ペトラの奮闘も、その台本の枠組みから抜け出せない程度の徳いモノでしかない。それ
がわかっていたから、ロズワールも安心して悪巧みができる。
「… ...やっぱり、旦那様のこと、嫌いです」
「———その旦那様を目の前にして、ずいぶんとすごいことを言うね1ぇ」
正面、ペトラの言葉を真っ向から受け、ロズワールは愉快そうに唇を緩めていた。
会食の席へ移動した有力者たちに遅れて、ロズワールは親類であるアンネローゼと話が
あると前の部屋に残っていた。その話し合いが終わり、会食の部屋へ向かう途中、廊下で
ばったりとベトラと出くわしたというわけだ。
「あら、ベトラではありませんの。小父様の嫌がらせにも負けじと、素晴らしい演説でし
たわ。エミリーのこと、よく見ていますのね」
「アンネローゼ様……」
と、ロズワールの背後、ひょこっと顔を出したのがアンネローゼだ
御年十成になるアンネローゼは、しかしその年齢に見合わぬ気品と風格の持ち主で、ふ
ざけたロズワール以上に貴族らしい貴族とベトラの目には映った。
年下ではあるが、尊敬できる。だから、素直にペトラは恭しく頭を下げた。
「ありがとうございます、アンネローゼ様。ですが……」
「——結果がどう定まっていようと、あなたの行いの尊さが薄れるわけではありませんわ。
堂々と胸をお張りなさい、ベトラ。わたくしがそれを許します」
そう言って、アンネローゼは「この小父様に代わって」とロズワールの脇を折った。そ
の行為に、二人の少女を敵に回したロズワールが苦笑する。
「わかっていたことだが、すっかり悪者だーぁね」
「当然ですのよ。小父様の今日の功績は、ペトラの口からエミリーの素晴らしさを語らせ
た一点と、最高の料理人であるディアス氏を招したことだけですわ
「あ、ディアス·レプンツォ·エェレマンソ·オプレーン·ファ
「ペトラもご存知でしたの?」
「えーっと、さっき、庭でちょっと会ったので……」
ふと、ペトラの脳裏に蘇ったのはずいぶんと大仰な喋り方をする小柄な少女だった。長
くて仰々しい名前だったが、印象的だったのでかろうじて覚えている。
思い返せば、確かに彼女は晩餐を作る料理人との評判だったようで。
「有名な方なんですか?」
「有名だなんてとんでもありませんわ! その料理の味で戦争を食い止め、龍があまりの
美味に逆鱗を撫でられたことを忘れたと、そんな伝説がある料理人ですのよ!」
前のめりになるアンネローゼだが、それが全部本当だったらすごい料理人というより、
魔法使いか何かのようだ。やっぱり訂正する。すごい魔法使いの代表は、ペトラにとって
この世界で一番嫌いな人なのだから。
「実は以前、屋敷に招いたこともあってねーえ。 こうしてアンネローゼが喜んでくれ
ソバルム六世さん?」
であれば、私も無理して捜した甲斐があった。楽しんでくれたまーぁえよ」
「———?」
アンネローゼの頭を撫でて、ロズワールが優しい口調で言った。これで、ロズワールな
りにアンネローゼのことは可愛いらしく、彼女への態度はこんな調子だ。
ペトラはそれを、ベアトリスに向ける偏愛と似たものと認識している。
ただ、ペトラが一瞬、違和感を覚えたのはロズワールの歪んだ愛情にではなく———
「どうして、旦那様はそんな他人事みたいに仰るんですか?」
aふと、気になったのはロズワールの他人事のような態度だった。
美味の予感に目を輝かせるアンネローゼの隣で、ロズワールはまるで自分がそうした枠
組みの外にいるような顔と声で、そう言っていた。
「なに、話は簡単だよ。———私には味覚がないのでね。料理の味は楽しめないわけさ」
「…え?」
思いがけない、どころの話ではなかった。
それは文字通り、ペトラにとっては天地がひっくり返るかと思うほど衝撃的な話だった。
———味覚がない、とはどういうことか。つまり、味がわからないということか。
-味覚がない、とはどういうことか。つまり、味が、
「い、いつから……」
「それこそ、君が生まれるよりずっと前からだーぁよ。気に病むことはない。現に、これ
まで君たちに気付かせることはなかったろう?」
がわかっていたから、ロズワールも安心して悪巧みができる。
「… ...やっぱり、旦那様のこと、嫌いです」
「———その旦那様を目の前にして、ずいぶんとすごいことを言うね1ぇ」
正面、ペトラの言葉を真っ向から受け、ロズワールは愉快そうに唇を緩めていた。
会食の席へ移動した有力者たちに遅れて、ロズワールは親類であるアンネローゼと話が
あると前の部屋に残っていた。その話し合いが終わり、会食の部屋へ向かう途中、廊下で
ばったりとベトラと出くわしたというわけだ。
「あら、ベトラではありませんの。小父様の嫌がらせにも負けじと、素晴らしい演説でし
たわ。エミリーのこと、よく見ていますのね」
「アンネローゼ様……」
と、ロズワールの背後、ひょこっと顔を出したのがアンネローゼだ
御年十成になるアンネローゼは、しかしその年齢に見合わぬ気品と風格の持ち主で、ふ
ざけたロズワール以上に貴族らしい貴族とベトラの目には映った。
年下ではあるが、尊敬できる。だから、素直にペトラは恭しく頭を下げた。
「ありがとうございます、アンネローゼ様。ですが……」
「——結果がどう定まっていようと、あなたの行いの尊さが薄れるわけではありませんわ。
堂々と胸をお張りなさい、ベトラ。わたくしがそれを許します」
そう言って、アンネローゼは「この小父様に代わって」とロズワールの脇を折った。そ
の行為に、二人の少女を敵に回したロズワールが苦笑する。
「わかっていたことだが、すっかり悪者だーぁね」
「当然ですのよ。小父様の今日の功績は、ペトラの口からエミリーの素晴らしさを語らせ
た一点と、最高の料理人であるディアス氏を招したことだけですわ
「あ、ディアス·レプンツォ·エェレマンソ·オプレーン·ファ
「ペトラもご存知でしたの?」
「えーっと、さっき、庭でちょっと会ったので……」
ふと、ペトラの脳裏に蘇ったのはずいぶんと大仰な喋り方をする小柄な少女だった。長
くて仰々しい名前だったが、印象的だったのでかろうじて覚えている。
思い返せば、確かに彼女は晩餐を作る料理人との評判だったようで。
「有名な方なんですか?」
「有名だなんてとんでもありませんわ! その料理の味で戦争を食い止め、龍があまりの
美味に逆鱗を撫でられたことを忘れたと、そんな伝説がある料理人ですのよ!」
前のめりになるアンネローゼだが、それが全部本当だったらすごい料理人というより、
魔法使いか何かのようだ。やっぱり訂正する。すごい魔法使いの代表は、ペトラにとって
この世界で一番嫌いな人なのだから。
「実は以前、屋敷に招いたこともあってねーえ。 こうしてアンネローゼが喜んでくれ
ソバルム六世さん?」
であれば、私も無理して捜した甲斐があった。楽しんでくれたまーぁえよ」
「———?」
アンネローゼの頭を撫でて、ロズワールが優しい口調で言った。これで、ロズワールな
りにアンネローゼのことは可愛いらしく、彼女への態度はこんな調子だ。
ペトラはそれを、ベアトリスに向ける偏愛と似たものと認識している。
ただ、ペトラが一瞬、違和感を覚えたのはロズワールの歪んだ愛情にではなく———
「どうして、旦那様はそんな他人事みたいに仰るんですか?」
aふと、気になったのはロズワールの他人事のような態度だった。
美味の予感に目を輝かせるアンネローゼの隣で、ロズワールはまるで自分がそうした枠
組みの外にいるような顔と声で、そう言っていた。
「なに、話は簡単だよ。———私には味覚がないのでね。料理の味は楽しめないわけさ」
「…え?」
思いがけない、どころの話ではなかった。
それは文字通り、ペトラにとっては天地がひっくり返るかと思うほど衝撃的な話だった。
———味覚がない、とはどういうことか。つまり、味がわからないということか。
-味覚がない、とはどういうことか。つまり、味が、
「い、いつから……」
「それこそ、君が生まれるよりずっと前からだーぁよ。気に病むことはない。現に、これ
まで君たちに気付かせることはなかったろう?」













