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回复:精灵の守り人

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「おまえは、これほど长くこの宫で星を读みながら、いったいなにをまなんできたのだ。天空の星々と、この地上に住まうすべてのものが、目にみえぬ糸でふくざつにむすばれ、うごいていく壮大なさまをみつづけながら、まだ、国のなんたるかを读めぬのか。
 藏役ノ长だけでなく、政にかかわるすべての者は、とにかく国の财をまもろうとするだろう。わずかな金でもへらすくらいなら、平民の百や二百、饥死してもかまわぬというだろう。それが国のため、というだろう。商人たちから、あまい汁をすっている役人たちは、とくに、そういうだろう。
 だからこそ、星读みが必要なのだ。われらは、ほかの者たちより、はるかに长いときを思い、はるかにひろい世をみている。その目をもっているからこそ、正しく国をみちびけるのだ。
 いま金をおしんで、むりに稻をつくらせたら、秋にわが国にみちるのは、ひからびた稻の死骸と、うえにくるしみながら死んでいく人びとの、うらみの声だということが、なぜ、わからぬのだ。……そのうらみが、ふかくしずかにつみかさなって、いつか国をゆるがすこともあるのだぞ。」
 ガカイはうつむいていた。圣导师は、しずかだが、うむをいわさぬ口调でいった。
「予言をただしく书きなおし、いそぎ国じゅうにつたえよ。よいな。」
 ガカイはうなずくしかなかった。


57楼2007-07-13 23:10
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    あの人は、しっていることの十分の一も话しちゃくれない人だけど、危险があるなら、おれにちゃんとそういってたはずだよ。だから、だいじょうぶ。心配するな。」
     バルサは、しみじみとタンダの颜をみつめた。タンダの颜には、まったく紧张の色はない。
    「あんた、ずいぶん、おちついてるじゃないか。」
    「そうか? まあ、こういうことがおきるだろうな、とは思ってたから。——な、朝饭にしようぜ。チャグムのことは、なりゆきにまかせるよりしょうがないよ。」
     バルサはため息をついて、タンダの言叶にしたがった。だが、心の底にどす黑くひろがっている不安は、タンダがなんといおうと、きえはしなかった。タンダやトロガイは咒术师だ。ずっと精灵だのなんだのをあいてにして生きてきた者たちだ。けれど、バルサはちがう。だから、バルサには、ニュンガ·ロ·イムとかいう云をはく精灵を、タンダたちのように人を伤つけぬモノだ、などと、すなおにしんじることは、どうしてもできなかった。
     围炉里でお粥をつくり、ふたりは、あつい盐味のお粥をすすりはじめたが、タンダは、バルサが箸をとめて炎をぼんやりみているのに气づいた。
    「バルサ。」
    「ん?」
    「くらい颜して、なにを考えてるんだ?」
    「べつに。……冬がすぎるな、と思ってたのさ。」
    「ああ。この冬は、いい冬だったな。チャグムと三人で、はたらいたりあそんだり……。ノウヤさんのおばあさんの言叶じゃないが、この冬だけは、ずっとつづいてくれればいいと思ったよ。でも、春がきてしまう。」
    「しずかな日々とは、おわかれだね。ラルンガも目ざめるだろうし、——正念场ってわけさね。」
     タンダは、バルサをみつめた。
    「そうだな、これからは、きっと命がけの修罗场がくる。」
     タンダは、まるで、ついでのようにつづけた。
    「……この修罗场を生きのびたら、ずっと三人で、この冬みたいにくらさないか。」
     バルサの目がゆれた。タンダが、しずかにいった。
    「おれは、ずっとまってたんだ。しってるよな。おれは、おまえが誓いをはたすまでまとうと思ってた。」
     タンダの目に、ふっと、怒りともかなしみともつかぬ色がうかんだ。
    「でも、まっていても、おまえは、ずっと、もどってはこないんじゃないかな。修罗场が、人生になっちまってるんだよな、おまえ。いつのまにか、战いのために、战うようになっちまったんだな。」
     バルサはこたえなかったが、心のなかでは、うなずいていた。もう、骨の髓まで战うことがしみついてしまって、おだやかな日々がずっとつづくような生活を、想像することさえできなくなってしまっている。こうして冬の日々をすごしながらも、ときおり、燃えたつような、战いへの冲动を感じていたのだ。——これでは、斗鸡の|鸡《にわとり》とおなじだ。
    「……どうしたらいいんだろうね。」
     バルサは苦笑した。
    「あんた、いい药をもってるかい?」
     タンダの口もとにさびしげな|えみ《__》がうかんだ。首をふって、
    「おれが、その药だと思えないなら、まっててもしかたがないってことだよな。」
    とだけいうと、たちあがって外へでていってしまった。
     のこされたバルサは、じっと、くつくつ煮えている粥をみつめていた。バルサの胸のなかで、おもくるしいかなしさが、くつくつと音をたてていた。
     おいかけていってタンダの腕をつかもうか、と、一瞬思った。が、バルサはたちあがらなかった。バルサは目をとじて、颜を手でさすった。
    (あの、ばかやろうめ。——いま、こんなことでなやませるんじゃないよ。だいじなときだってのに。)
     目に、热いものがにじみでてきたが、バルサは目をあけず、ただじっとしていた。
     タンダは、どこへいってしまったのか、昼になってもかえってこなかった。バルサはもくもくと、いつもどおりの仕事をこなして、しずかな一日をすごした。
     チャグムが目ざめたのは、もう夕方にちかいころだった。バルサが薪をかかえて〈狩穴〉にはいっていくと、ちょうど、チャグムがうなって目をあけたところだった。
    「チャグム? ぐあいはどうだい。」
     チャグムはしばらく、なにもみえていないような目でバルサをみていたが、
    「……なんだか、暗いね、バルサ。」
    と、つぶやいた。
    「もう夕方だからね。あんた、一日じゅうねむってたんだよ。まだ、からだがきついかい?」
     チャグムは首をふった。おきあがると、かすれた声で、
    「のどがかわいた。」
    と、いった。バルサがお碗に水をくんできてやると、チャグムはごくごくのどをならして、その水を饮みほしてしまった。
    「だいじょうぶかい?」
    「うん。でも、なんだか头がぼんやりしている。」
    「ずっとねてたからだよ。もし、からだが平气なようだったら、ちょっと外へでて、风にあたっておいで。气分がすっきりするだろうから。」
     チャグムは、うなずいてたちあがった。もそもそと衣を着がえて、外へでていく。
     バルサが、围炉里の灰をよせて、あたらしい薪をくもうとしたとき、外からチャグムの悲鸣がきこえてきた。バルサは、ぱっと短枪をとって、外へとびだした。
     ふしぎなことに、まったく杀气も、异常な气配も感じない。ただ、|洞穴《ほらあな》の出口に、明るい夕日をあびて、黑ぐろと影になっているチャグムがみえるだけだった。チャグムは、からだをかたくして、手を口にあて、がくがくとふるえている。きつくはったほそい糸が、いまにもきれそうな、そんな紧张感がチャグムの全身にみちていた。
    「チャグム! どうしたんだい?」


    59楼2007-07-13 23:11
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      2025-11-12 22:35:38
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      チャグムはふりかえった。バルサはその颜をみて、ぎょっとした。目がつりあがり、异常な恐怖に颜がひきつっている。バルサはさっとチャグムをだきしめた。あたりには、なにもいない。なんの气配もない。——しかし、だきしめているチャグムのからだが、いまにも手のなかからきえてしまいそうな、きみょうなたよりなさを、バルサは感じた。
       なぜだかわからない。だが、目まいがする。バルサはまばたきをした。风景がぼんやりとかすみ、ゆれているような……。
      「バルサ!」
       ドンッと腹にひびく声が、バルサをうった。タンダの声だとわかったが、その声は、いままできいたことがないほど、强く、はげしい气合いにみちた声だった。
      「腹に气合いをこめろ! チャグムにひきずられるな。チャグムは、ナユグにひっぱられているんだ。おまえが、このサグにチャグムをひきとめる|杭《くい》になるんだ、バルサ!」
       バルサは、しずかに长く息をすい、气を下腹にためた。气がしずまり、腹に热い气だまりがうまれるにつれて、目まいがゆっくりときえていくのがわかった。
       チャグムが、笛のような息とともに、ほそい悲鸣をあげた。
      「おちる! おちちゃうよ! たすけて!」
      「チャグム。」
       タンダの声がひびいた。タンダの声は、まるで|大太鼓《おおだいこ》の响きのように、おもく、ふかく、チャグムのからだをうった。
      「おちつけ。だいじょうぶだ。おまえは、ナユグをみているんだよ。」
      「地面がないよ! ここは、ふかい谷の……。」
       あとは、声にならなかった。チャグムは目をぎゅっととじて、さけびだした。バルサは腕に力をこめたが、チャグムのさけび声はとまらなかった。
      「どうしたら、いいんだい! タンダ!」
       バルサがどなったとき、大きなあたたかい腕が、バルサごとチャグムをだいた。タンダが、チャグムの耳もとに、ぶつぶつとひくく、なにかをささやきはじめた。それは、言叶ではなく、音だった。波がよせてかえすような、心をおちつかせるひびきが、タンダの口からチャグムの耳につたわっていく。
       チャグムがさけぶのをやめた。ふるえが、かすかに、おさまりはじめる。
      「おちつくんだ、チャグム。おまえがみている谷は、おまえがたっているところにはない。おまえは、ナユグの风景をみているんだ。きこえるか? おまえのからだは、ここ、サグにしっかりとたっているぞ。だいじょうぶだ。おまえは、おちはしない。」
       そういいながら、タンダは、そっと腕をほどき、バルサとチャグムからはなれた。
      「チャグム。心をしずめてバルサの腕をしっかり感じるんだ。——どうだ、感じてきたか?」
       チャグムが、うなずいた。
      「バルサのからだをたよりにして、バルサにふれているところから、自分のからだを感じていくんだ。ゆっくり。——腕、背、胸、腹、……さあ、足だ。足を感じるか?」
       チャグムは、また、うなずいた。
      「足のしたにある地面を感じろ。どうだ。感じるだろう。かたい地面を。」
       チャグムのからだのふるえがおさまっていくのを、バルサは感じた。チャグムのからだからじょじょに力がぬけ、まるでうきあがろうとするかのようにつまさきだっていたチャグムのからだが、ゆっくり地面に足をつけ、地に体重をあずけるのがわかった。
      「タ、タンダ、地面がある!」
      「そうだろう。心をこちらにもどせ。风景を思いだすんだ。冬じゅうくらした〈狩穴〉の入り口に、おまえはたってるんだぞ。」
       チャグムは、しずかに目をあけた。汗がびっしりと颜にふきだしている。
      「おれがみえるか、チャグム。」
       チャグムはタンダをみた。ゆれている视线が、ゆっくりととどまりはじめた。
      「うん。……みえる。」
      「もうだいじょうぶだ。心配するな。とつぜんナユグがみえるようになったもんだから、ひっぱられたんだよ。もうだいじょうぶ。泳ぐのとおなじだ。一度やりかたがわかれば、あとは、なんであんなに苦劳したのかな、と思うくらいらくに泳げるようになるだろ? それとおなじだよ。もうおまえの心は、ナユグがみえる自分になじんだはずだ。サグだけみていたければ、そうしていられるはずだよ。——どうだ?」
       チャグムは、颜にういた汗をぬぐった。
      「うん。」


      60楼2007-07-13 23:14
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        大きなため息をついたチャグムのわきで、バルサもからだから力をぬいた。タンダが、バルサをみて、しみじみといった。
        「……おまえが、すぐそばにいて、ほんとうによかったな。おまえは、いつでも瞬时に危险とむかいあえるものな。ふつうの人间じゃ、あれほどきゅうに自分をとりもどして、『杭』にはなれなかったろう。——おまえという『杭』にしがみつけたから、チャグムはたすかったんだ。チャグムひとりだったら、气がくるってたかもしれん。」
        「あんたがどなったんで、目がさめただけさ。しらなかったよ。あんた、あんな气合いをはっせられるなら、もうちょっとがんばれば、いい武人になれたのに。」
         タンダは冗谈じゃない、という颜をした。そして、チャグムの背をおして、〈狩穴〉のなかへうながしながら、チャグムに话しかけた。
        「今朝みたらな、れいの卵がずいぶんそだってた。だから、いまみたいなことがおきたんだろう。これからは、どんどん、ふしぎなことがおこるだろうけど、さっきみたいに、やみくもにおそれないで、まず心をしずめるすべをおぼえるんだよ。それが生死をわけるかもしれんのだから。」
         チャグムは、ぎゅっとくちびるをひきむすんで、うなずいた。颜には、まだ汗がびっしりういている。チャグムは、吐き气をけんめいにこらえているように、一、二度つばを饮みこんだが、やがて、ぶるぶるとふるえはじめた。
         チャグムは、うなり声をあげておもいきり胸をかきむしった。チャグムの口から、ふいに、せきをきったように悲鸣にもにたさけびがふきあがった。
        「いやだ! いやだ! いやだ—!」
         泪がとびちった。
        「くそったれ! なんで、おれなんだ! なんで、こんな目にあわなきゃ、ならないんだ! 死んじまえ、卵なんか! かってにおれのからだにはいりやがって!」
         宙をけり、岩壁をけり、あばれくるうチャグムを、バルサが背後からかかえあげて、くるり、となげた。草地になげとばされたチャグムは、受け身をとっておきあがると、わめきながらバルサにとびかかった。バルサのからだがしずんだ、とたん、チャグムはふたたび、草地になげられていた。とびかかる、なげられる……息がきれ、うごけなくなるまで、チャグムはバルサにとびかかりつづけた。ついにおきあがれなくなって、チャグムは草地にあおむけになってたおれたまま、泣きつづけた。
         ひとしきり泣いたあと、のろのろとおきあがり、バルサをみて、チャグムはおどろいた。——バルサが泣いていたのである。バルサは泪をぬぐいもせずに、だまってチャグムの腕をとると、いっしょに〈狩穴〉のなかにはいっていった。
         タンダは〈狩穴〉のまえにたちつくしていた。いまの光景が、タンダの脑里に古い思い出をあざやかによみがえらせていた。そして、その思い出が彼の胸をつきさしたのだ。——わめき、泣きながら、ぶつかっていくおさないバルサ、それをうけとめては、くるりとなげるジグロ。
         あのとき、おさないバルサのなかにあったのは、いまのチャグムとおなじ、ぶつけるあいてのいない怒りだったのではなかろうか。むごい运命をかってにせおわされ、あんな生き方をせねばならなかったことへの、怒り……。そこまで思って、タンダは、はっとした。
        (もしかすると、バルサが战いをやめられないのは——修罗からぬけだせないのは、あの怒りが、まだ心の奥底に、ふつふつと、うずいているからなんじゃないだろうか。)
         タンダは、そのおもいつきを、どうしてもふりはらうことができなかった。チャグムがねむったあと、タンダは、ためらったあげくに、バルサにそのことをたずねてみた。
         バルサは、かすかに|えみ《__》をうかべて、タンダのといかけをきいていた。
        「……ふうん。あんたも、あれを思いだしてたんだね。」
         バルサは、ちろちろと光る|炽《おき》をみつめてつぶやいた。
        「怒りね。——うん、そうだ、ね。怒りは、たしかに、ずっとくすぶってるよ。この炽のように、ね。」
         胸をさすりながら、バルサはいった。
        「だけど、チャグムをうけとめながら、わたしは、あんたとは、ちょっとちがうことを思ってた。わたしは、あのとき、ジグロのことを——ジグロがどんな气持ちで、わたしをうけとめ、なげとばしてたのかが、はじめてわかったよ。」
         バルサは、それきり、ジグロの气持ちをどうわかったのかは、话さなかった。ただ、ふっと目をあげて、タンダをみると、ちょっとほほえんだ。
        「だけど、やっぱりあんた、武人じゃないね。——怒り、ね。それが、わたしが修罗からぬけだせない原因だと、あんたは思ったんだね。」
         バルサは、ふかいため息をついた。
        「そうだったら、ことはもっとかんたんだったろうに。——タンダ、わたしはね、骨の髓から、战うことがすきなんだよ。だから、战うことをやめられないんだ。むごい运命への怒りなんて、ごりっぱな理由からじゃない。わたしは、羽根をさかだてて、意味のない战いをつづける、斗鸡とおんなじなのさ。」


        61楼2007-07-13 23:14
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          その日いらい、チャグムは、むっつりとふさぎこむことがおおくなった。しじゅういらいらしているらしく、ささいなことに腹をたてては、ぷいっと〈狩穴〉をとびだし、そのまま夜まで、もどらないこともあったが、バルサもタンダもなにもいわず、したいようにさせていた。
           数日たったある午後、チャグムは、もうしわけていどにひろってきた、わずかな薪を手にぶらぶらともどってきた。バルサが木の枝にウサギをつるして皮をはいでいる。チャグムは、ふと、バルサがつかっているのが、自分の短刀であるのに气づいた。
           チャグムの胸に、とつぜん、むかむかと怒りがふきあがってきた。自分でも、まるでわけがわからない、やみくもな怒りだった。たわんだ竹が、なにかの拍子にピンとはじけてしまうのににていた。チャグムは薪をおとすと、バルサにかけよって短刀をむしりとろうとした。
          「かえせよ! なんでかってに、おれの短刀をつかってるんだよ!」
           バルサの手がチャグムの手をつかんだ……とたん、片手一本で、かるがるとチャグムは草地になげとばされてしまった。うなって、おきあがろうとしたチャグムのうえにバルサがのしかかった。首を右手でおさえ胸を膝でおさえている。チャグムの目をバルサがのぞきこんだ。
          「……もうそろそろ、にげるのをやめな。」
           チャグムは、齿をくいしばった。バルサは、じっとチャグムの目をみつめていた。チャグムはふるえながら息をすいこんだ。目に、泪がもりあがった。
          「泣きたいんだろ。どうしようもなく胸のなかが重くて、せつなくて、そうかと思えば、たまらなく腹がたって、おさえられないんだろ。」
           バルサは、つぶやくようにいった。
          「だけど、|やつあたり《_____》じゃ气分ははらせないよ。あんたは、それほどバカじゃないからね。そうやってれば、やってるほど、どんどん、むなしさがたまって、よけいにいらつくだけさ。——そこらでにげるのをやめて、ふりかえってみな。むかむかのもとが、なんなのかをね。」
           チャグムが目をとじた。たまっていた泪が耳のほうへ、つうっとおちていった。しゃくりあげながら、チャグムがつぶやいた。
          「くそったれ!」
           バルサはチャグムをはなして、たちあがった。チャグムはねころがったまま、腕を颜のうえで交差させていた。
           バルサがウサギのところへもどり、皮はぎをおえ、短刀をきれいにあらってとぎはじめたころ、チャグムがうしろにやってきて、ぼんやりとたった。バルサは刃をみつめたまま、しずかにいった。
          「……刃をとげば、切れ味はよくなる。确实にね。こんなふうに、すべての物事の结果のつじつまがあえば、いいんだけどね。」
           バルサは、日の光に刃をむけて、チカッと光らせた。
          「やさしく、おだやかに生きてきた人が、ぶらぶら亲のすねをかじって生きてきたバカ野郎に杀されることもある。この世に、公平なんて、もとからありゃしないのさ。」
           チャグムが、バルサのとなりにしゃがんだ。
          「わたしも、むかしはね、よくカッとなっちゃ、ジグロにやつあたりをしてた。なにをしたわけでもないのに、なんで父亲を杀されたり、寒くてひもじい思いをしながら旅から旅をつづけなくちゃならないんだって、いっつも腹がたってた。
           ちょっと年をとってくると、ジグロにやつあたりすることすら、できなくなった。ジグロこそ、ただ父の亲友だったってだけで、こんなひどい人生をおわされてしまった、わたしよりずっと不幸な人だって、气づいたからね。——いっそうすくわれない气分になったよ。ジグロにもうしわけないって气持ちまで、くわわっちまったんだから。」
           チャグムは、胃のあたりがずきりと痛むのを感じた。どうじに、はずかしさがこみあげてきた。——考えてみれば、バルサにとっては、自分は、金をもらってまもっているだけの、あかの他人なのだ。それなのに、いつのまにか、平气でだだをこね、やつあたりをしていい人のような气がしていた。自分の亲でもないのに……。
           チャグムが、ふたりのあいだの距离を感じたのをさとったかのように、バルサは、ふいにふりかえって、ほほえんだ。
          「十六のときジグロに、わかれようっていったんだ。わたしはもう、自分の身は自分でまもれる。追手にまけて死んだら死んだで、それがわたしの人生だって。もうジグロにはじゅうぶんたすけてもらった。もういいから、他人にもどって、どうか自分の一生を生きてくれって、ね。」
           チャグムは、口のなかでつぶやいた。
          「ジグロは、なんて?」
          「いいかげんに、人生を勘定するのは、やめようぜ、っていわれたよ。不幸がいくら、幸福がいくらあった。あのとき、どえらい借金をおれにしちまった。……そんなふうに考えるのはやめようぜ。金勘定するように、すぎてきた日々を勘定したらむなしいだけだ。おれは、おまえとこうしてくらしてるのが、きらいじゃない。それだけなんだって、ね。」
           バルサは、短刀を布でふいてチャグムにかえした。
          「そういわれたのに、わたしもバカだよね。これまでずっと人の命を金に换算して、用心棒をやってきちまった。だから、いくど命をすくっても、ちっともすっきりしなかったんだろうよ。」
           バルサが、チャグムの肩に手をのせた。
          「だけど、いまはけっこうすっきりしてるよ。——あんたの用心棒をやって、はじめて、ジグロの气持ちがよくわかった。」
           バルサの手の重さが心地よかった。チャグムは、大きくため息をつき、それから息をすった。はっとするほど、すがすがしい若叶のにおいが、胸のなかにひろがった。


          62楼2007-07-13 23:15
          回复
            チャグムのからだに变化がおきてから、二月がたった。山々からも雪がきえ、木々の绿は日ごとにこさをまし、风さえもやわらかく、よいにおいになっていった。
             バルサは、チャグムのからだにつぎつぎに变化がおこるものと、かくごしていたのだが、予想をうらぎって、なかなか变化はおきなかった。
             ほっこりとした土のにおいをまといつかせてトロガイがもどってきたときも、チャグムのなかの卵は、ほとんど变化していなかった。
            「そう、ころころ变化しとったら、チャグムのからだがもたんわい。まあ、もう一月もしたら、また、大きな变化がおこるじゃろ。」
             ひととおりの话をきくと、トロガイはそういった。
            「しかし、おまえ、なんだか|皇子《おうじ》样って感じじゃなくなったね。もうまったく、そこらのガキとおなじだわい。」
             チャグムは、むっとした颜でトロガイをみた。そして、ふいに、この老婆の颜がずいぶんしたにあるのに气づいた。
            「あれ? トロガイさん、背がちぢんだの?」
            「ばかぬかせ。これ以上ちぢんでたまるかい。おまえの背がのびたんだよ。」
             バルサは、あらためてチャグムをみて、へえっという颜をした。
            「ほんとうだ。あんた、ずいぶん背がのびたね。」
            「年が明けたから、チャグムは、もう十二か? これからが男がいちばんかわるときだよな。」
             タンダの声をききながら、バルサは、ふっと、ずいぶんむかしのことを思いだした。年下の小さなタンダを、ずっと弟のように思っていたのに、十二をすぎたころからタンダの背がきゅうにのびはじめ、あれよあれよというまに、バルサをおいこしてしまったのだ。おとなのような声で话すようになったタンダを、バルサはふしぎな气分でながめたものだ。——なにかが决定的にかわってしまったのだと、そのとき感じた。
             トロガイは、あらわれた、と思ったら、すぐにタンダをひっぱって、また旅にでていってしまった。もう一度ナユグのヂュチ·ロ·ガイ〈土の民〉にあいにいったのだ。だが、この旅もけっきょく、まったくのむだ足におわった。ナユグの土の民たちにとって、ラルンガ〈卵食い〉はおそれうやまう土の精灵なのだろう。まったく口をとざして、なにも语ってはくれなかったのである。
             ふたりがヤシロ村までかえってきたころには、もう春もすぎさり、初夏のおとずれをつげるセミの声が、野山にこだまするようになっていた。森をぬけて川岸まできて、タンダはおもわずたちどまってしまった。そこには、ぞっとするような风景がひろがっていたのだ。
             いつもなら、とうに田植えをすませ、青あおとした若い稻がゆれているはずの田が、白ちゃけ、ひびわれてひろがっていた。かろうじて、もっとも川にちかいところにある小さい田だけが、土手にかこまれて水をたたえており、そこに、わずかな青い稻がゆれていた。——といっても、たったこれだけでは、とても村じゅうの人をやしなえるわけもない。
            「……こりゃあ。」
             タンダは、つぶやくと、トロガイがきつい目で田をみながらいった。
            「ああ。このままじゃ、この秋には、死ぬ者がおおかろう。」
             斜面にひろがる段だん|_《ばたけ》から男がおりてきた。タンダたちに气づいて手をふると、すこし早足になってちかづいてくる。あのニュンガ·ロ·イムの话をしてくれたニナの父亲、ユガだった。
            「こりゃ、トロガイ师! タンダさんもおひさしぶりで。」
             ぺこぺこと头をさげてから、ユガは田をみやった。
            「……ひでえもんでしょ。」
             ユガの颜には无精髭がはえ、暗い表情がうかんでいた。确实にやってくる灾いをひしひしと感じながら、なにもできずにいる者のあせりが、その、ぎゅっととじた口に感じられた。
            「どこも、こんなもんだそうで。なにしろ、春からずっと、虫の|小便《しょうべん》ほどの雨もふらねぇ。ぎらぎら、ぎらぎら、お日样ばっかりてりやがって。」
             いってしまってから、彼は、あわてて、早口に日の神にあやまった。そして、しばらく、ふたりがいることもわすれたように田をみつめていたが、やがて、タンダに视线をもどした。
            「タンダさん。あんたがうちのニナと话してたのは、このことだったんだな。あの、じいさんのあにきにやどったっていうナユグの云の精灵の话。——ほんとうのことだったんだな。」
             タンダは、うなずいた。ユガは、颜をゆがめ、せきがきれたように话しはじめた。
            「ああ、くそったれ! こんな日照りはうまれてはじめてだ。ほんとによ。じいさま连中だって、こんなひでえ日照りはしらねえっていってた。日照りに凶作なしっていうが、それだってげんどがあらぁ。稻は、もうだめだ。この田の稻だって、ずっとこんなちょうしなら、いずれだめになる。
             新年そうそうに、星ノ宫から日照りにそなえよってお告げがあったもんで、あわてて日照りに强いシガ芋とヤッシャ(杂谷)の_をふやしたけんど、それだって、ぎりぎりってとこだ。おれたちゃ、まずしくて、街の商人どもがためてる米や麦を买えるわけもねえし。とくにいまは、もちのいい食粮の|值《あたい》は、天井しらずの、うなぎのぼりで……。|钱《ぜに》がいくらあっても食えんって、手持ちの食粮を卖らん商人もいるってことだし。」
             ため息をついて、ユガはふたりをみた。目が血ばしっていた。
            「なんとか、雨をふらせてもらえねえかね。あんた样の咒术でよ。このままじゃ、うまれたばっかりの、おれの坊主は、きっと……秋をこせねえ!」
             ユガの目に、かすかに泪がうかんできた。トロガイはユガをみ、一言だけいった。
            「……わしらもね、ひっしにやってはいるのさ。」


            63楼2007-07-13 23:15
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                4 シグ·サルアをおって


               ナナイの手记を解读していたシュガが、石板にきざまれた〈にゅんが·ろ·いむ〉というきみょうな言叶にであったのは、もう春もすぎ、夏の气配がただよいはじめたころだった。
              「にゅんが·ろ·いむ……は、く、く? ああ、そうか、云だ。云を、う、うむ、せい? 精灵なり。百年に、一度、卵をうみ……。」
               シュガは声にだして读みながら、文字をおう指先がふるえるのを、おさえられなかった。これだ。これこそ圣祖の建国神话にでてくる|水妖《すいよう》——ヤク—の咒术师が、卵とよんだものだ。
               シュガは、かつてしっていた神话とはまったくちがう事实《じじつ》を、ゆっくりとたどりはじめた。この地がちかく、ひどい日照りにおそわれることをしめす天界の|样相《ようそう》——〈|乾ノ相《かわきのそう》〉の出现。ナナイは、都づくりを信赖のおける部下にまかせて、ヤク—にあうために山へわけいっていく。そこで、彼は、胸に〈にゅんが·ろ·いむ〉の卵をだいている少年と、その子をまもるために力をつくしている、ヤク—たちにであったのだ。
               ヤク—たちは、これが、人が天地の动きをたすけることができる、百年に一度の幸福のときなのだといって、ナナイに〈さぐ〉と〈なゆぐ〉について、おしえている。
              〈にゅんが·ろ·いむ〉の卵は、冬をこすとしだいに成长をはじめ、宿主に变化がおこりはじめる。それとときをおなじくして、まるで、蛇が鸟の卵をねらうように、〈なゆぐの卵食い〉——〈らるんが〉が、うごきだす……。
               ナナイとヤク—たちの、卵をまもるためのひっしの动きをおううちに、シュガは、しだいに、冷汗をかきはじめた。自分たちが、とんでもないまちがいをしていたことに气づいたのだ。
              (いまは、|何ノ月《なんのつき》だ?)
               シュガは石板から目をあげて、暗い天井をみあげた。时间の感觉が混乱していて、シュガは、しばらくひっしに记忆をたどらなくてはならなかった。このまえ食事をしたのは、いつだ? 思いだせ。あのとき、外は……。
              (たいへんだ。——もう、〈|蝉鸣《せみな》き|月《つき》〉ではないか! 夏至まで、あと二十日もない。では、〈らるんが〉は、もう|皇子《おうじ》をおいはじめているのか?)
               シュガは、じっとしていられぬ心地になった。石板を一枚读みとくにははやくて半日、ひどいときには一日かかる。ナナイとヤク—たちが、どうやって〈らるんが〉を退治し、〈にゅんが·ろ·いむ〉の卵をまもったのかをしるまでには、まだ十日はかかってしまうだろう。
               シュガは、自分をいさめた。
              (あせるな。圣导师样は、すでに〈狩人〉たちに|皇子《おうじ》をおわせておられるのだ。いま、わたしがやるべきことは、いっこくもはやく、ひとつでもおおくの事实をしることだ。)
               シュガは寝食をわすれて石板にかじりつき、梦中で文字をおっていった。そうして二日がたったとき、彼は、ひとつ重大なことを发见して、石板から目をあげた。头がわれるように痛んでいたが、しばらくじっと考えこんだあと、彼は、ふらふらと|梯子《はしご》にとりつき、うえにあがっていった。
               圣导师は、ちょうど休もうとして|寝间《ねま》にもどってきていたところだった。圣导师は、〈石床ノ间〉の上げ户をあげて、でてきたシュガをみて、おどろいた。
              「シュガ! どうしたのだ、その颜は。——まっ青だぞ。」
               シュガは、よろけて床にすわりこんでしまった。圣导师はシュガのからだをささえて、なにかをささやいている口に耳をちかづけた。话をきくうちに、圣导师の目が光をたたえはじめ、やがて、大きくうなずいた。
              「……そうだろう。よくやった、シュガ。そう〈狩人〉につたえて、さきまわりをさせよう。こんどこそ、きっとうまくいくだろう。」
               圣导师は、若者の背をさすりながら、いった。
              「手记を读みすすむのもだいじだが、とにかくすこし休め。おまえがたおれたら、それこそ、秘密を读みとく者がいなくなる。」
               シュガは、充血した目をあげて、ささやいた。
              「……いっこくを、あらそうのです。圣导师样が、かわって读みつづけては、いただけませんか。」
               圣导师は、しばらく考えていたが、やがて首をふった。
              「ざんねんだが、わしにも、その时间がない。|皇子《おうじ》の命をたすけるために、わしも不眠不休でついていたのだ。今宵一晚だけ、ゆっくりとねむる时间をもらった。明日の朝からは、また、つききりで看病せねばならぬ。」
               シュガは、しかたなくうなずいた。长いあいだ、ろくに物も食べず、ねむりもせずに读みつづけてきたので、气が远くなるほどにつかれきっていた。ここで、むりをしてもしかたがない。
              「今宵は、ここで休め。|床《とこ》をとってやる。わしをまたず、さきに休んでおれ。」
               シュガは、圣导师が寝间をでていったのまではおぼえていたが、そのあとすぐに、その场にたおれてねむりこんでしまった。|杂役《ざつえき》の老人が床をもってやってきて、自分のからだを床にねかせてくれたことも、圣导师がもどってきたことも、シュガはしらなかった。


              64楼2007-07-13 23:15
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                チャグムに、つぎの变化がおこったのは、トロガイたちが旅からもどって五日目、もう夏至もまぢかの、むし暑い朝のことだった。
                 チャグムが、からだのだるさをうったえてねこんだとき、こんどはだれも——とうのチャグムでさえ、あわてはしなかった。むしろ、ようやくくるものがきたという感じだったのである。
                 それに、こんどの变化はまえほど长くかからなかった。チャグムは|数刻《すうこく》ねむっただけで、めざめると、自分のなかに、きみょうな欲求がうまれているのに气がついた。
                「なにかが、よんでるような气がするんだ。ずっとまえみたいな、あの、かえりたいっていう感じににてるけど、でも、とにかく、どこかへいかなくちゃいけないって——よばれてるって感じがする。」
                「だれがよんでるんだい?」
                 バルサの问いに、チャグムは、こまって、首をふった。
                「なんていうのかな。人によばれてるって感じじゃないんだ。そうじゃなくて、目にみえない糸にひっぱられてるような——そっちへいかなくちゃいけないっていう感じが、あるんだ。」
                 トロガイが口をひらいた。
                「こりゃ、あれだね。トブリャ(鱼の一种)が|青弓川《あおゆみがわ》でうまれて、いったん海へでて、また、|青弓川《あおゆみがわ》をさかのぼってくるみたいに、ニュンガ·ロ·イム〈水の守り手〉の卵が、自分に必要なことをそういうかたちでうったえてるんだろ。渡り鸟がうまれつき、わたる空の道をしってるように、ニュンガ·ロ·イムの卵も、うまれるまえから、必要なことをしってるんだろうよ。で、どこへいきたいんだい?」
                 チャグムは、ためらいもせずに、ひとつの方向を指さした。トロガイは眉をひそめた。
                「ほう? 海かと思ったら、ちょっと方向がちがうようだね。どうやら、海にむかうまえに、やらなければならんことが、あるらしい。——まあ、卵にしたがうしかないやね。」
                 バルサたちは、おおいそぎで〈狩穴〉のそうじをし、旅じたくをととのえた。围炉里の灰がきれいにならされ、がらんとなった部屋のなかをみまわして、チャグムは、ひえびえとしたさびしさを感じた。チャグムは、荷をせおったバルサをみあげた。
                「ねえ、バルサ。」
                「ん?」
                「ぶじに卵がうまれて、おれが用ずみになったら、ここにまた、もどってこられる? また、バルサとタンダといっしょにくらせる?」
                 バルサは、复杂な表情をうかべた。タンダが、ちょうど外にでていったばかりだったのが、ありがたかった。
                「……まあ、そういうことも、あるかもしれないね。」
                 あいまいな口调でいって、バルサはチャグムの背をおした。
                「さあ、いくよ。」
                「うん。」
                 チャグムは、去年の秋、はじめてであったころとはくらべものにならないくらい、足もからだも达者になっていた。ひとりで火もおこせるようになり、バルサたちが根气よくおしえたせいで、たったひとりで山のなかにとりのこされても、なんとか生きのびられるだけの知识も身につけていた。
                 チャグムは、バルサたちと山道を步きながら、ときおり、ふしぎな风景をみていた。みようとすると、ごくしぜんに、ナユグの风景が目のまえの风景とかさなってみえてくるのだ。
                 ナユグの风景は、サグよりもはるかにけわしく、きびしかった。山は黑ぐろと天にそびえ、雾が山顶へゆっくりとのぼっていくのがみえる。人が步けそうな道などなく、人の气配がまるでない风景だった。サグで谷をみおろしながら|崖道《がけみち》を步いているとき、したにみえる谷とナユグの谷をかさねてみると、ナユグの谷はまるで底がないように、ふかく、暗い。そのしめった、小暗い暗の底に、ときおり、なにかがうごめく气配を感じたりもした。
                 だが、ナユグの风景は、おそろしいだけでなく、はっと胸にせまるほどにうつくしくもあった。ナユグの水は琉璃のように青く、どこまでもふかい。花は、まるでおのが命をほこっているかのように、あざやかにさきほこっている。大气は、胸がすくほどにすんで、あまかった。
                「あ、チャグム! しっかり步きなよ!」
                 バルサに腕をつかまれて、チャグムは、どきりとした。ナユグにある岩をよけようとして、あやうく崖をふみはずしそうになったのだ。チャグムは、あわててナユグをみるのをやめた。


                65楼2007-07-13 23:15
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                  2025-11-12 22:29:38
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                  大气がこおりついた。〈狩人〉たちは杀气をそのままに动きをとめ、モンをみた。
                  「……咒术师よ。もう目くらましはきかんぞ。」
                   よくとおるおちついた声で、モンがいった。
                  「おなじてを二度つかうほど、まぬけじゃないよ。」
                   トロガイはにやっとわらった。老咒术师の颜には、よゆうがあり、それが〈狩人〉たちを慎重にさせた。この化け物のような老婆は、なにをするかわからぬ、という不安が彼らのなかにあったのだ。——そして、トロガイのほうは、それをじゅうぶんに承知していた。
                  「よくききな。わしらは、ここで战う气はない。正直、それどころじゃないんだよ。わしらは、いっこくもはやく圣导师にあわにゃならんのだ。」
                   モンは、内心とまどった。こんな展开はまったく予想していなかったのだ。だが、さすがに、そのとまどいを颜にだすようなまねはしなかった。
                  「|よまよいごと《______》をわめくな。ことをすすめるのは、われらだ。きさまらではない。」
                  「はいよ。どんどんすすめな。——ただし、わしら三人が死んだり、伤つけられたりするのを|皇子《おうじ》がみたとたん、|皇子《おうじ》の|心ノ脏《しんのぞう》はとまる。わしらが|皇子《おうじ》の视界からつれさられてもね。それを承知なら、いくらでもあんたらにしたがってやるよ。」
                  「はったりなど、むだだ。」
                   トロガイはわらった。ぞくっとするほどに、すごみのある|えみ《__》だった。
                  「むだだと思ってるんなら、しゃべるあいだに、やってごらん。ほら、しかけてみなよ。このトロガイが、|皇子《おうじ》にかけた咒术をためしたいなら、やってみな。」
                   モンは、自分たちの不利をさとった。こいつらは|皇子《おうじ》の价值をしっている。そして〈狩人〉は、すこしでも|皇子《おうじ》を伤つける可能性があることを、ためすわけにはいかなかった。そこまで考えたモンは、さっと自尊心をすてた。モンは、しずかにいった。
                  「胜ったつもりなのだろう、咒术师よ。そう思っておけ。われらのつとめは|皇子《おうじ》を圣导师样のもとへおつれすること。素直についてくるというなら、くるがいい。てまがはぶけて、こちらもらくだ。——ただし、星ノ宫は、きさまの泥くさい咒术なぞものともせぬ、圣なる宫であることを、心しておれよ。」
                   モンが合图をすると、〈狩人〉たちは、まったくすきをみせずにバルサたちをとりかこみ、うごきはじめた。バルサは、右手に短枪をもち、左手で、まだふらついているチャグムをかかえて步きはじめた。バルサにこの场でかりをかえすつもりだった〈狩人〉たちは、血をみることができずに心のなかで齿ぎしりしていたが、それをそぶりでみせるほど、おろかではなかった。
                   このときは、だれもが、これで星ノ宫まで、なにごともなくむかうのだと思いこんでいたのである。


                  68楼2007-07-13 23:16
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                    うめいて、タンダはバルサをふりかえった。
                    「だいじょうぶだ。おれはだいじょうぶだ! おれにかまうな! チャグムをまもれ!」
                     タンダはバルサをおしのけようとしたが、バルサはかまわず、タンダの腰に手をまわすと、ぐいっとかかえあげて走りはじめた。ラルンガのねらいはチャグムだ。バルサは木のうえからラルンガの动きをみているうちに、ラルンガの爪が、チャグムを中心にして、ほぼ圆をえがいてあらわれることに气づいた。その圆の外にでれば、わざわざおってはこまい。そう判断して、彼女は、伤ついたタンダをかかえて走りだしたのである。
                     だが、バルサが目をはなした、このわずかのまに、チャグムの内侧で、三度目の大きな变化がおきはじめたのだった。シグ·サルアの蜜によって成长をうながされたニュンガ·ロ·イムの卵は、孵化へむけてあたらしい段阶へと变化しはじめ、それが宿主であるチャグムに、これまでより、さらに强い影响をおよぼしはじめたのである。それは、以前の变化より、はるかにすばやく——そして、チャグムにとっては、はるかにおそろしい变化だった。
                     チャグムはきゅうに、手足のさきの感觉がきえていくのを感じて、びくっとした。まるで、贫血でもおこしているかのように、どんどん感觉がきえていくのだ。じきに、干にしがみついているはずの指にも手にも、|木肌《きはだ》がまったく感じられなくなってしまった。周围の物音がどんどん远くなり、目のまえが暗くなっていく。恐怖が胸をしめつけた。チャグムはさけぼうとしたが、声がでなかった。
                     それは、「チャグム」という自分が、からだのなかでどんどんちぢんでいくような、きみょうな感觉だった。外の世界を感じていた五感が、みるみるうちにうしなわれていき、ついには完全にきえてしまったのだ。はてしない暗のなかに「チャグム」の意识がちぢんでいく。かわりに、なにかの意思が手足を——からだをうごかしはじめていた。
                     はじめは气がくるうほどにおそろしかったのに、しだいにおそろしい、という气持ちさえきえはじめた。やがて、チャグムの意识は、ねむりにごくちかい状态におちこんでいった。
                     だが、彼はしぶとい少年だった。ひっしに眠气と战うように、きえていこうとする自分と战いつづけた。その努力のせいで、しだいに、もうひとつの意思と、おりあいがつきはじめたのだろうか。チャグムはときおり、とぎれとぎれではあるが、ふかい水の底から水面にうかびあがるようにして、自分の外でおきていることを感じられるようになっていった。
                     チャグムは、ゆれながらうしろへとびさっていく地面をみた。つぎには、茑がからみついた枝をつかんだ自分の右手がみえた。それがきえたあとには、水かさがへり、川底の岩がみえる川面が、ぐんぐんせまってくるのをみた。水しぶきがあがった——その水のにおいに、からだの底から、じわじわと热い力がわきあがってきた。その记忆を最後に、チャグムの意识は长いこと、ふしぎな世界をただようこととなる……。
                     安全な地面にタンダをねかせて、ふりかえったバルサがみたのは、まるで猿のようにしんじられぬ身轻さで宙をとび、枝から枝へとうつっていくチャグムのうしろ姿だった。バルサは、つかのま、あっけにとられてたちつくした。きたえぬかれたバルサでも、あれほどかるがると枝から枝へとびうつれはしない。チャグムの动きは、人间の动きではなかった。
                     一瞬ののち、われにかえって、バルサはチャグムがきえたほうへかけだした。いきなり、目のまえに爪の壁がそびえ、土くれが雨あられとふってきた。手を颜のまえにかざして、目に泥がはいるのをふせぎながら、バルサはすばやく爪をよけ、爪のわきを走りぬけた。
                     あちこちで悲鸣があがっている。ラルンガにとって、チャグムをまもる人びとは、いわば、おいしい卵をまもる亲鸟のようなものだった。それをさきに杀さねば卵は食べられないと、うまれつきの本能でしっていた。


                    70楼2007-07-13 23:17
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                      だが、不幸なことに、〈狩人〉たちのほうはナユグという世界があることさえ、しらなかった。彼らは圣导师からラルンガという化け物が|皇子《おうじ》をおそうかもしれぬ、とはいわれていたが、その化け物が、こんなふうにあらわれたりきえたりするものだとは、思ってもいなかったのだ。
                       彼らが武术にすぐれた者たちでなかったら、あっというまに全员杀されてしまっただろう。だが、さすがに、彼らはあっさりと杀されはしなかった。ある者はタンダのさけび声にしたがって木にのぼり、ある者は战おうとした。だが、みえた、と思ったとたんにきえる爪があいてでは、战いようがなかった。
                       バルサは、ひたすらチャグムのあとをおったが、いつおそいかかってくるかわからぬ爪や、いきなりムチのようにからみついてくる触手を警戒しながらでは、チャグムとの距离はひらくばかりだった。バルサは齿をくいしばり、走りつづけた。ふと气づくと、土くれがとんでこなくなっている。爪があらわれる轮の外にでたらしい。
                       バルサは、はっとした。
                      (……ラルンガは、チャグムがにげたことに气づいていない。地面からはなれている者は、おえないんだろうか。)
                       背後では、まだラルンガがあれくるっている。バルサは木々のあいだをすかして、チャグムの姿をさがした。が、どこにもチャグムの姿はみえなかった。バルサは、息をしずめて气配をさぐりつづけた。……と、远くから、かすかに、なにかが水におちた音がきこえてきた。
                      (|青弓川《あおゆみがわ》? そうか、川へむかっていたんだ!)
                       走って走って川边にでたバルサは、あぜんとしてたちどまってしまった。
                       まるで、|烟幕《えんまく》をはっているかのように、こい川雾がたちのぼり、はるか上流までを白くけむらせていたのだ。その川雾にさえぎられ、チャグムの姿などどこにもみえなかった。
                      「チャグム—!」
                       バルサは声をかぎりにさけんだが、その声はむなしく雾にすいこまれてきえ、返事がかえることはなかった。バルサは齿をくいしばった。ほんのちょっとタンダに气をとられた、それだけのことが、これほどの结果をまねいてしまうとは…………。バルサはふかい後悔のねんにさいなまれてたちつくした。


                      71楼2007-07-13 23:17
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                        6 ナナイの手记の结末


                         モンは言叶もなく、あたりのひどいありさまをみまわした。ユンは右足をきられ、四方にちっていた〈狩人〉たちのうちふたりが、ひどく爪にきられていた。あとのふたりも|浅手《あさで》だが、伤をおっている。チャグムがきえたのに气づいたのか、ようやくラルンガ〈卵食い〉がきえさったあと、ぶじにたっていたのは、自分とジンとゼンだけだった。
                         トロガイは、ふところから消毒用の强い酒をとりだして针と糸を消毒すると、まずタンダの胁腹の伤をてばやく缝いあわせた。それから、ほかの者たちの手当てにうつっていった。タンダは、はげしい痛みと战いながらたちあがって、トロガイを手传いはじめた。
                        「タンダ、バルサたちの姿がみえん。おまえは、あいつらをさがしな。」
                         トロガイが强い口调でしかったが、タンダは首をふった。
                        「さがしますよ。だが、このふたりは、いま手当てしないと命にかかわる。——バルサなら、もうしばらく、おれがいなくたってきりぬけられます。」
                         トロガイは纳得すると、それ以上はいわなかった。无伤のジンとゼン、それに|头《かしら》のモンも、手分けして仲间の手当てをはじめた。とりあえずの手当てがおわったころ、タンダは森のおくからこちらへ步いてくる人影に气づいて、あわててたちあがった。
                         バルサは、暗い颜つきで足ばやに步いてくると、地面につきささったままになっていた短枪をぐいっとひきぬいた。
                        「バルサ! チャグムはどうしたんだ。いっしょじゃないのか?」
                         バルサは、じろっとタンダをみ、みじかく首をふった。
                        「なにがおこったんだ?」
                         バルサはタンダにあゆみよると、颜をしかめて、ため息をついた。
                        「わからない。かってににげてしまったんだ。」
                         バルサはいちぶしじゅうをタンダに话した。トロガイと〈狩人〉たちもちかよってきて、バルサの话をきいていた。トロガイが、口をひらいた。
                        「水をあやつったわけだね。まえにも、あんた、そういうことがあったっていってたね。」
                        「ええ。でも、あれは、チャグムがねむっていたり、气をうしなっていたりしたときだけでした。」
                         トロガイは目をほそめた。
                        「……もしかしたら、チャグムの意识はないのかもしれない。」
                        「え?」
                        「はじめはねむっているときみたいに意识がないときにだけ、ニュンガ·ロ·イム〈水の守り手〉の卵の意思がチャグムのからだをあやつっていた。つぎに变化したあとは、チャグムは目ざめているときにも、卵の冲动を自分の冲动として感じてたし、ナユグを自在にみることもできるようになってた。」
                        「じゃあ、あたらしい变化が卵におきて……。」
                         タンダがつぶやいた。トロガイがうなずいた。
                        「完全に、卵がチャグムのからだをうごかしているのかもしれない。夏至まで、あと二日。孵化のときまであと二日だ。ぶじにうまれでるために、卵はチャグムのからだを完全に自分の意思でうごかしはじめたんだろうよ。」
                         バルサが、ふいに枪の石突で地面をうった。みんな、びくっとしてバルサをみた。
                        「くそったれ! なにがニュンガ·ロ·イムだ! なにが云の精灵だ!」
                         バルサの齿がきりきりとなった。
                        「チャグムになにかあったら、ラルンガに食われるまえに、わたしがふみつぶしてやる! かってにべつの命をもてあそびやがって!」
                         トロガイは、ちらっとタンダをみた。その目が、このおそろしい短枪使いの激怒をなだめるのは、あんたの役目だからね、といっていた。タンダが肩をすくめるのもみずに、トロガイは、ついっとモンに视线をうつした。モンは、じろっと老咒术师をみつめかえした。
                        「あんた、いまの爪をみたね。圣导师から、どんな指示があったかしらないが、あれがトルガル|帝《てい》が退治したっていう化け物だよ。|皇子《おうじ》のなかにやどってる云の精灵の卵をねらっているのさ。」
                         トロガイは要领よく、これまでの事情を语った。〈狩人〉たちは、だまって、トロガイの话に耳をかたむけていた。それは、彼らがいだいていた疑问をとくおどろくべき话だった。
                         トロガイは、こうしめくくった。
                        「だから、わしは圣导师にあって、あの化け物退治のしかたをきかなきゃならん。でも、|皇子《おうじ》が心配だ。バルサもタンダも、めったにやられる奴じゃないが、手はひとりでもおおいほうがいい。あんたらのうちで、だれか|皇子《おうじ》をさがすのを手传ってくれないか。」
                        「いわれんでも、そのつもりだ。」
                         モンがうなるようにいった。と、ジンがすすみでた。


                        72楼2007-07-13 23:17
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                          「头、おれがいきます。」
                          「おれも、いきます。」
                           ゼンが、ききとりにくい声でくわわった。モンはうなずいた。ふたりいれば、なにかのときには连络に走れる。自分は、すべてのいきさつを帝と圣导师に报告せねばならない。やることがわかれば、あとはすばやかった。モンは、てきぱきと命じはじめた。
                          「怪我の重い者は、ここにのこす。タガとスン、きさまらは、ここで怪我人の看病をしながら夜をこせ。おれとこの咒术师は、これから都へ走る。都へついたら、そくざにここへたすけをおくる。この咒术师の话がたしかなら、あの爪の化け物は|皇子《おうじ》样をねらっているのだ。おまえらをおそうことはあるまい。いいな。」
                          〈狩人〉たちはうなずいた。ジンとゼンはバルサたちと无言で步きだし、モンは、トロガイとともに都をめざして走りだした。
                           彼らの旅は、すさまじかった。山のなかを、平地でもかけるように、走っていくのである。都までは、ここから约五十ナン(约五十五キロ)。それも山道なのだから、〈狩人〉でも半日はかかる距离だった。トロガイは、とても七十すぎの老人とはおもえぬ体力をしていたが、それでも都までかけとおすのはむりだった。夕方にちかいころ、モンは、ついに决心して、つかれがみえはじめたトロガイをせおった。
                           モンの头には、|危笃《きとく》の床にある第一|皇子《おうじ》のことがあった。ニュンガなんとかの卵などどうでもよいが、万が一第一|皇子《おうじ》がはかなくなられたら、第二|皇子《おうじ》は帝の世继ぎの皇太子となるのだ。ぜったいに死なせるわけにはいかない。
                           まっ暗な山道をかけながら、モンは、ふと思った。二百年まえの自分の祖先も、あの化け物を退治するために、こうして山道をかけたのだろうか、と。
                           彼らが都にたどりついたのは、夜が明けきったころだった。ちゃっかりモンの背中でねむったトロガイは、かなり元气をとりもどしていたが、老人とはいえ、人ひとり背おって五十ナンの山道をかけぬけたモンは、いまにもたおれそうにつかれていた。
                           ふたりはれいの秘密の部屋にとおされたが、圣导师にあうことはできなかった。第一|皇子《おうじ》の容态がいよいよ恶化し、圣导师は手がはなせなかったのである。だが、トロガイがさかんに恶态をつくうちに、ひとりの若い|星读博士《ほしよみはかせ》が部屋におりてきた。——シュガであった。
                           モンは、シュガをみておどろいた。长いあいだ地下の仓で、|根《こん》をつめて手记を解读しつづけたシュガは青ざめ、ほおがこけて、まるで病人のようにやつれはてていたのだ。
                           モンが、これまでのいきさつを话しおえると、うなずきながらきいていたシュガは、
                          「……まにあって、よかった。おまえたちを|青池《あおいけ》にやったのは、正しかったな。」
                          と、いった。それから、みにくい老咒术师をみつめて、つけくわえた。
                          「あなたが、トロガイか。一度、あいたいと思っていた。」
                           トロガイは鼻をならした。
                          「で? ラルンガの退治のしかたは、わかったのかい?」
                           シュガが、暗い颜で首をふった。トロガイは、わめいた。
                          「わからない? わからないっていうのかい!」


                          73楼2007-07-13 23:17
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                             ああ、これぞ天の理。サグの天に|むら《__》云わきて、あまき雨、地をうるおしたり。」
                             トロガイは、考えこんでいたが、やがて、
                            「……そうか。そうか! ああ……わかった。そうだったんだね。——くそっ!」
                             いろいろなことが、老咒术师のなかで、ひとつにむすびついた。こみあげてきたはげしい後悔のねんに、トロガイはうめいた。シュガが身をのりだした。
                            「わかったのか? おしえてくれ、〈なあじる〉とはなんなのだ?」
                             トロガイは颜をあげ、床をこぶしでうった。
                            「わたしは大バカだ! こんなことに、いままで气づかずに、なにが咒术师だ!」
                             老婆はぎろっとシュガをみ、〈なあじる〉が意味すること——そして、いまの描写にふくまれていた。ラルンガ退治の方法について、早口に说明した。
                             ききおわって、シュガはまっ青になった。せっかくナナイの手记を读みときながら、これほどだいじなことに、气づかなかったとは! 皮肉なことだった。トロガイは|星读博士《ほしよみはかせ》たちの策谋を|ふか读み《____》しすぎ、シュガはヤク—の传承に无关心でありすぎた。——だからふたりともが、夏至祭りにかくされていた重大な意味を读みとることができなかったのである。
                            「わたしの失败だ。……ここからサアナンまでは、远すぎる。その方法が正しいのだとしても、いまから彼らにつたえるてだてはない。まにあうはずがない!」
                             老咒术师が、たちあがった。
                            「ひとつだけ、ある。うまくいくかどうかわからぬが、やってみるしかない。」
                            「どういう方法なのだ?」
                            「ナユグの水の民にことづてするのさ。——わしの弟子なら、きっと气づいてくれる。」
                             わけがわからずに、不安げにみおくるシュガを、トロガイが、ふとふりかえった。
                            「こうして星读みと语れることは、あまりなかろうから、いまいっとくけどね、こんどこそ、くだらぬ政のために、真实をかくさないでおくれよ。——百年後の者たちが、またこんな思いをするんじゃ、たまらないからね。」
                             シュガは、つかのま目をふせた。それから目をあげると、まっすぐにトロガイをみた。
                            「そうしたいと、わたしも思う。心から、そう思う。——もしわたしが圣导师になれたならだが、约束しようヤク—の咒术师よ。真实を语りつたえる方法を、考えだしてみせると。」
                             きつくむすばれていたトロガイの口もとが、かすかにゆるんだ。それをみて、ふと思いついたように、シュガがつづけた。
                            「わたしも、あなたにたのみたいことがある。ナナイ大圣导师も兴味をもたれたという、ヤク—の知を、わたしにおしえてほしいのだ。」
                             トロガイの目が大きくなった。
                            「へえ。おもしろいことをいう星读みさんだ。——いいさ。わしにも〈|天道《てんどう》〉とやらをおしえてくれるならね。」
                             シュガの目に、おどろきのいろがうかんだ。
                            「……その年で、まだあたらしいことをまなびたいというのか。」
                            「おうさ。あたりまえだろうが。だけど、あんたは气をつけなよ。ヤク—の知に兴味があるなんてばれたら、圣导师になりそこねちまうだろうからね。せいぜい、うまくやらにゃあね。
                             それから、ヤク—の知をしるためには、わしらを生かしておいてもらわねばね。神话をつくるのはおてのものだろう。|皇子《おうじ》の威信を伤つけぬよう、わしらもふくめた、うまいつくり话をおおいそぎで考えておくれ。これはあんたが圣导师になるまでまてないよ。すぐ手をうっておくれ。」
                             シュガは、しばしだまってトロガイをみつめていたが、やがて、うなずいた。
                            「——力をつくそう。」


                            75楼2007-07-13 23:18
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                              2025-11-12 22:23:38
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                               バルサは枝をおっては焚き火にくべた。夏とはいっても、山の夜は肌寒かった。
                              「……なんだか、みょうな颜ぶれになっちまったね。」
                               バルサは、焚き火をかこんでいる男たちをみて、つぶやいた。ジンとゼンは、无言で干し肉をかんでいる。ふたりとも、一度は命のやりとりをした男たちだ。内心、ふくむものがあるだろうと思ったが、いまの彼らの颜には、まったく杀气はなかった。
                               ジンが干し肉を饮みこんで、タンダをみた。
                              「あんたは、なに者なんだ。みたところヤク—の血をひいているようだが、あのトロガイとおなじような咒术师なのか。」
                              「不肖の弟子さ。咒术师のはしくれだ。名は、タンダという。ごぞんじかもしれないが、こっちのおっかない短枪使いは、バルサだ。」
                              「そうか、名乘りもまだだったな。おれはジン。こっちはゼンだ。」
                               タンダがふっとわらった。
                              「〈|二《ジン》〉さんと〈|三《ゼン》〉さんってわけだ。」
                               ジンが口のはしに苦笑いをうかべた。
                              「ああ。いま、おれたちは〈狩人〉だからな。それが、いまのおれたちの名さ。」
                               ちょっとためらったあと、ジンはつけくわえた。
                              「あのとき、あんたがおしてくれなかったら、ラルンガとやらの爪にやられていた。礼をいう。」
                               タンダはつかのま、きょとんとしていたが、やがて、ああ、とうなずいた。
                              「气にしないでくれ。べつにあんただとわかっておしたわけじゃない。」
                               ジンの|えみ《__》が、すこし明るいものにかわっていた。
                              「いずれ、かりはかえす。それはそれとして、あんた、咒术师なら、あの化け物の姿をみることができたのか?」
                               タンダの颜がくもった。
                              「みた。ほんの一瞬だが。さっき师匠が话したとおり、この世はふたつある。ヤク—はここをサグとよび、ラルンガがいる世をナユグとよぶんだ。
                               あのあたりは、ナユグでは泥の沼だった。おれがみたときには、ラルンガはその泥のなかを六本の足でかきながら、泳ぐようにうごいていた。おそろしくでかい、クモとイソギンチャクをあわせたような生き物で、背にあの巨大な爪が六本、口をかこむようにはえていて、そのまんなかの口からは、ムチみたいな触手が、何本ものびていた。」
                               バルサが口をひらいた。
                              「どうやって、チャグムをみつけたんだと思う?」
                               |皇子《おうじ》をよびすてにされて、ジンとゼンがびくっとしたが、バルサはかまわず话しつづけた。
                              「やつはたしかにチャグムをみつけておそいかかった。でも、チャグムが枝をわたって川にのがれても、やつは气づかなかった。——ということは、地面についてるかどうかが问题なのかね。」
                              「そうだろう、な。ラルンガは土の精灵だ。やつのうごき方からすれば、泥沼や土のなかは自在にうごけても、たとえばかたい岩盘がつづいているところなんかは、うごきにくいだろうし。チャグムが川にとびこんだあと、川雾がたったっていってたろ。ニュンガ·ロ·イムの卵がチャグムのからだをうごかしているのだとすれば、チャグムは水をあやつって、ラルンガからのがれようとしているんだろう。
                               水源で、なにがおこるのかは、まったくわからない。だけど、とにかく、おれたちが考えておかねばならないのは、どうやってラルンガの爪から、チャグムをまもるかってことだ。」
                               たとえ火をつかうにしても、ラルンガの本体はナユグにある。ナユグにあるからだのほうを攻击できればいうことはないのだが、咒术师であるタンダでさえナユグにいくことはできないのだ。
                              「あんた、口があったっていったろう? だとすれば、こちらにいるチャグムを食べるためには、こっちへでてこなくちゃなるまい。そのときをねらうしかないよ。」
                              「いや、わからんぞ。あの触手でつかまえてから、ナユグにきえるかもしれない。」
                               けっきょくは、どうやって爪と触手からのがれるか、ということに话题は集中した。それぞれ武术、战术にかけてはすぐれている者たちだ。すばやく话はすすんでいった。いかに火をつかうか。彼らはいくとおりもの方法を语りあった。
                               やがて话がつきると、タンダは手でゆっくりと颜をぬぐった。ひげがぎりぎり音をたてた。
                              「ああ、くそっ。つかれた。ひどい一日だった。きみらは强いなぁ。おれは、もうくたくただよ。わるいが、さきにねかせてもらっていいかな。」
                               バルサがほほえんだ。
                              「いいさ。わたしらも交代でねむろうよ。つかれがたまってると、命とりだからね。」
                               はじめのみはりはバルサがすることになり、ほかの者はむぞうさに地面に油纸をしいてくるまると、あっというまにねこんでしまった。たいして大声で话していたわけでもないのに、とたんに、あたりが、しん、としずかになった。そよ风がわたり、头上の枝をかすかに、ざわめかせた。枝のあいだからみえる青い夜空に、月がこうこうとかがやいている。
                               チャグムは、この月の光をどこであびているのだろう。ひとりで、さびしがっているのではないか……。バルサは、ため息をついてからだをずらし、木の干に背をあずけた。
                               チャグムにであったのは、去年の秋。あれから、まだ八か月ほどしかたっていないとは、しんじられなかった。バルサは、そっと颜をなでた。てのひらが、冷えていた。
                               むかし、母を爱し、父を爱した。それから、ジグロを爱した。けれど、心から爱した彼らは、みな、もうこの世にはいない。
                               バルサは、ねむっているタンダの横颜をみた。そして、チャグムの、いっこうに日烧けしない、おさなさののこる颜を思った。——バルサは、もう一度、ふかいため息をついた。


                              77楼2007-07-13 23:18
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