望んでいた通りの映画化、漫画化。「原作者として、幸せなこと」
问:次に、10月6日に公开された先生が原作の映画「阴阳师」についてお闻きしたいと思います。完成した映画をご覧になって、いかがでしたか?
梦大:「安倍晴明」を演じる野村万斎さんが、非常にいいですね。それから「道尊」という、安倍晴明の敌役を演じる真田広之さんがこれまたよくて、この2人の络みは観ていて非常に心地よいです。
问:先生がイメージされていた安倍晴明像と、共通点、相违点はありましたか?
梦大:小说的に、ということではなくて映画的に想像していたイメージは、野村万斎さんでぴったりでした。
问:野村万斎さんは、先生がかなりラブコールされたそうですね。
梦大:そうですね。仆は、「阴阳师」を映画にするときは安倍晴明は野村万斎さんで、というふうに以前からずっと思っていたんです。だから、今回の映画化もスポンサーがついていろいろと决まってから「じゃあ、主役だれにする?」と进んだのではなく、万斎さんがOKと言ってから、映画制作の全てがスタートしたという感じですね。
问:ではその期待通り、万斎さんの安倍晴明が见事にはまっていたというわけですね。先生は普段小说を书かれるとき、头の中で映像のようなものは作られるのでしょうか?
梦大:仆は、わりと作るほうですね。
问:では、ご自分でイメージされた映像と、映画の映像というのは一致していましたか?
梦大:うーん、违いますね。それは、どういう映画を作っても必ず违ってくると思います。どっちがいい、悪い、というのではなくて、人间が头の中で描くものをそのまま映像にすることはきっとできませんね。
仆が小说を书くときに思い浮かべる映像というのは、全体ではなくて部分なんですよ。たとえば「安倍晴明が縁侧に座って、轩から降りてくる月光を浴びている」という映像を思い浮かべるとき、仆の头の中に、肩に月光が当たっているイメージ、庭の描写のイメージはあるんです。でも、いろいろ抜け落ちているものがあるわけですよ。
映画の场合はレンズに映るもの全てが描写されるわけですから、仆が想像もしなかったひさしの屋根の裏侧とか、そういう细部まで撮っている。だから、本当に违ってきますね、小说家が头の中で描く映像と、実际にカメラで生の风景、生の人间を撮った映像というのは。违って当然、というか、违わないといけないでしょうね。
问:なるほど。それでは、映像になった「阴阳师」をご覧になって、先生の中で何か新しく発见されたことなどはあるのでしょうか?
梦大:映画の中で、生身の「野村万斎」という役者が动いたことによって、仆の中での「安倍晴明」像が影响を受けますね。映像を観てからは、小说を书くときにやっぱり万斎さんの颜が头にちらつきます。
问:ということは、これからの小说「阴阳师」に、野村万斎版「安倍晴明」のエッセンスが加わっていくことになるのでしょうか?
梦大:そうですね。仆の中で、野村万斎版「安倍晴明」が动く以上は、小说にも影响があるでしょうね。そういう面でも、彼による安倍晴明は、仆にものすごくいいものをもたらしてくれたなあ、と思います。
问:「阴阳师」は冈野玲子さんによって漫画にもなっていますが、映画、漫画といった様々な形で「阴阳师」がビジュアル化されることについては、原作者としてどのように感じていらっしゃいますか?
梦大:非常にうれしいことです。冈野さんによる漫画化も、仆自身が望んでいたことですし。
冈野さんの漫画は、仆の原作に沿った形で动いていたのは7巻目くらいまでです。8巻目くらいからは、彼女の独特の世界観をご自分でお描きになっています。ですから、仆の原作とはまた违った「安倍晴明」が冈野さんの描く「阴阳师」で表现されていて、これもまた非常に素晴らしいですよ。
映画化については、昔から心に温めていたことでもあり、安倍晴明は野村万斎さんで、という仆のかねてからの希望がかなったわけですから、こんなにうれしいことはありませんね。そして、映画を観た人が「じゃあ、原作を読んでみようか」と仆の书いたものにも兴味を持ってくれたら、それは作者にとって一番うれしいことです。「安倍晴明」という歴史上の人物に仆自身とても魅力を感じていますし、よりたくさんの人に読んでほしいですから。
映画化にしても、漫画化にしても、なかなか望んだからといって思い通りになるわけじゃないですから、自分の望み通りに全てが実现したということは、原作者として、本当に幸せなことだと思っています。
问:次に、10月6日に公开された先生が原作の映画「阴阳师」についてお闻きしたいと思います。完成した映画をご覧になって、いかがでしたか?
梦大:「安倍晴明」を演じる野村万斎さんが、非常にいいですね。それから「道尊」という、安倍晴明の敌役を演じる真田広之さんがこれまたよくて、この2人の络みは観ていて非常に心地よいです。
问:先生がイメージされていた安倍晴明像と、共通点、相违点はありましたか?
梦大:小说的に、ということではなくて映画的に想像していたイメージは、野村万斎さんでぴったりでした。
问:野村万斎さんは、先生がかなりラブコールされたそうですね。
梦大:そうですね。仆は、「阴阳师」を映画にするときは安倍晴明は野村万斎さんで、というふうに以前からずっと思っていたんです。だから、今回の映画化もスポンサーがついていろいろと决まってから「じゃあ、主役だれにする?」と进んだのではなく、万斎さんがOKと言ってから、映画制作の全てがスタートしたという感じですね。
问:ではその期待通り、万斎さんの安倍晴明が见事にはまっていたというわけですね。先生は普段小说を书かれるとき、头の中で映像のようなものは作られるのでしょうか?
梦大:仆は、わりと作るほうですね。
问:では、ご自分でイメージされた映像と、映画の映像というのは一致していましたか?
梦大:うーん、违いますね。それは、どういう映画を作っても必ず违ってくると思います。どっちがいい、悪い、というのではなくて、人间が头の中で描くものをそのまま映像にすることはきっとできませんね。
仆が小说を书くときに思い浮かべる映像というのは、全体ではなくて部分なんですよ。たとえば「安倍晴明が縁侧に座って、轩から降りてくる月光を浴びている」という映像を思い浮かべるとき、仆の头の中に、肩に月光が当たっているイメージ、庭の描写のイメージはあるんです。でも、いろいろ抜け落ちているものがあるわけですよ。
映画の场合はレンズに映るもの全てが描写されるわけですから、仆が想像もしなかったひさしの屋根の裏侧とか、そういう细部まで撮っている。だから、本当に违ってきますね、小说家が头の中で描く映像と、実际にカメラで生の风景、生の人间を撮った映像というのは。违って当然、というか、违わないといけないでしょうね。
问:なるほど。それでは、映像になった「阴阳师」をご覧になって、先生の中で何か新しく発见されたことなどはあるのでしょうか?
梦大:映画の中で、生身の「野村万斎」という役者が动いたことによって、仆の中での「安倍晴明」像が影响を受けますね。映像を観てからは、小说を书くときにやっぱり万斎さんの颜が头にちらつきます。
问:ということは、これからの小说「阴阳师」に、野村万斎版「安倍晴明」のエッセンスが加わっていくことになるのでしょうか?
梦大:そうですね。仆の中で、野村万斎版「安倍晴明」が动く以上は、小说にも影响があるでしょうね。そういう面でも、彼による安倍晴明は、仆にものすごくいいものをもたらしてくれたなあ、と思います。
问:「阴阳师」は冈野玲子さんによって漫画にもなっていますが、映画、漫画といった様々な形で「阴阳师」がビジュアル化されることについては、原作者としてどのように感じていらっしゃいますか?
梦大:非常にうれしいことです。冈野さんによる漫画化も、仆自身が望んでいたことですし。
冈野さんの漫画は、仆の原作に沿った形で动いていたのは7巻目くらいまでです。8巻目くらいからは、彼女の独特の世界観をご自分でお描きになっています。ですから、仆の原作とはまた违った「安倍晴明」が冈野さんの描く「阴阳师」で表现されていて、これもまた非常に素晴らしいですよ。
映画化については、昔から心に温めていたことでもあり、安倍晴明は野村万斎さんで、という仆のかねてからの希望がかなったわけですから、こんなにうれしいことはありませんね。そして、映画を観た人が「じゃあ、原作を読んでみようか」と仆の书いたものにも兴味を持ってくれたら、それは作者にとって一番うれしいことです。「安倍晴明」という歴史上の人物に仆自身とても魅力を感じていますし、よりたくさんの人に読んでほしいですから。
映画化にしても、漫画化にしても、なかなか望んだからといって思い通りになるわけじゃないですから、自分の望み通りに全てが実现したということは、原作者として、本当に幸せなことだと思っています。



