逆巻く烈風。生と死の錯綜。
紅蓮に舞った血の華が、すれ違う剣士と槍兵の間隙で艶やかに咲き乱れ――そして刹那のうちに散る。
駆け抜けたセイバーの静止と、両者の反転とは同時だった。
ともにいまだ直立し、敵と対峙する意志を失わない。二人の英霊は健在である。
決着を先送りにしたのは、土壇場で趨勢を判じたセイバーの即断が、かろうじて突撃の軌道をごく僅かに傾かせ得るタイミングだったが故だ。
結果、セイバーを串刺しにせんと待ちかまえていた黄色の短槍は、胸ではなく左腕を換るに留まり、同時に彼女が振り上げた黄金の剣もまた浅く流れてランサーの急所を外した。斬撃の切っ先が捉えたのは、ランサーの左腕……奇しくも両者の負傷は同じ部位である。
だが、果たしてダメージの応酬は等価であったのか否か。
「つくづく、すんなり勝たせてはくれんのか。……良いがな。その不屈ぶりは」
ざっくりと肘裏を挟った傷を意に介さぬかのように、ランサーは棲槍の笑みでセイバーを見据えている。果たしてランサーの負傷は、まるでフィルムの逆回しを見るかのように、誰に触れられることもなく閉じ合わさり癒着して、痕も残さずに消失してしまった。サーヴァントの自己治癒能力としても有り得ぬ回復のスピードは、身を隠したまま勝負を見守る彼のマスターが、治癒魔術を施したのであろう。
そんなランサーとは裏腹に、セイバーの端正な美貌は苦痛と焦燥を隠せずにいた。
ただ宙に浮いていただけのランサーの槍と、柄を両の手に掴まれていたセイバーの剣とでは、当然のように威力が違う。セイバーの下腕に穿たれた短槍の傷跡は、ランサーに比べて軽傷である。すくなくとも外見上は。
「……アイリスフィール、私にも治癒を」
「かけたわ! かけたのに、そんな……」
傷を負った当のセイバーよりも、援護するアイリスフィールはさらに狼狽を露わにしていた。
魔術師としてのアイリスフィールはまぎれもなく一級である。修行の密度と高度さは無論のこと、元来が魔道に特化して〝設計?され〝造られた?身体なのである。たかが治癒魔術程度の行使にミスを犯すようなことは有り得ない。万が一に失敗があったとしても、それならそうとアイリスフィール自身に知れる。
なのに――
「治癒は、間違いなく効いてるはずよ。セイバー、あなたは今の状態で完治しているはずなの」
「……」
油断なくランサーを警戒しながらも、セイバーは左腕の傷を凝視する。出血もさほどのことはなく浅手に見えるが、まずいことに腱を切られた。五指のうち肝心の一本である親指が動かない。これでは充分な握力で剣柄を執ることができない。
セイバーとて、アイリスフィールの手際に間違いがないのは知っている。なのに腕は癒えていない。左手の親指は、まるでそれが彼女の生まれ持った欠損であるかのように、まったく動こうとしない。
セイバーが仕掛けてこないのをいいことに、ランサーは余裕の構えで腰を屈め、地に落としたままだった黄色の短槍を左手で拾い上げる。
「我が『|破魔の紅薔薇《ゲイ?シャルグ》』を前にして、鎧が無為だと悟ったのまでは良かったな」
もはや効能を見せた後では秘めるまでもないと断じたのだろう。ランサーは自らの宝具の真名を惜しげもなく口にした。
「が、鎧を捨てたのは早計だった。そうでなければ『|必滅の黄薔薇《ゲイ?ボウ》』は防げていたものを」
嘯きながらも、右手に赤の長槍を、左手に黄の短槍を、それぞれ翼のように大きく掲げて構えるその姿勢は、戦闘の開始時とまったく同じ。それは幻惑の構えなどではなく、まさにこの戦士が熾烈な鍛錬の末に身につけた我流の殺法であったのだ。
「成る程……ひとたび穿てば、その傷を決して癒さぬという呪いの槍。もっと早くに気付くべきだった……」
魔を断つ赤槍。呪いの黄槍。さらに加えて、乙女を惑わす左目の泣き黒子――これだけ揃えば断定は容易い。ケルトの英雄譚に綴られるその威名は、伝承の区分でいえばアーサー王伝説とも類縁にある。他ならぬセイバーが、ここに到るまで思い至らなかったことこそ不思議であった。
「フィオナ騎士団、随一の戦士……〝輝く貌?のディルムッド。まさか手合わせの栄に与るとは思いませんでした」
「それがこの聖杯戦争の妙であろうな。――だがな、誉れ高いのは俺の方だ。時空を越えて『英霊の座』にまで招かれた者ならば、その黄金の宝剣を見違えはせぬ」
第四次聖杯戦争に参ずるランサーのサーヴァント……ケルトの英霊、ディルムッド?オディナ。
ついに真名を看破されたランサーは、むしろ清々しいほどの面持ちで目を眇めた。
「かの名高き騎士王と鍔競り合って、一矢報いるまでに到ったとは――フフン、どうやらこの俺も捨てたものではないらしい」
ひとたび英霊として時間列から隔離された彼らであれば、歴史の前後は関係ない。招かれた時代において過去に当たる伝説ならば、彼らは自分自身より後世の英雄についても知識を持ち合わせている。ディルムッドもまた、後に彼の故郷を栄光へと導くことになるアーサー王を伝説として知るのである。
「さて、互いの名も知れたところで、ようやく騎士として尋常なる勝負を挑めるわけだが――それとも片腕を奪われた後では不満かな? セイバー」
「戯れ事を。この程度の手傷に気兼ねされたのでは、むしろ屈辱だ」
毅然とそう言い放ちながらも、セイバーは内心で歯噛みせざるを得なかった。
〝ただの一刺が、高くついた……?
セイバーは再び魔力を編んで白銀の鎧に身を包んだ。依然、ランサーの『|破魔の紅薔薇《ゲイ?ジャルグ》』の前には魔力の浪費でしかないが、それでもより致命的な『|必滅の黄薔薇《ゲイ?ボウ》』を防ぐ役には立つ。風王結界《インヴィジブル?エア》にも再び周囲の大気を収散させ、黄金の宝剣を不可視の鞘に包み込む。
いかなる手段をもってしても癒せない黄槍の呪いは、おそらく槍自体を破壊するか、その持ち主たるディルムッドを倒さぬかぎり解除《ディスペル》できまい。残る右腕一本で、セイバーはランサーの二槍を打ち破らなければならないのだ。『魔力放射』のフォローがあれば右手だけで剣を繰るのもさほどの苦ではない。が、両手での渾身の振り抜きが封じられたとなると、彼女の必殺奥義たる『|約束された勝利の剣《エクスカリバー》』は放てない。
しかし――ここにきてセイバーの闘志は、萎えるどころか一層に昂っていた。
二つの宝具のうち片方を牽制にして、まんまともう一方の宝具への油断を誘った周到な知略。謀られたことへの怒りより、その策謀に対する賞賛の念が先に立つ。
この敵に不足はない。
聖杯戦争の初戦にして、申し分のない好敵手を得た。剣に生き抜いた武人として、この巡り合わせに昂揚せずにいはいられない。今ここに対峙するディルムッド?オディナとは、手練のみならず知謀まで尽くした極限の競い合いを強いられることだろう。
そんなセイバーの意気込みは、言葉に出さずともランサーに伝わったのであろう。満足げな笑みを口元に刻む彼もまた、実のところ心の内はセイバーと変わらなかった。必殺の罠のつもりで用意した『|必滅の黄薔薇《ゲイ?ボウ》』の奇襲を、左腕ひとつの代償で凌いだセイバーへの畏敬と、この戦いの勝利の価値がより高値にまで吊り上がったことへの歓喜。
騎士たる二人の英霊は、その闘魂の形までもが似通い、相通ずるものだった。
「覚悟しろセイバー。次こそは獲る」
「それは私に獲られなかった時の話だぞ。ランサー」
両者は不敵な銚発を交わし合いながら、互いの必殺を見計らい、じりじりと慎重に間合いを詰めていく。
一触即発の宝剣と魔槍。
冷たく清澄な緊迫の空気が――そのとき、不意に轟いた雷鳴の響きに破られた。
「――!?」
紅蓮に舞った血の華が、すれ違う剣士と槍兵の間隙で艶やかに咲き乱れ――そして刹那のうちに散る。
駆け抜けたセイバーの静止と、両者の反転とは同時だった。
ともにいまだ直立し、敵と対峙する意志を失わない。二人の英霊は健在である。
決着を先送りにしたのは、土壇場で趨勢を判じたセイバーの即断が、かろうじて突撃の軌道をごく僅かに傾かせ得るタイミングだったが故だ。
結果、セイバーを串刺しにせんと待ちかまえていた黄色の短槍は、胸ではなく左腕を換るに留まり、同時に彼女が振り上げた黄金の剣もまた浅く流れてランサーの急所を外した。斬撃の切っ先が捉えたのは、ランサーの左腕……奇しくも両者の負傷は同じ部位である。
だが、果たしてダメージの応酬は等価であったのか否か。
「つくづく、すんなり勝たせてはくれんのか。……良いがな。その不屈ぶりは」
ざっくりと肘裏を挟った傷を意に介さぬかのように、ランサーは棲槍の笑みでセイバーを見据えている。果たしてランサーの負傷は、まるでフィルムの逆回しを見るかのように、誰に触れられることもなく閉じ合わさり癒着して、痕も残さずに消失してしまった。サーヴァントの自己治癒能力としても有り得ぬ回復のスピードは、身を隠したまま勝負を見守る彼のマスターが、治癒魔術を施したのであろう。
そんなランサーとは裏腹に、セイバーの端正な美貌は苦痛と焦燥を隠せずにいた。
ただ宙に浮いていただけのランサーの槍と、柄を両の手に掴まれていたセイバーの剣とでは、当然のように威力が違う。セイバーの下腕に穿たれた短槍の傷跡は、ランサーに比べて軽傷である。すくなくとも外見上は。
「……アイリスフィール、私にも治癒を」
「かけたわ! かけたのに、そんな……」
傷を負った当のセイバーよりも、援護するアイリスフィールはさらに狼狽を露わにしていた。
魔術師としてのアイリスフィールはまぎれもなく一級である。修行の密度と高度さは無論のこと、元来が魔道に特化して〝設計?され〝造られた?身体なのである。たかが治癒魔術程度の行使にミスを犯すようなことは有り得ない。万が一に失敗があったとしても、それならそうとアイリスフィール自身に知れる。
なのに――
「治癒は、間違いなく効いてるはずよ。セイバー、あなたは今の状態で完治しているはずなの」
「……」
油断なくランサーを警戒しながらも、セイバーは左腕の傷を凝視する。出血もさほどのことはなく浅手に見えるが、まずいことに腱を切られた。五指のうち肝心の一本である親指が動かない。これでは充分な握力で剣柄を執ることができない。
セイバーとて、アイリスフィールの手際に間違いがないのは知っている。なのに腕は癒えていない。左手の親指は、まるでそれが彼女の生まれ持った欠損であるかのように、まったく動こうとしない。
セイバーが仕掛けてこないのをいいことに、ランサーは余裕の構えで腰を屈め、地に落としたままだった黄色の短槍を左手で拾い上げる。
「我が『|破魔の紅薔薇《ゲイ?シャルグ》』を前にして、鎧が無為だと悟ったのまでは良かったな」
もはや効能を見せた後では秘めるまでもないと断じたのだろう。ランサーは自らの宝具の真名を惜しげもなく口にした。
「が、鎧を捨てたのは早計だった。そうでなければ『|必滅の黄薔薇《ゲイ?ボウ》』は防げていたものを」
嘯きながらも、右手に赤の長槍を、左手に黄の短槍を、それぞれ翼のように大きく掲げて構えるその姿勢は、戦闘の開始時とまったく同じ。それは幻惑の構えなどではなく、まさにこの戦士が熾烈な鍛錬の末に身につけた我流の殺法であったのだ。
「成る程……ひとたび穿てば、その傷を決して癒さぬという呪いの槍。もっと早くに気付くべきだった……」
魔を断つ赤槍。呪いの黄槍。さらに加えて、乙女を惑わす左目の泣き黒子――これだけ揃えば断定は容易い。ケルトの英雄譚に綴られるその威名は、伝承の区分でいえばアーサー王伝説とも類縁にある。他ならぬセイバーが、ここに到るまで思い至らなかったことこそ不思議であった。
「フィオナ騎士団、随一の戦士……〝輝く貌?のディルムッド。まさか手合わせの栄に与るとは思いませんでした」
「それがこの聖杯戦争の妙であろうな。――だがな、誉れ高いのは俺の方だ。時空を越えて『英霊の座』にまで招かれた者ならば、その黄金の宝剣を見違えはせぬ」
第四次聖杯戦争に参ずるランサーのサーヴァント……ケルトの英霊、ディルムッド?オディナ。
ついに真名を看破されたランサーは、むしろ清々しいほどの面持ちで目を眇めた。
「かの名高き騎士王と鍔競り合って、一矢報いるまでに到ったとは――フフン、どうやらこの俺も捨てたものではないらしい」
ひとたび英霊として時間列から隔離された彼らであれば、歴史の前後は関係ない。招かれた時代において過去に当たる伝説ならば、彼らは自分自身より後世の英雄についても知識を持ち合わせている。ディルムッドもまた、後に彼の故郷を栄光へと導くことになるアーサー王を伝説として知るのである。
「さて、互いの名も知れたところで、ようやく騎士として尋常なる勝負を挑めるわけだが――それとも片腕を奪われた後では不満かな? セイバー」
「戯れ事を。この程度の手傷に気兼ねされたのでは、むしろ屈辱だ」
毅然とそう言い放ちながらも、セイバーは内心で歯噛みせざるを得なかった。
〝ただの一刺が、高くついた……?
セイバーは再び魔力を編んで白銀の鎧に身を包んだ。依然、ランサーの『|破魔の紅薔薇《ゲイ?ジャルグ》』の前には魔力の浪費でしかないが、それでもより致命的な『|必滅の黄薔薇《ゲイ?ボウ》』を防ぐ役には立つ。風王結界《インヴィジブル?エア》にも再び周囲の大気を収散させ、黄金の宝剣を不可視の鞘に包み込む。
いかなる手段をもってしても癒せない黄槍の呪いは、おそらく槍自体を破壊するか、その持ち主たるディルムッドを倒さぬかぎり解除《ディスペル》できまい。残る右腕一本で、セイバーはランサーの二槍を打ち破らなければならないのだ。『魔力放射』のフォローがあれば右手だけで剣を繰るのもさほどの苦ではない。が、両手での渾身の振り抜きが封じられたとなると、彼女の必殺奥義たる『|約束された勝利の剣《エクスカリバー》』は放てない。
しかし――ここにきてセイバーの闘志は、萎えるどころか一層に昂っていた。
二つの宝具のうち片方を牽制にして、まんまともう一方の宝具への油断を誘った周到な知略。謀られたことへの怒りより、その策謀に対する賞賛の念が先に立つ。
この敵に不足はない。
聖杯戦争の初戦にして、申し分のない好敵手を得た。剣に生き抜いた武人として、この巡り合わせに昂揚せずにいはいられない。今ここに対峙するディルムッド?オディナとは、手練のみならず知謀まで尽くした極限の競い合いを強いられることだろう。
そんなセイバーの意気込みは、言葉に出さずともランサーに伝わったのであろう。満足げな笑みを口元に刻む彼もまた、実のところ心の内はセイバーと変わらなかった。必殺の罠のつもりで用意した『|必滅の黄薔薇《ゲイ?ボウ》』の奇襲を、左腕ひとつの代償で凌いだセイバーへの畏敬と、この戦いの勝利の価値がより高値にまで吊り上がったことへの歓喜。
騎士たる二人の英霊は、その闘魂の形までもが似通い、相通ずるものだった。
「覚悟しろセイバー。次こそは獲る」
「それは私に獲られなかった時の話だぞ。ランサー」
両者は不敵な銚発を交わし合いながら、互いの必殺を見計らい、じりじりと慎重に間合いを詰めていく。
一触即発の宝剣と魔槍。
冷たく清澄な緊迫の空気が――そのとき、不意に轟いた雷鳴の響きに破られた。
「――!?」

刷子左手短枪就防御住了有魔放风王双手紧握等级A++的圣剑,吹一发刷子的筋和防御。
狂澜怒涛









