チャグムのからだに变化がおきてから、二月がたった。山々からも雪がきえ、木々の绿は日ごとにこさをまし、风さえもやわらかく、よいにおいになっていった。
バルサは、チャグムのからだにつぎつぎに变化がおこるものと、かくごしていたのだが、予想をうらぎって、なかなか变化はおきなかった。
ほっこりとした土のにおいをまといつかせてトロガイがもどってきたときも、チャグムのなかの卵は、ほとんど变化していなかった。
「そう、ころころ变化しとったら、チャグムのからだがもたんわい。まあ、もう一月もしたら、また、大きな变化がおこるじゃろ。」
ひととおりの话をきくと、トロガイはそういった。
「しかし、おまえ、なんだか|皇子《おうじ》样って感じじゃなくなったね。もうまったく、そこらのガキとおなじだわい。」
チャグムは、むっとした颜でトロガイをみた。そして、ふいに、この老婆の颜がずいぶんしたにあるのに气づいた。
「あれ? トロガイさん、背がちぢんだの?」
「ばかぬかせ。これ以上ちぢんでたまるかい。おまえの背がのびたんだよ。」
バルサは、あらためてチャグムをみて、へえっという颜をした。
「ほんとうだ。あんた、ずいぶん背がのびたね。」
「年が明けたから、チャグムは、もう十二か? これからが男がいちばんかわるときだよな。」
タンダの声をききながら、バルサは、ふっと、ずいぶんむかしのことを思いだした。年下の小さなタンダを、ずっと弟のように思っていたのに、十二をすぎたころからタンダの背がきゅうにのびはじめ、あれよあれよというまに、バルサをおいこしてしまったのだ。おとなのような声で话すようになったタンダを、バルサはふしぎな气分でながめたものだ。——なにかが决定的にかわってしまったのだと、そのとき感じた。
トロガイは、あらわれた、と思ったら、すぐにタンダをひっぱって、また旅にでていってしまった。もう一度ナユグのヂュチ·ロ·ガイ〈土の民〉にあいにいったのだ。だが、この旅もけっきょく、まったくのむだ足におわった。ナユグの土の民たちにとって、ラルンガ〈卵食い〉はおそれうやまう土の精灵なのだろう。まったく口をとざして、なにも语ってはくれなかったのである。
ふたりがヤシロ村までかえってきたころには、もう春もすぎさり、初夏のおとずれをつげるセミの声が、野山にこだまするようになっていた。森をぬけて川岸まできて、タンダはおもわずたちどまってしまった。そこには、ぞっとするような风景がひろがっていたのだ。
いつもなら、とうに田植えをすませ、青あおとした若い稻がゆれているはずの田が、白ちゃけ、ひびわれてひろがっていた。かろうじて、もっとも川にちかいところにある小さい田だけが、土手にかこまれて水をたたえており、そこに、わずかな青い稻がゆれていた。——といっても、たったこれだけでは、とても村じゅうの人をやしなえるわけもない。
「……こりゃあ。」
タンダは、つぶやくと、トロガイがきつい目で田をみながらいった。
「ああ。このままじゃ、この秋には、死ぬ者がおおかろう。」
斜面にひろがる段だん|_《ばたけ》から男がおりてきた。タンダたちに气づいて手をふると、すこし早足になってちかづいてくる。あのニュンガ·ロ·イムの话をしてくれたニナの父亲、ユガだった。
「こりゃ、トロガイ师! タンダさんもおひさしぶりで。」
ぺこぺこと头をさげてから、ユガは田をみやった。
「……ひでえもんでしょ。」
ユガの颜には无精髭がはえ、暗い表情がうかんでいた。确实にやってくる灾いをひしひしと感じながら、なにもできずにいる者のあせりが、その、ぎゅっととじた口に感じられた。
「どこも、こんなもんだそうで。なにしろ、春からずっと、虫の|小便《しょうべん》ほどの雨もふらねぇ。ぎらぎら、ぎらぎら、お日样ばっかりてりやがって。」
いってしまってから、彼は、あわてて、早口に日の神にあやまった。そして、しばらく、ふたりがいることもわすれたように田をみつめていたが、やがて、タンダに视线をもどした。
「タンダさん。あんたがうちのニナと话してたのは、このことだったんだな。あの、じいさんのあにきにやどったっていうナユグの云の精灵の话。——ほんとうのことだったんだな。」
タンダは、うなずいた。ユガは、颜をゆがめ、せきがきれたように话しはじめた。
「ああ、くそったれ! こんな日照りはうまれてはじめてだ。ほんとによ。じいさま连中だって、こんなひでえ日照りはしらねえっていってた。日照りに凶作なしっていうが、それだってげんどがあらぁ。稻は、もうだめだ。この田の稻だって、ずっとこんなちょうしなら、いずれだめになる。
新年そうそうに、星ノ宫から日照りにそなえよってお告げがあったもんで、あわてて日照りに强いシガ芋とヤッシャ(杂谷)の_をふやしたけんど、それだって、ぎりぎりってとこだ。おれたちゃ、まずしくて、街の商人どもがためてる米や麦を买えるわけもねえし。とくにいまは、もちのいい食粮の|值《あたい》は、天井しらずの、うなぎのぼりで……。|钱《ぜに》がいくらあっても食えんって、手持ちの食粮を卖らん商人もいるってことだし。」
ため息をついて、ユガはふたりをみた。目が血ばしっていた。
「なんとか、雨をふらせてもらえねえかね。あんた样の咒术でよ。このままじゃ、うまれたばっかりの、おれの坊主は、きっと……秋をこせねえ!」
ユガの目に、かすかに泪がうかんできた。トロガイはユガをみ、一言だけいった。
「……わしらもね、ひっしにやってはいるのさ。」