較して、3D プロジェクトに取り組む際に直面した課題は何ですか?
SHUTARO:
私は途中参加でした。
参加時に感じた個人的な課題、というか感想はゲームサイクルが単調である事と、3Dをもっと生かしたレベルデザインの方がいいという事でした。
カメラの問題も感じており参加時にレベルデザインを含めて変える提案をしましたが、プロジェクトがかなり進行していたので案は通りませんでした。
参加時のレオンは同じ攻撃を3回することしかできず、お世辞にも多彩なアクションができる主人公ではありませんでした。
そこでいくつかのアクションを提案して足してもらったりしました。パーフェクトガードやコンボは私が提案して足してもらった仕様です。
後はボスの仕様を考えたり、敵を勝手に増やしたりはしましたが、ゲームデザインをしたと言えるほどの事はしていません。
プログラマとしてはかなり余裕のあるスケジュールでした。
「Aria of Sorrow」は余裕のないスケジュールだったので少し羨ましかった記憶があります。
4. あなたが携わったすべての悪魔城ドラキュラ ゲームの中で、お気に入りのものはありますか?
SHUTARO:
DS2作目の「Portrait of Ruin」です。
ゲームデザインだけでなくキャラクター世界設定も含めて初めて私が考えたストーリー 設定が作品になったので思い入れがあります。
といっても「Aria of Sorrow」や「Dawn of Sorrow」でも一部のセリフや主人公はカレー好きなど勝手に入れた設定はありますし、フレーバーテキストも私が書いています。
漫画ネタも好きでよく入れていました。ユリウスモードも原作は私ではあるのですが本編のストーリー設定をしたことが嬉しかったと記憶しています。
キャラクターだとやはりシャノアが気に入っています。
蒼真は生んだキャラというより育てたキャラですが、ジョナサンやシャノアは私が生んだキャラだと言えるからです。
5. コナミで働いていて一番楽しかったことは何ですか?
SHUTARO:
制作という意味では「Dawn of Sorrow」のユリウスモードを作った時は楽しかったです。
「Aria of Sorrow」のユリウスモードは思いつきで作りましたが、このモードは前もって私が考え、話もこんな感じでやりたいとIGAさんに伝えていました。
実はプログラムは私一人で1週間くらいで作りました。
システム1日、キャラ一人1日、ボス1日、調整1日くらいです。
最後はチームでデバッグするのですがチームの何人かは本編よりも好きと言ってこのモ ードばかり遊んでいました。
後は2chの見ていた板にスレが立ったことでしょうか。
6. どのようにして敵のプログラマーからディレクターに転身したのですか?
SHUTARO:
前作「Aria of Sorrow」でゲームデザインとメインプログラムをしたこともあり、DS1作目の「Dawn of Sorrow」の最初はIGAさんと私の二人しかいない状態で企画を進めていました。
話はIGAさんが考え、私がゲームの仕様をスタートからエンディングまでほぼ全要素をこの時期に一人で考えました。
(ちなみにタッチペン魔法陣は後から入れてくれと言われて断ったのですが、どうしてもということで嫌々入れました)。
私の考える遊びの展開にIGAさんが話を合わせてくれることも多く、今思うと楽しい時間だったと思います。
IGAさんにそれでいこうと許可を貰った後にチームが結成されました。
その時にディレクターが来たのですが、そこまで私のアイディアで決まった後だとどうしても私が全体の指示を出す事になりました。
実質的に私がディレクションをする状況になっていたのです。
DS作品は、この後の作品も私の企画で作る事になったため、結果同じように私はメインプログラマという立場のまま実質的にはディレクションもする状況でした。
立場だけが後から遅れてきた感じです。
ただ表向きはディレクターではなかったので「Dawn of Sorrow」「Portrait of Ruin」でイラストを文美先生から変更するということに相当苦情を出しましたが譲ることになりました。
こちらもディレクターよりアートディレクターが仕切っていました。今でもこの時のアートディレクターにお会いすると当時の文句がでてしまいますね(笑)。
当時の会社ではディレクターがゲームデザインやディレクションをしておらず、今でいうプロジェクトマネージャーをしているチームが割とあったこともあります。
ディレクターという立場と役割が一致しないチームがあった時代でした。
クレジットも適当な場合があり「Order of Ecclesia」のクレジットに載っているアシスタントディレクターは制作に関与していない本当にアシスタント業務をしていた方だったりします。
7. あなたが携わった 3 つのニンテンドー DS タイトルのうち、『オーダー オブ エクレシア』は『悪魔城ドラキュラ 2: シモンズ クエスト』 (ドラキュラ 2: ノロイの封印) に似ていると感じました。これは意図的な選択だったのでしょうか?
SHUTARO:
上記作品をあまり意識はしていませんが、この作品で私の掲げたテーマは「ステージクリアタイプとの融合」と「硬派」であることでした。
「Order of Ecclesia」の思い出なのですが、グリフシステムがなんとなく見えてきた時、
「どんなグリフがあるのかを考えるのは私でいいけど名前を考えるのは苦手だから他の人がやってくれないでしょうか?」とチームに確認しました。
その時、チーム員の何人かは「名前くらいこっちでつけますよ」と言ってくれたのですが結局誰も手伝ってくれなかったので私は結局一人でグリフに名前を付ける事になりました(笑)。










