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从这里挖来的:

http://bbs.sakuramai.com/read.php?tid=6395


2025-11-30 13:37:56
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総合考察・始めに
 ここで「総合考察」と铭打っている一连の内容は、『Elysion~楽园幻想物语组曲~』(以下、エリ组)全体の中心人物であるところの、「少女エリス」と「仮面の男Abyss」の视点などを主眼に置いて推测し、このElysionと名付けられた物语全体を読み解こうという趣旨のものです。 
 その为、曲の一つ一つを详细に考察するというスタイルは取らず、「时系列」という区切りでもって顺に解说してゆくという手法を选択しました。 
 ですから、「エリス」と「仮面の男」に関わらないと思われる语句(歌词)、或いは物语り全体に影响すると思われる语句以外のものには、言及しないものが多々出てくるであろう事を予めご了承下さい。

 皆さんもご存じのように、『Elysion~楽园幻想物语组曲~』という作品は、俗に「Elysionサイド」及び「Abyssサイド」と称される二种类の観点から话が缀られてゆき、大きな一つの物语を构筑するという手法を取られています。
 その上で、とりわけ本作を考察する上で话题に上がるのが、“时系列”について。 
 特に、「Elysionサイド」に於ける物语の始点をどの曲に设定するか、そして「エルの絵本」と铭打たれた2曲を时系列に组み込むべきかどうかという解釈が、人によって面白いほどに食い违っています。 
 ですので、最初にその辺りに言及することに致しますと、当方の说では「エルの絵本」は时系列に组み込みます。 


 次に、肝要となる时系列の顺番ですが…。 

「エルの肖像」 
 ↓ 
「魔女とラフレンツェ」 
 ↓ 
「エルの天秤」 
 ↓ 
「エルの楽园side:E」及び「エルの楽园side:A」及び「Track44」 
 ↓ 
「Abyssサイド5曲」 
 ↓ 
「笛吹き男とパレード」 

といった顺で解釈をしております。 
 これが「整合性」を求める上で、最良の构成だと判断した为です。


 考察の详细な内訳としては、

総合考察Phase-1・「エルの肖像」+「魔女とラフレンツェ」
総合考察Phase-2・「エルの天秤」+「エルの楽园」2曲
総合考察Phase-3・「Ark」+「Baroque」+「Yield」+「Sacrifice」+「StarDust」
総合考察Phase-4・「笛吹き男とパレード」+「Track44」

 という四部构成にて行いました。
 时系列的には「エルの楽园」と同时期である「Track44」を最後に配置したのは、アルバム全体を缔め括る『楽园の真実の名』という命题に対し、総括的な结论を出す为です。

 それでは、どうぞ当方の考察にお付き合い下さい。


==========================================================

総合考察Phase-1「求めしは“神”の名を持つ娘」
 ここで触れるのは、时系列の始点に选びました「エルの肖像」と、次点の「魔女とラフレンツェ」についてです。


 曲の冒头に「如何にして楽园の扉が开かれたのか」という记述が存在する「魔女とラフレンツェ」ではなく、「エルの肖像」を物语全体の始点に选んだのには、もちろん明确な理由が存在します。
 その中で最も大きな割合を占めるのが、「魔女がラフレンツェを生んだのか」の下りが、ラフレンツェの曲中に登场する材料だけでは说明不可能だからです。
 少し考えれば解ることですが、ここでいう『魔女』は、オルドローズでは有り得ません。
 何故なら、彼女は舍て子であったラフレンツェを拾い、育て上げはしましたが、决して自らの腹を痛めて产み落とした訳ではないからです。
 勿论、「魔女としてのラフレンツェ」を生んだのがオルドローズ(の教育)だという解釈は可能ですが、だとしたら「魔女が魔女を生んだ」で済む话でしょう? 敢えて思わせぶりな台词を入れる必要性が、この场合には存在しないんです。



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 ならば、ここでいう『魔女』とは何者なのか。これを说明可能にする为にも、「エルの肖像」を始点にする必要が有った訳なのです。
 この「エルの肖像」に登场する少年が、後の「仮面の男」であるとしていらっしゃる方は大势います。私もこれには全面的に賛同する意向なのですが、更に「ラフレンツェ」に於ける「オルフェウス/Orpheus」に比喩されている青年も、同一人物だとする一派に属します。
 後で误解を生まぬように缠めておきますと、

「『肖像』の少年」=「オルフェウス/Orpheus」=「エリス(エル)の父亲」≈「仮面の男Abyss」

となります。

 さて、これらを踏まえた上で更に、これ以上の解说を进めるには、私が选択せざるを得なかった些か大胆にも思える仮说に言及しなければなりません。

 それは、
“肖像画に描かれたエリスは、「エルの楽园」に登场するエリスとは别人”
であり、
“ラフレンツェの実母、乃至はそれに准ずる近亲者”
という代物です。

 无论、この说に対して否定的な受け止め方をする方も多いと思われますが、少し考えてみて下さい。これをはっきりと否定できる材料が、果たして有りますでしょうか?
 肖像画に描かれているのは、确かにエリスという名の少女が8歳の时の姿であり、「病的に白い」という形容的な记述が存在します。 
 されどこれだけでは、ジャケットイラストに描かれているような「アルビノ」であるとは、决して言い切れません。 
 単に肌が白い人を指しても、病的に白いという表现は普通に使われますからね。これだけの记述では、『肖像』のエリスと『楽园』のエリスを同一人物であるとする根拠には(そして别人であるとする根拠にも)成り得ません。
 そして、上述の仮说を前提とするならば、色々と辻褄が合う部分が见えてはこないでしょうか?

 先ず私は、「楽园」のエリスはラフレンツェの娘であると考えています。これにつきましては、ジャケットイラストのエリスと「魔女とラフレンツェ」に於いてのラフレンツェの容貌に関する记述が合致する点などからも、多くの人に共通している认识でしょう。
 そして、ここで一度、ラフレンツェの背负った“黄泉の番人”という役目を思い返してみて下さい。
 “纯洁”という肉体的な条件が必要とされる特异な能力が、血縁関系にはないオルドローズから継承されたものだと考えるのは、些か无理がないでしょうか?
 ラフレンツェの能力は、元々生まれ持ったものである。つまり血统の成せる业であるという解釈の方が、この点では明らかに自然です。
 ならば、この様な特异な能力を持つ血族は、周囲からどう认识されていたのでしょう。
 『魔女』、若しくは『魔女の一族』。そう呼ばれていたとしても、おかしくないとは思いませんか?


 これらに纳得いただけたなら、後はひとまず缠めに入るのみです。
 仮说を含む上记の内容と、「エルの肖像」及び「魔女とラフレンツェ」の曲中にて示された记述から、私はこう类推しました。 

 肖像画に描かれたエリスという少女(《理想》)に魅入られた“『肖像』の少年”が、彼女という存在を求める余り様々な手段を模索し、ラフレンツェ(《键穴》)を见出す。
 容貌などではなくエリスという存在の本质(《楽园》)に固执した彼は、ラフレンツェというエリスの血縁者を利用することで、己の求めたエリス(《少女》)を自らの手で生み出す(复活させる)という手段を选んだ。

 というような感じになるのですが、それにしてもこの少年の妄执は、常轨を逸していると言わざるを得ません。
 なにしろ、容姿という点なら、肖像画の少女エリスとラフレンツェは酷似している可能性が高い。普通ならラフレンツェに出会った时点で、「遂に理想の女性を见つけたぞ!」となってもおかしくないじゃないですか。



  • ぃ水果∑荟萃ぅ
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総合考察Phase-2「そして开かれし、或いは闭ざされし扉」
 ここで触れるのは、「エルの天秤」と「エルの楽园side:E」及び「エルの楽园side:A」についてです。
 この総合考察では、エリ组全体を通しての総括的な评釈を缀っておりますので、Phase-1を未読の方には不明な点が多々あります。
 もし未読の方であれば、ここに目を通す前にPhase-1をご覧下さい。


 さて、时系列的には先ず「エルの天秤」になるのですが、ここで描かれる「仮面の男」の行动については、前回の「エルの肖像」と「魔女とラフレンツェ」に该当する“过去”に加え、时间轴としてはほぼ同时期(现在)に当たると思われる「エルの楽园side:E&side:A」からも、情报を引用する事が可能となります。
 「仮面の男」が目的の为ならば手段を选ばない人物である事は、前回の考察からも十二分に推测できますし、金が必要である理由は、曲中にある「沈みゆく左皿」だけでは意味が解りかねる、といった感じですね。
 「エルの楽园」の内容を见れば、この“左皿”がエルの事であり、彼女が肉体的な问题を抱えている点も容易に类推できます。これが何故“左皿”なのかという点については、「左/Left」が“エル/L”を暗喩する为だと思われます。
 この「エルの天秤」という曲は実のところ、仮面の男が死に至る直接の原因を聴き手侧に提示する内容である为、それさえ知ってしまえば物语全体を読み解くという観点では余り重要ではないと言えるでしょう。
 しかし「魔女とラフレンツェ」と、“未来”で当たると私は考えている「Abyssサイド」に於ける、“「仮面の男」の立ち位置”から视点を変えてみると、実に面白いメタファーとアイロニーが见えてくる曲でもあります。
 ですが、それに言及するには“「side:E」で死という结末を迎えた筈の仮面の男がどうなったのか?”という点に触れなくてはなりませんので、先に「side:E」及び「side:A」の解说へ进みたいと思います。

 先ず、「side:E」冒头の「私は生涯彼女を爱することはないだろう」というくだりに関しては、前回の考察を読んでいただいた上で“彼女”をラフレンツェであると考えれば、皆さんにも纳得いただけるでしょう。
 “生まれてくる子の名”は“远い昔に决めてある”という点も、前回の内容からすれば说明するまでもありません。
 「そして几度目かの楽园の~」のくだりは、このElysionと铭打たれた物语全体の开幕を告げる言叶ですが、注意したいの“几度目かの”という部分。
 「side:A」の「几度となく开かれる扉」も同様ですが、これらは『Sound Horizon作品』というメタ的な视点によって成る意味合いが强く、エリ组の物语に直接関与する部分は些细である点をご留意下さい。
 ここら辺の语句を额面通りに受け取って、この物语は延々と缲り返され続ける循环世界の话であるという、所谓「ループ说」の根拠にする人が非常に多いのですが、これは少々短络的に过ぎるのではないでしょうか。
 エリスと仮面の男、たった二人の生死が、世界全体にまで波及するような事象ですか?
 刺されて死んでしまうような寻常な男と、动くことすらままならないアルビノの少女なんていう、取るに足らない存在なのに? 少なくともこの时点では、どう考えたって普通の人间でしかない、この亲子がですよ?
 ちょっと考えるだけでも、この「ループ说」は余りに根拠に乏しく、ひいては矛盾を孕みます。「整合性」こそを重视する私にとって、これは绝対に容认できる代物ではありません。
 勿论、“世界”という表现がごくごく局所的な意味合いでも使われる事があるのは承知していますし、『魔女』エリスがこれまでにも同様の転生を缲り返してきた可能性も充分に考虑した上で、私はこの「ループ说」を完全に否定させて顶きます。



  • ぃ水果∑荟萃ぅ
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総合考察Phase-3「缀られし终わり无き彷徨」
 ここで触れるのは、「Abyssサイド」と称される5曲(Ark,Baroque,Yield,Sacrifice,StarDust)についてです。
 この総合考察では、エリ组全体を通しての総括的な评釈を缀っておりますので、Phase-1,Phase-2を未読の方には不明な点が多々あります。
 もし未読の方であれば、ここに目を通す前にPhase-1,Phase-2をご覧下さい。


 皆さんご存じの通り、「Abyssサイド」と铭打たれた5つの楽曲は、ある一言によって开幕します。

「彼女こそ私のエリスなのだろうか…」

 人物。年代。场所。その全てに一切の共通项を持たない别个の物语である「Abyssサイド」に於いて、谁の目にも明らかな共通性が、この冒头の台词だと言えるでしょう。
 そして、「Ark」「Baroque」「Yield」「Sacrifice」「StarDust」という、奈落に连なる头文字を秘めた曲を一度でも通して聴けば、直接的な言叶としては书かれていない「ある感情」という共通项は有りますし、结末は必ず「仮面の男」の登场に集约されます。
 これらの5曲が「Abyssサイド」という呼称を用いて括られるのは、表面的にはこのCDを一度でも手にすれば解るようにデザインされている点は勿论のこと、内面的には上记しました三つの大きな共通项こそが理由の一つとなっています。

 さて、それを踏まえた上で、もう一度冒头の台词を振り返ってみて下さい。
 それぞれが一つの物语である、「Abyssサイド」。
 个々に完结する5つの曲中にあって、実はこの台词だけが唯一、“物语(曲)の外部”からの视点に属したものなんですね。
 この台词自体を“谁”が洩らしている言叶なのかという点は、おそらくは讯くまでもなく、皆が皆おなじ认识を持っている事でしょう。
 つまりは、「仮面の男Abyss」と呼ばれる存在です。

 ですが、それをして直ぐさま前回までの考察で触れていた「Elysionサイド」に登场する「エルの父亲」と、これら「Abyssサイド」に登场する「仮面の男」を同一视するのは、少々乱暴というものでしょう。
 何故なら、「Abyssサイド」に於ける「仮面の男」という存在は、前述したように时代も场所も异なる地へ脉络もなく登场する、一种のメタ存在として描かれており、明らかに“人间”の范畴を超えています。
 ですから、転生、乃至は苏生术などという呪术的な技法は身に着けていたと思われるとはいえ、ナイフ一つで致命伤を负う程度の寻常な“人间”であった「エルの父亲」と同一视するには、その较差に横たわる问题を解决しなければならないからです。

 ならば、それを纽解く键は何処にあるのでしょうか。これは决して、物语の中にヒントが存在しない訳ではありません。
 そもそも、私が「Abyssサイド」を时系列的には「エルの楽园」の後に配置したのは、诘まるところこの问题を解决する为でした。
 つまり私は、「Abyssサイド」に於ける「仮面の男」という存在は、「エルの楽园」にて死を迎えた筈の「エリスの父亲」の末路であると考えた訳なんです。

 ここで皆さんには、もう一度前回までの内容を思い出していただきたいのですが、「肖像の少年」であり、「オルフェウス」であり、「エルの父亲」である彼には、それまでの曲中では解决されていない、ある“枷”が存在していた筈なのです。
 それこそが、「仮面の男Abyss」と「エルの父亲」を繋ぐと思われる唯一の不确定要素、“ラフレンツェの呪い”です。
 よくよく「Elysionサイド」の内容を见てみるとこれは明白なのですが、「エルの父亲」はその存命中、様々な不幸にこそは见舞われていても、“これは呪いによるものだろう”という明确な事象には一度も遭遇していません。 
 强いて言えば、前回の最後にも少し触れたように「エル」が抱える肉体的な欠陥ですが、これはあくまで「エル」の身に関する事であって、「エルの父亲」に対して挂けられた呪いの结果であるとは言い难いものがあります。 



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 ですから、“ラフレンツェの呪い”とは“生を终えた时”にこそ真価を発挥する代物であったと考えれば、彼女の持っていた“冥府の番人”という役割にも符合しますし、纳得がいくのです。

 この际、もう一つ着目したいのが、シークレットトラックであります「Track44」の存在です。
 これが敢えて44番目のトラックに配置されているのは、「エリスの父亲」が“安らかな死後(45)”へは绝対に至れぬという暗喩ではないかと、私は受け止めました。
 「Elysion」という大きな物语を缔め括るべき筈の「Track44」。ですがそれは、一人の男の“安息”を否定しているのです。

 と、ここまで来てなんなのですが、少し话を戻してみたいと思います。
 Phase-2にて触れました、「エルの天秤」に隠されているメタファーとアイロニーについてです。
 「天秤」には実は、“ラフレンツェの呪い”を示唆するであろうと思われる、ある表现が用いられているのです。 
 それは「エルの父亲」が“船头に扮している”という、一见しただけでは何でもなさそうな点なのですが、これを理解するには「魔女とラフレンツェ」の歌词にも目を向けなければなりません。
 それは「蝋烛が消えれば渡れない川」や、「深く冷たい冥府の川」及び「叹きの川」。
 これらは全て、一つのものを指した表现なのですが、日本で言えば“三途の川”に该当するこの川は、ラフレンツェの役割や曲中に散りばめられたギリシア神话からのモチーフの数々から、同神话に於ける冥界から流れ出る川であります、“アケロン河”であろうという忆测が成り立ちます。
 そして、この“アケロン河”には、カロンという名の“渡し守”が存在するとされています。要するに、现世と冥府の桥渡し役ですね。
 これを踏まえてから更に、「Abyssサイド」に登场している「仮面の男」の立ち位置を改めて振り返ってみて下さい。
 狂爱の果てに自らも身を灭ぼす五人の娘达と、彼女达を迎えに现れる“死神”的な存在として描かれる「仮面の男」。
 そう、「天秤」に於ける“船头に扮した男”という何気ない表现は、「エルの父亲」の変迁を示唆した比喩表现だったと见ることが可能なのです。
 なんとも小粋で、皮肉に満ちた仕挂けでしょう?

 とまあ、少し话が逸れた感がありますが、私はこの“ラフレンツェの呪い”というものが、“冥府の桥渡し役”という永劫に渡る呪缚を受けるという代物であったのではないかと推察する次第です。
 彼女が“冥府の番人”であったなら、“渡し守”なんてものは下っ端みたいなものですからね。例えばサポート役として、自分より下位の存在を生み出す呪法をラフレンツェが心得ていたとしても、これは纳得できる话ではないでしょうか。
 これにて「エルの父亲」が、形而上的な存在である「仮面の男Abyss」へと変わる経纬は、どうにか说明できたと判断します。 
 ここで再度缠めておきますが、
「『肖像』の少年」=「オルフェウス」=「エリス(エル)の父亲」≈「仮面の男Abyss」
と、なる訳ですね。

 では、その上でもう一度、「Abyssサイド」冒头の台词に目を向けてみましょう。
 “人间”としての真っ当な死を否定された「仮面の男」は、“冥府の桥渡し役”としての役割を果たしながらも尚、「エリス(≈エル)」を探し続けています。
 この事実から推测するに、「エルの楽园」にて生涯を终えた転生体「エル」は、どうやら人としての寻常な死を迎えられたのであろうと思われます。それこそ、彼女が求めた楽园へ辿り着けたのかもしれません。
 ですがそれは、「仮面の男」にとっては永劫の别离に他なりませんでした。

 喩え死してでも、「エリス」と共にあることさえ出来れば、彼にとっては本望だったと思われます。



  • ぃ水果∑荟萃ぅ
  • 白鸦
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 されど现実には、彼には本当の意味での“死”を迎えることが适わず、「エリス」と同じ场所(死後の楽园)へ至る术が存在しません。
 命の灯という“蝋烛”が消えてしまった以上、“アケロン河”は渡れません。
 これは通常、冥府から现世へ立ち戻ることが不可能であるという意味合いですが、“冥府の桥渡し役”となった「仮面の男」にとっては全く逆の意味を持ちます。
 永劫に消えぬ特殊な蝋烛を背负わされた彼にとって、行けるのは川の対岸である冥府の入り口のみに过ぎず、その奥底に存在する「Elysion」へ、彼の「エリス」が居る场所へは、もう二度と辿りつく方法が无いのです。
 これを“残酷な呪い”と言わずして、なんと表现したらよいのでしょうか。少なくともラフレンツェの放った呪诅は、大いにその成果を上げたと见るべきでしょう。

 それでも尚、「仮面の男」は谛めることを知らず、彼の「エリス」を探し求めます。
 「エリス」が人としての真っ当な死を迎えたのであれば、もしかしたら轮廻の果てに再び地上で生を得るかもしれない。
 そこに一缕の希望を见出し、「仮面の男」は自らの役割を全うし続けます。

彼女こそ…。彼女こそは…。

 そう愿い続けながら、几人もの少女たちが缀る物语の末路に现れるのです。(曲中にて明确な表现はされていませんが、「Abyssサイド」の五人の娘は全员が死亡したと考えます)

 时间さえ超越した存在となった彼は、その永劫を通して一人の少女を捜し求め続ける。
 彼にとっての「エリス/Elis」=「エル/El」=「楽园/Elysion」を。
 「Abyssサイド」にはそんな、「仮面の男」の彷徨を描いているという面が存在する訳なのです。

 さて、このPhase-3はここらで终了なのですが、最後に一つ。
 この「Abyssサイド」に於ける「仮面の男」の立ち位置というのは、明らかに「死神」のそれに近いものです。
 そして、SHファンである皆さんならば当然、ギリシア神话での「死神」の名前はご存じでしょう。
 そう、「タナトス/Thanatos」です。

 ひょっとしたら「仮面の男Abyss」=「Thanatos」であって、この「Elysion」という作品は「Thanatos」の诞生経纬を描いた秘话という侧面も有るのかも、なんていう风にも思うのですよ。
 そうやって考えると、「タナトスの幻想は终わらない…」なんて曲が存在するのも、何やら意味深に思えて来ませんか?

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2025-11-30 13:31:56
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后面那些发不上来..........该死的百度..................
哪位大人能进去顶楼那个网页看看然后翻译出来?


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我想帮忙发可是很麻烦所以算了..[要审批所以放弃吧..臭百度..]


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  • 持剑少年
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我帮忙发..


総合考察Phase-4「梦幻楽园行进曲」
 ここで触れるのは、「笛吹き男とパレード」と「Track44」及び総括的な结论についてです。
 この総合考察では、エリ组全体を通しての総括的な评釈を缀っておりますので、Phase-3以前を未読の方には不明な点が多々あります。
 もし未読の方であれば、ここに目を通す前にPhase-3以前からご覧下さい。


「そのパレードは何処からやって来たのだろうか…」
 谜が多いとされるSHの楽曲群。そして、今作「Elysion~楽园幻想物语组曲~」の中でも特に暧昧な表现が为されているのが、この「笛吹き男とパレード」ではないでしょうか。
 トラックの构成上や、「魔女とラフレンツェ」と同じ「エルの絵本」というタイトルを持つ事から、「Elysionサイド」に属すると考えられるにも関わらず、内容を见てみるとどう考えても「Abyssサイド」侧にこそ汲みしている。
 しかし、“どちらなのか”という思考に囚われること自体が、そもそもの间违いなのでしょう。

 今更わたしの口から言うまでもないことですが、この作品は「Elysion」と「Abyss」を表裏一体の存在とし、両者の视点から一つの物语を形成してゆくという手法を取っています。
 「エルの楽园」と题された本作のメインタイトルと言える曲でさえ、「side:E」(Elysion)及び「side:A」(Abyss)という二つの観点から织り成されているのですから、これはもう自明の事です。
 けれど、皆さん少し考えてみて下さい。もしも、この「Elysion」という物语をノベル形式のものに置き换えるならば、表裏一体を讴いながら両者の対比のみに终始するというのは、物语の构造としては果たして完全なものだと言えるでしょうか?
 そうなんです。起承転结の“结”に当たる部分が、この対比的な捉え方では欠落してしまうのです。
 ならば、本作に於ける“结”に当たるのは何なのか。そう考えた时に真っ先に浮かび上がるのが、「Elysionサイド」と「Abyssサイド」の両面に属するであろうと思われる、この「笛吹き男とパレード」でした。(「side:A」は、エル=エリスという少女の物语の终局ではあっても、「Abyssサイド」をも含む全体の结末には成り得ません)
 私は、この曲こそが物语り全体を包括するという结论に至ったが故に、时系列の末尾に配置した訳であり、それは同时に、全てを包括する筈のこの曲を読み解かなければ、エリ组という大きな一つの物语を理解できたとは言えないという事に他なりません。
 では、それを踏まえた上で曲の内容に触れていく事にしましょう。

 これは谁であっても一目了然ですが、楽曲そのもののモチーフは「ハーメルンの笛吹き」です。
 この「笛吹き男/Pied Piper」は、ヨプス・フィンツェリウスという16世纪の神学者らには“悪魔”と同一视されており、これによって所谓“死神”的な颜を持つに至ったという経纬を持っています。
 ですから、エリ组に於ける“死神”の立ち位置を有する「仮面の男Abyss」が「笛吹き男」である点については、これは道理です。
 なので、前回の考察で答えを出した“冥府の桥渡し役”という役割を鉴みれば、この「楽园パレード」は死者达を冥府へ诱う过程でなければならないのですが、そう考えるには些か様子がおかしい。
 曲中に出てくる语句であります、「仮初めの终焉」、「夕阳を裏切って」などがその讶しさの一因であり、パレード参列に当たって「心に深い伤を负った者」や「心に深い闇を饲った者」などという条件が加味される理由も不可解です。
 そして极めつけは、「来る者は拒まないが、去る者は决して赦さない」という「仮面の男Abyss」の台词。
 これはつまり、道理に反する背信的な行为を示唆しているのではないでしょうか?



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  • 持剑少年
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 同曲に频出する言叶として、「夕阳」が有ります。
 おそらくこの「夕阳」は、生命の落日、つまり「死」のイメージであると思われるのですが、だとすればそれに“背を向けて”いたり“裏切って”いる彼らは、“人としての真っ当な死”を拒んでいるという事になるのです。
 そして、彼らの目指す「世界の果て」ですが、これは言わずもがな「楽园/Elysion」でしょう。
 日の沈む方向とは反対へ进むという行为も、実はそれを暗喩しています。
 何故かと言いますと、欧州に於ける楽园や理想郷というのは、その殆どが“东”に存在するとされているからです。
 无论これには、大西洋という“世界の果て”が直ぐそこに存在した事や、キリスト教徒にとっての圣地であるエルサレムの位置などが原因なのでしょうが、私がざっと思いつく限りでも、「エデンの园」、「シャングリ・ラ」、「プレステ・ジョアン」、「ザナドゥ」などは、全て东の地に存在すると考えられていました。
 ですから、“东へ向かう”という行为そのものが、「楽园」を目指すという意味合いに受け取る事が可能であると思われるのです。

 そして、前述したパレード参列の条件に并せ、この行进に参加する事となる「Abyssサイド」の五人娘。
 彼女达と「仮面の男Abyss」には、“深い爱情の果てに自らの身をも灭ぼした”という共通项があります。
 この事から、パレードに参列する者は、魂の性质に於いて“同种”の人间ばかりであるという见方が成り立ちます。
 前回、「仮面の男Abyss」は永劫に「エリス」を探し求めると书きましたが、彼女たち五人の娘はどうでしょう?
 ソロルは“フラーテル”に。バロックの娘は“彼女”に。イェールドの娘は“男”に。サクリファイスの娘は“妹”に。スターダストの娘は“彼”に。
 果たして冥府で再会できると思えますか? 私には到底そうは思えません。
 天国と地狱に准ずる概念に当て嵌めるなら、彼女达が向かう先は「地狱=Abyss」であり、想い人が向かった先は「天国=Elysion」であるだろうと思われるからです。
 つまり彼女达には、“人としての真っ当な死”を拒む理由があるのです。「仮面の男Abyss」と同じように、定められている运命に抗おうとするだけの动机があるのです。
 ならば、それこそがこの「楽园パレード」の実体なのではないでしょうか。「夕阳=寻常な死」を受け入れず、ほんの仅かな希望に缒って「楽园=想い人」の魂を探し続ける、死者达の行进。それはまさに、「黄昏の葬列」と呼ぶに相応しい代物でしょう。

「このままでは、君たちは想い人に二度と会う事は适わない。だが…」
 「仮面の男Abyss」の吹き鸣らす笛の音は、そんな甘言に満ちているのでしょう。
 そして、それが明确な背信行为であるという自覚があればこそ、来る者は拒まずとも去る者は赦されない。
 そしてここで、「男の肩に座った少女」という存在に注目して下さい。
これがもし「エリス」だとすれば、途辙もなく强烈です。何しろ、「私は想いを果たしたぞ」という実证になるのですから、想い人に未练を抱く彼女达が「仮面の男」の诱いに抗える筈がありません。

 运命に逆らい続けた果てに、「仮面の男Abyss」は「エリス」と再び巡り会う事が出来た。
 だが、「エリス」の魂が再び去ってしまっては元も子もない为、“冥府への桥渡し役”である自分が存在する“死の渊”(渊ですから、これもAbyss)に留め置いている。
 そして、自分はこうして叛逆に成功したのだから、君たちもそんなものに従う必要は无い。
この“仮初めの终焉”に留まり、君たちの「楽园/想い人」を探そうではないか。

 「男の肩に座った少女」を「エリス」だと解釈するならば、この「笛吹き男とパレード」の内容は上のような代物となります。



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 この场合、「エリス」が见つかっているならば「Abyssサイド」で彼女を捜している点と矛盾するのですが、そもそも「时间」という概念の束缚を受けていない「仮面の男Abyss」にとって、果たしてこれが矛盾に成り得るのかどうか…。
 「笛吹き男とパレード」はあくまで“结果”ですので、“过程”である「Abyssサイド」に於ける行为は全て“必然”ですしね…。
 この辺りは、それこそRevo氏の解釈がどうなっているかという点に尽きますから、私にはこのパラドックスについて「矛盾せぬように捉える事は可能」であるとしか言い置く事が出来ません。
 これで一応は、纳得のハッピーエンド(?)ですしね。

 なのですが…。
 私の中に居る悪魔がひっきりなしに嗫くのですよ。
 「あのRevo氏が、そんな救いのある结末を用意してるのか?」という、甚だしく失礼に当たるやもしれぬ忆测を。
 何故なら、上记の说では「燃えるような红い髪の女」や「グロい首吊りピエロのタトゥーが笑う」などの部分が未消化なんですよね。
 ですから、ここから先は私が考えたもう一つの可能性に言及していきますが、谁が何と言おうとハッピーエンドが好き! という方は、ここから先は読まずに上记の说で纳得しておいて下さい。
 何も臆する事はありません。殆ど全てのSHファンは、「男の肩に座った少女」を「エリス」だと捉えていますから、あなたは立派なマジョリティです。
 それを强く言い置いた上で、マイノリティ街道一直线の异说をば、ここに提唱させて顶きます。

 私が考えたもう一つの可能性。それは「男の肩に座った少女」が“ラフレンツェ”なのではないかというものです。
 误解の无いように言っておきますが、ここでいう“ラフレンツェ”は、正确には「死者」としての存在。つまりは“ラフレンツェの魂”です。
 これは宗教形态によって大きく変わってくるのですが、世界各地の多くでは、死者の魂というのは“生前にあって己が好んだ年齢の姿”をとれるものだと考えられています。
 この点を踏まえてみると、「燃えるような红い髪の女」に関しても、その正体が见えては来ませんか?
 ラフレンツェに関わりがあり、“红”というキーワードを持つ女性。そう、深红の魔女オルドローズです。

 同曲に於ける「男の肩に座った少女」には、容姿に関する描写は一切ありません。
 ですから余り拘る必要もないのですが、「エリス」の娘にして「エル」の母亲であるラフレンツェならば、幼少期の姿は「エリス≈エル」に酷似していただろうと想像する事は容易です。
 とはいえ、これは别に「仮面の男Abyss」を欺く为に幼い时の姿をとっているというよりは、むしろ彼を“嘲笑う”为のものだと考えます。
 些か寓意的に过ぎる感はありますが、そこに至る経纬の详细は、以下のようになるでしょうか。

オルフェウスである「仮面の男」に裏切られたラフレンツェは、彼に“呪い”を挂けた後に自らの命を绝つ。
 ↓
冥府にてオルドローズに再会。(“冥府の番人”という役目を担っていたラフレンツェは、死後も冥府内でも自由な行动がとれたと思われる)祖母の协力を取り付け、“呪い”によってオルフェウスが“冥府の桥渡し役”である「仮面の男」へと変わり果てるのを待つ。
 ↓
“呪い”の成就により、「仮面の男Abyss」诞生。同じように“死の渊”を流离う存在となった、かつての“黄泉の番人”であるラフレンツェが、祖母オルドローズと共に彼の“监督官”(のようなもの)となる。
 ↓
彼が求め続ける「エリス」の姿をとる事により、裏切り者である「仮面の男」を嘲笑いながらも、彼と共に在るという事に喜びも覚えており、故に歌っている。(彼女にしてみれば、形は违えどようやく彼を手に入れたようなものですからね)



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 つまり、楽园パレードの真の支配者は「男の肩に座った少女」であるラフレンツェであり、见果てぬ望みを抱きながら彷徨を続ける「仮面の男」と、それに随従する死者たちを嘲笑い続けている。という訳ですね。
 著しくラフレンツェのイメージを破壊しそうな结论ですが、少なくとも个人的には、これが最も纳得の出来る推测でした。
 この说でいけば、ラフレンツェから见た「仮面の男」たちは、まさに永远に踊り続ける道化です。この点が、「グロい首吊りピエロのタトゥーが笑う」という表现に繋がるのではないでしょうか。

 それでも尚、谛める事を知らずに抗い続ける「仮面の男Abyss」。同じ愿望を持つ死者达が彼に追随してゆく。
 そして、それを无駄だと嘲笑いながら、彼らの行进に付き従うかのように振る舞うラフレンツェとオルドローズ。
 时间という概念すら存在しない彼らのパレードは、永劫に终わることなく“何処までも続いてゆく”。
 なんとも救いの无い结末ですが、その実、この「Elysion」という作品が内包する“闇”の部分には相応しいという思いもあります。
 前述した「Abyssサイド」に於ける矛盾も、この场合には発生しませんしね。
 という訳で、私が推すのはこの「男の肩に座った少女=ラフレンツェ」说なのですが、これに関してはどちらが正解という风に分けて考える必要もないように思います。
 この物语は、「Elysion」と「Abyss」という表裏の存在を歌ったもの。ならば、その结末が両极の可能性を秘めていても、それはそれで実に“らしい”と言えるものではないでしょうか。

 さて、これにて「笛吹き男とパレード」を通しての「物语としてのエリ组の结末」の考察は终わりなのですが、まだ解き明かさなくてはならない命题が残されていますよね。
 それは勿论、「Track44」についてです。

 この中で述べられています、「その男の妄念が永远を孕ませるならば」という部分に関しましては、これまでの考察を振り返れば纳得顶けるものと思います。
 ですが、その後に続く「物语という歴史は几度でも缲り返されるだろう」という部分については、「エルの楽园」に於ける「几度目かの楽园の扉」や「几度となく开かれる扉」と同様、これまでの内容からでは解釈ができません。

 私はPhase-2に於いて、これらの语句を根拠とする「ループ说」を否定しました。
 ここまで読んで下さった方には明快の事と存じますが、私が考察した内容は、もしこれがループし続ける物语なら成り立たず、もしもその说を取り入れるならば、永劫の存在である「仮面の男Abyss」が无数に存在する事になってしまいます。
 とはいえ、そのパラドックスだけでは「ループ说」を否定するには少々弱い。
 されど、「Track44」の最後にて私达に问い挂けられている「楽园の真実の名」という命题に答えを示す事で、それを补强できると考えました。

 皆さんは、「Elysion~楽园幻想物语组曲~」という一つの物语を通して、どの様なものが描かれていると感じたでしょうか。
 私は、“表裏一体”であり、“不可分”であり、“対极”ですらある二つの感情こそが、この作品の主题であると考えました。
 それを言い表す语句は、作品中にも何度か登场しています。そして、それこそが「楽园の真実の名」という命题に対する、私の回答でした。

 「爱憎」。
 爱情たる「Elysion」。憎悪たる「Abyss」。それが、私の结论です。
 文学作品では良く使われる言い回しですが、爱と憎しみは别々の存在ではありません。「爱」の対义语は「无関心」であり、「憎しみ」は「爱情」の裏返しでしかないとされています。相手への执着という点で、両者は同质のものだからです。
 そして、この「爱憎/LOVE and HATRED」こそが、「缲り返される」という表现の答えにも成り得るのです。

 ごくありふれた、谁もが抱く当たり前の感情。
 故に今この瞬间でさえ、その物语は何処かで“缲り返され”、新たな“扉を开き続けて”いる。
 つまり「Track44」の「物语という歴史は几度でも缲り返されるだろう」という部分は、「Abyssサイド」の五人娘のように、“爱憎の果てに身を灭ぼしてさえ相手を求め続け、楽园パレードに参列する者は増え続けるだろう”という意味合いの言叶なのです。
 どうです? これで「ループ说」なんてものが入り込む余地は、何処にも无いでしょう?

 さあ、よく目を凝らしてみて下さい。
 私の、そして皆さんの目の前にも、“楽园への扉”は常に存在している筈ですから…。

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2025-11-30 13:25:56
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  • ぃ水果∑荟萃ぅ
  • 白鸦
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3Q了啊T_T乌鸦同学~~~~真的好想知道一下日本人是怎么理解SH的歌的啊~


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