紫、青、紅、白……。水滴をたたえた色とりどりのアジサイが薄日に輝く。岩手県一関市で今年も「みちのくあじさい園」が開幕した。園主伊藤達朗さん(78)が三十数年前、所有する杉林に植え始め、いまや東京ドーム3個分の広さに咲き誇る▼小ぶりで楚々(そそ)とした花が多い。日本固有のものを中心にざっと400種。伊藤さんは「在野のアジサイ研究家だった山本武臣(たけおみ)さんから145種も分けていただきました」。山本氏は日本アジサイ協会の初代会長。東京都内の自宅で研究と栽培に努め、18年前に亡くなった▼気むずかしい面もあったが、花を愛する人に支援を惜しまなかった。「山本氏は50歳で不動産業に失敗し、人生のどん底でアジサイに慰められた。以降はアジサイ一筋でした」▼山本氏の研究によれば、園芸の栄えた江戸期にもアジサイは傍流に甘んじた。「花の色が変わるのが不気味」「散り際が悪い」と嫌われた。梅雨どきの主役に列せられたのは戦後になってから。「アジサイは出世の遅い花」が口癖だったという▼勧められて、山本氏の著作『あじさいになった男』を読んでみた。少年期から病弱で、世の中とうまく折り合えない男性が、花と出会って魂の救済を得る。小説仕立てではあるが、さながら一編の自叙伝だった▼園内には山本氏から譲られた貴重種を一望できる区画がある。世俗の栄達や名利とは無縁だったかもしれないが、自著の題そのままにアジサイと一体化した人の、晩年の心の充実を思った。